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第十七話

17話の前半ベアーパートは16話とリンクしています。流れが悪くなるような感じで申し訳ありません。

37

ジュリアを捜索するべくサックになりかわりベーコンを運んできたベアーであったがその正体は見透かされていた。


『バレてる……とにかく逃げよう!!』


ベアーは外に出るべく外壁に向かって走っが、おそるべきことに気付かされた。


「……この蔦、普通のじゃない……」


館の壁面に繁茂している蔦には棘があったが、その先端からは茶色い液体が滲んでいる。


「これ、ヤバイやつじゃないのか………」


ベアーはかつて植物図鑑を読んだ時の記憶を引き出すと、その棘に毒が含まれていることを思い出した。


館を覆う壁の内側にはびっしり毒蔦が絡みついている、それは侵入者を中から出さないようにするためのトラップそのものであった。


「気付いたか――神経毒を含んだ蔦だ。触れれば動けなくなるぞ!!」


執事はそう言うと高笑いした。


「さあ、どうする?」


執事に圧力をかけられたベアーはジリ貧に陥ると館の方に追いやられた。


                                  * 


追い詰められたベアーが館内に入るのを見ると執事はほくそ笑んだ。


『完璧な不法侵入だ、これでアイツを殺しても誰も文句は言わん』


執事は最初からそれを狙っていたのだろう、退路を塞ぎ館内にベアーを追いやることで『合法的な処理』、具体的には賊の無礼撃ち(正当防衛という名の殺害)を敢行しようとしていた。


「館の敷地内であれば無礼撃ちもできないが、屋内に入れば誰も申し開きはできん。小僧、ここで骸となれ」


執事はそう言うと実にうれしそうな表情を見せた。その眼には明らかに常人とは異なる光が宿っている……


『マズイ……嵌った……』


老獪な執事の戦略はベアーを一瞬にして追い詰めた。


『とにかく、逃げるんだ』


ベアーはそう思うと館内を走り回った。


                                    *


『窓はどうだ……』


逃げようと思った窓には鍵がかかっている……


『鍵を壊して無理やり窓を割ったら大きな音が出る。そうすれば気付かれてしまう……』


ベアーが考えていると執事の声がその耳に入った。


「どこだ、小僧!!」


明らかに獲物を嬲ることに斟酌している声が飛ぶ、それは明らかに殺人を楽しむ異常性が滲んでいる。


『やばいぞ、マジで……』


今までの危ない状況を切り抜けてきたが今回の状況は芳しくない……ベアーは絶望を胸に鍵のかかっていない部屋に忍び込んだ。


『頼む、来ないでくれ……』


ベアーは心の底からそう願った。


その時である、暗闇で足元がおぼつかなかったベアーは絨毯に躓いて固定されたコートハンガーにぶつかった。


『マズイ』


ベアーがそう思って壁に手をついた瞬間である、予想だにしないことが生じた。なんと寄りかかろうとした壁が反転したのである。


『……あっ……』


そう思ったのは一瞬、ベアー暗闇で覆われた壁の向こう側に吸い込まれた。



38

話は前後する、ベアーが館に入る3時間ほど前――


ユミールとケイトに背乗りした犯人を秘密裏に捜索していたカルロスとスターリングは温泉宿のベテラン酌婦(この辺りの酌婦を統括する組合長)に心づけをつかませることで有益な情報をつかんでいた。


                                *


以下は酌婦の組合長との話である、


『ユミールとケイトは小さな宿を即金で買ったんだ。そして金持ち相手の商売を始めた。それからしばらくして上客がついた……』


60代後半の酌婦は部分入れ歯を嵌めなおすと続けた。


『都やポルカからも客が来るようなってね……中には身をやつした貴族もいるって……』


酌婦は不敵に笑った。


『あいつらがどうやって上客をつかんだかは正直わからなかった……他にいい女がたくさんはいたからね……容姿だけじゃなくて、テクニックもね……フフフッ』


酌婦はそう言うと二度目の心づけを要求した。


『でもある時、ユミールとケイトのやり口が分かったんだ。酌婦の1人がユミールとケイトの客が『お薬』を使っている所を見たって言うんだよ……』


酌婦の組合長が言う『お薬』とは言うまでもなく麻薬である。


『さすがにマズイだろ……あたしたちはユミールとケイトが逮捕されると思ったんだ……だけどそうはならなかった。それどころか『お薬』に気付いた酌婦の方がドザエモン(水死体)で見つかった……』


