第十六話
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さて――
マクレーンと会ってサングースの異常な状況を認知したベアーとルナは現在の状況をしたためたレポート(伝書鳩を用いた郵便、2時間ほどでポルカにつく)を送ることにした。
「ここの治安維持官は信用できない、ロイドさんを通して広域捜査官にわたりをつけてもらった方がいい。」
ベアーがそう言うとルナはそれに意見した。
「でも、貴族の関わる案件だと広域捜査官も手が出ないんじゃないの……」
広域捜査官は平民の犯す犯罪事案を処断することはできても貴族が絡む案件には対応できない。身分違いのためそもそも捜査権がないのである。
「ロイドさんは貴族だよ、その辺りの知恵を出してくれると思う……」
ベアーがそう希望的な観測を含めてそう言うとルナが小さく頷いた。
「うまくいくといいけど……」
ルナはそう言うとポツリとこぼした。
「ジュリアさん、大丈夫かな……」
不安げな声をルナが出すとベアーも困った表情を浮かべた。ベアーは自分の失態によりジュリアが失踪したという思いと悔恨を抱いている、それゆえジュリアの行方は大きな気がかりであった。
「……何とかしないと……」
だが、15歳の少年にこの状況を打開できる知恵は簡単に浮かぶものではない……
『どうすれば、あの執事とまともに会話ができるんだろうか……』
老練した執事に貿易商見習いの少年が交渉で五分にわたりあうのは不可能であろう。マクレーンの話でレオナルド家がおかしいことがわかったものの、それを指弾するほどのコミニケーション力がベアーにあるわけではない。
ベアーは次の一手を考えあぐねた。
そんなときである、思わぬ人物がベアーとルナの前に現れた。
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それはロバを連れ立ったザックであった。
鳥打帽をかぶったザックはロバとともにベアーたちの前で立ち止まった。
「ああ、お客さん、こんにちは!」
ザックが二人に挨拶するとロバも二人をチラリと見た。
「お前、何やってんだ?」
ベアーがのほほんとした表情で歩くロバに声をかけると、ロバはブサイクな顔で鳴き声を上げた。
『散歩です』
ロバの声にはそんな響きがある。それを感じたルナは口をとがらせた。
「あんたね、こっちはかなり困ってんだよ。ジュリアさんがいなくなっちゃったんだから!」
ジュリアと聞いたロバはその顔色を変えた、その表情はいつになく真剣である。ロバは具体的な話を聞きたいようなそぶりを見せた。
「俺の失態でジュリアさんが代わりにレオナルド家の館に行ったんだけど……途中で行方不明に……でもレオナルド家に行ったとしか考えられないんだ……」
ベアーが沈んだ表情を見せるとロバは意外にも平然とした顔を見せた。
「あんたね、主人が困ってんだから、ちょっとは同情とかしなさいよ!!」
ルナがさらに続けようとすると会話を割るようにしてザックが口を開いた。
「あの実は、いまから……頼まれたベーコンを届けにレオナルド家に行くところなんだ」
ベアーとルナが声をそろえて「えっ……」と言うとザックがたどたどしい口調で答えた。
「2週間に一回、レオナルド家にベーコンを届けに行くんだ。今日はその日なんだ……」
ザックがそう言うとベアーは肉屋の女将の言っていたことを思い出した。
「確か、ベーコンを納品するとき――誰にも会わないんだよね?」
ベアーの質問にザックが答えた、
「そうだよ、炊事場の裏にベーコンを置いて帰るんだ。あそこの人は下々の人間と顔を合わせるのが嫌みたいなんだよね。おかみさんが言うには差別主義者だって……」
ザックが時折どもりながらそう言うとベアーの中で妙案がもたげてきた。
『イケルかもしれん……』
ベアーはそう思うとロバの方に目を向けた。
「お前、ジュリアさんの匂い、覚えてるか?」
言われたロバはコクリと頷いた。そこには『熟女の醸す匂いを忘れるか、ボケ!!』というすさまじい自信が湧き出ている。
それを感じとったベアーはジュリア捜索計画を二人とロバに話し出した。
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さて、その頃、失踪したジュリアであるが……
ジュリアは吐き気と軽い頭痛に襲われていた。記憶は混同し、焦点も定まらない状態である。
『……深呼吸して……落ち着かなきゃ』
何が起こったかわからないジュリアはそう思うととにかく平静を取り戻すべく暗闇の中で深呼吸を繰り返した。
*
しばらく深呼吸を繰り返すとジュリアの体調は若干ながら回復してきた。
『ここは一体どこなんだろう……』
ジュリアは懐に忍ばせたマッチ箱を出すと状況を確認するために火をつけた。暗闇の中に心細い明かりがともる……ジュリアは焔が消えないように手で囲むようにしながら辺りを確認した。
『……私、落とし穴に落ちたの……』
ジュリアは自分が筒状になった空間の底にいることを認知した。
『何で、こんな所に……』
現状が理解できないジュリアは何があったか思い出そうと必死になった。
『そうだ、確か――執事の奥さん、クララさんと話をしようと……』
ジュリアはその時のやり取りを思いだそうとした。
『執事の奥さんに面会を求めて……あの執事と話した。それからクララさんの所に連れて行くって言われたのよ……』
ジュリアは妙な感覚に襲われた。
『……その後の記憶がない……』
ジュリアが大きな疑問を持った時である、中空から声が聞こえてきた。
*
『どうしたかね、お嬢さん?』
その声はまさしくあの執事のものだった。
『余計なことに気付かなければ、娑婆に帰れたんだろうがな……変な勘繰りを入れたせいでこうなったんだよ。』
執事はそう言うと実に不遜な声を出した。
『お前はもう帰れない。』
執事がそう言うとジュリアは気丈にもそれに反論した。
『あなたは一体なんなの、こんなことをしても治安維持官が嗅ぎ付けるわよ!』
それに対して執事は静かに答えた。
『それはないよ……ここは特別な場所だ。治安維持官、いや、広域捜査官だって手は出せない』
執事はククッと嗤った。
ジュリアはその声を聞くと背筋に悪寒が走った。それは本能に恐怖を直接植え込まれたような感覚を産み落とした。
『あとでお薬をあげるよ……そうすれば楽になれる』
執事はそう言い残すとその気配を消した。
*
ジュリアは異様な感覚に襲われたが、新しいマッチをこすると出口がないか確認しようとした。
『……ここから出ないと……』
ジュリアがそう思って足元を照らした時である……思わぬモノがその視界に入った。
『……何これ……』
それは白骨化した2体の頭蓋骨であった。
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鳥打帽を目深にかぶった少年はロバの背に乗せたベーコンを下ろすと肩にかつぎなおした。そして裏門の取っ手に手をかけた。
『……空いてる……』
どうやらカギはあいているようで裏門はギシッという音を立てて開いた。
『よし、いいぞ!』
鳥打帽を目深にかぶった少年はロバに目配せすると耳元でささやいた。
「お前の鼻は、人間よりもいいはずだ……ジュリアさんの匂いを嗅ぎつけろ」
少年はそう言うとロバのケツを叩いた。
「俺がベーコンを納品するまでの間に見つけるんだ!」
少年はそう言うと実にゆっくりとした足取りで歩き始めた。
*
ロバは自慢の嗅覚(人間の約1000倍を働かせると)熟女の匂いに鼻を利かせた。
だが、ロバの表情は硬い……
『入り口の門弟では熟女の残り香があったのに……匂いがしない……』
執事に気取られないように庭を徘徊したロバはジュリアの匂いが残されていないことに得も言われぬ思いを持った。
『庭の花……匂いが強すぎる……』
花壇に植えられた花の芳香は想像以上に強くジュリアの残り香は感知できない……
『これじゃ、わからん……』
ロバは渋い表情を浮かべた。
*
一方、ベーコンを炊事場の裏(貯蔵用の地下室がある)の前においた少年は周りの様子をつぶさに観察した。
『花壇の花が折れてるな……』
ガーデニングに並々ならぬ思いを持つ貴族が花壇をなおしていないのはどことなく引っかかった。
『何だろう……』
そう思った少年はその花壇に近寄った。
『……これ……足跡じゃないのか……』
少年はそう思うと顔を近づけた。
『間違いない……人の足跡だ……大きさもそれほど大きくない……子供、いや女性の足かも……』
少年がさらに目を凝らして地面を見るとそこには何やらイヤリングのようなものが落ちている……
「これ……たしかジュリアさんの……」
少年がそう思った時である、突然、その後ろから声がかけられた。
「どうかしたか?」
声をかけられた少年はビクッとなると上ずった声を上げた。
「はい、ベーコンを届けにまいりました。」
その声を聞いた執事は朗らかな表情を浮かべた。
「お前の所のベーコンは実に美味い、お館様もお気に入りでな……」
執事はそう言うと少年に近寄った。
「脂身の質が良くてな……他の店では味わえない」
執事はそう言うとさらに少年に近寄った
少年は異様な雰囲気を肌で感じ取ると頭を下げた。
「……お邪魔致しました……これで失礼します……」
少年が帰ろうとすると執事が体を入れ替えて退路に立った。そして実に不遜な笑みを浮かべた。
「もうバレているぞ、お前の正体は――フォーレ商会のクソガキめ!」
執事はそう言うと悪魔の表情を浮かべた。
ジュリアを探しに屋敷に潜り込んだベアーでしたが、どうやら正体がばれてしまったようです。
この後、ベアーはどうなるんでしょうか?