ベテラン酌婦はそう言うとワインを煽った。


『その後、すぐにあいつらはいなくなったんだ……治安維持官達も適当に捜査を切り上げて、それですべておしまいさ』


あまりにタイミングのいい消え方にカルロスとスターリングはユミールとケイトがかつてよりも賢くなっていると思った。


『だけどね……それから半年ほどしてから、妙な噂が……』


カルロスとスターリングがそう言うとベテラン酌婦は3度目の心づけを要求した。


『この話はあんたたちにとっては核心的な部分になるはずだ』


ベテラン酌婦にそう言われたスターリングはカルロスを見た。


『カルロス、私の手持ちはもうないわ……』


スターリングは2度の心づけですべての現金を失っていたため、カルロスにポケットマネーを出せと目配せした。


カルロスは実に哀しそうな眼を見せるとシブシブ財布を出した。


『……育毛剤が買えなくなる……』


カルロスが小さな声でポツリと漏らすとベテラン酌婦はニヤリと嗤って『核心』に触れた。


                                *


酌婦の組合長の『核心』を聞いたスターリングとカルロスはその言質を確かめるためにすぐさまサングースの行政資料館に赴いた。


2人はユミールとケイトの戸籍を確認した。


そして……


「……戸籍が抹消されてるわ……」


スターリンがそう言うとカルロスが不思議な表情を見せた。


「行方不明になると五年で死亡扱いですよね……でもこれには『死亡』とは書かれていない」


カルロスがそう言うとスターリングがそれに答えた。


「一般の記録からその姿を消したって言うことは戸籍自体が抹消されたってことになる。戸籍が抹消されるのは本人が死んだときか、国籍を変えた時……そしてもう一つ……」


スターリングはそう言うと手にしていた資料を捲った。


「あったわ、これ」


スターリンが指をさした所にはケイトの名があった。そしてその名には斜線が引かれ戸籍が抹消されたことが明示されている。だがそれと同時に妙な文言が入っていた……



≪旧戸籍の抹消及び、新戸籍への移行≫



それを見たカルロスが怪訝な声を上げた。


「結婚したってことですか……でも結婚なら移行した戸籍の名前を書くだろうし、旧戸籍も残るでしょう?」


カルロスがそう言うとスターリングが乾いた表情でそれに答えた。


「あの酌婦の組合長の言ったことを覚えてる、『ユミールは手の届かない所にいった』って」


「ええ、覚えてますが……」


カルロスがわからないという表情を見せるとスターリングがそれに答えた。


「貴族の世界に入ったってことよ、つまりケイトは平民から貴族になり変わったの」


言われたカルロスは想定外の事態にその目を点にした。


「貴族と平民の戸籍は別物よ、ケイトは間違いなく貴族の親戚か配偶者になってるはず」


言われたカルロスはベテラン酌婦の話を思い出した、


「たしか……『お薬』を使うって言ってましたよね、あの酌婦……」


カルロスがそう言うとスターリングが小さく頷いた。


「麻薬を使って貴族をたらしこんだ――その可能性があるわね」


スターリングは淡々と続けた。


「デール夫妻を殺してその戸籍を乗っ取り、そしてミズーリではユミールとケイトを殺害して新しい戸籍に乗り換えた犯人よ――そのくらいはやるでしょうね……」


スターリングがそう言うとカルロスがその眼を括目した。


「こいつら、一体……」


カルロスがそう言うとスターリングが口を開いた。


「ガチのモンスターよ!」


                                  *


2人は新戸籍に関してさらに調べを進めた。行政資料館にある貴族の婚姻について記された資料を手に入れるとそれを手に取った。


「ケイトが婚姻関係を結んだ相手は……」


「……これだ……」


そこには『レオナルド12世』と記されている。


「レオナルド家って……サングース一帯の地主ですよね……たしか……」


カルロスがそう言うとスターリングが腕を組んだ。


「ユミールはレオナルド家に嫁いで貴族の身分を得たのよ……そして自分の履歴を洗浄ロンダリングした……完璧よね……」


 悪辣なやり口でありながらその方法はスマートである。スターリングは15年にわたり闇の中でうごめいていた犯罪者の軌跡を知るとその美しい顔を歪めた。


だが、その一方で大きな問題が二人の前に立ちふさがった。


「貴族の捜査権は広域捜査官には認められていない。枢密院に諮ることになる……審議されるから時間がかかるでしょう。それに婚姻の手続きに問題がなければ、枢密院は逮捕状を出すかさえ分からない……」


スターリングが乾いた表情で言うとカルロスが息巻いた。


「そんな、目の前に犯人がいるのに手を出さないなんて……納得がいきません!!」


カルロスが息巻くとスターリング氷の瞳で答えた。


「今までの捜査でわかったことはあくまで状況証拠でしかないの、犯罪者の本人を特定する客観証拠はないわ……」


スターリングがそう言うとカルロスがそれに反論した。


「ミズーリで売春宿を経営していた婆さんの証言とコンパーニオン組合長の証言があるじゃないですか」


それに対してスターリングはにべもない反応を見せた。


「前科もちの年寄りと売春関連のコンパーニオンの証言じゃ、裁判では役に立たないわ。たとえそれが真実だとしても――それに相手は伯爵家よ、仮に訴訟まで行っても腕の立つ弁護士を用意してくるわ」


スターリンが冷静な判断をするとカルロスは顔を真っ赤にした。


「こんな殺人鬼を野放しにするんですか……他人の戸籍を乗っ取って、何食わぬ顔で生活してる奴を。それも麻薬を使って被害者を貶める……そんな輩を放っておくんですか!」


カルロスがそう言うとスターリングが答えた。


「何かきっかけでもない限り、現状では無理よ……私たちじゃ貴族には手は出せない」


スターリングがそう言うとカルロスは歯を食いしばった。


「ここまでわかったのに……」


捜査の結果は自分たちの手で逮捕できないという現実をつきつけただけである……


スターリングは舌唇を噛んで悔しさをにじませた。


                                  *


その時である、カルロスがレオナルド家の家系図を手に取ると神妙な表情を見せた。


「これはどうですか……」


スターリングは家系図に『失踪』と記された人物に目をやった。


「この人物を見つけて話がきければ、なにかわかるかも」


カルロスがそう言うとスターリングの耳はパタリと垂れた。


「10年前ね……もう死んでるかも……」


スターリングは内心『見込みがない』とおもった。


「でも、これくらいし手掛かりは……」


カルロスが情けない声をあげるとスターリングが息を吐いた。


「O.K……ダメもとでサングースに行ってみましょう。治安維持官の詰所で失踪人を調べてみれば行方がつかめるかも……」


10年前の失踪者がそう簡単に見つかるとは思えなかったが、二人は小さな可能性に賭けてみようと思った。




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