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第十五話

31

ベアーとルナに話は戻る――


失踪したジュリアの手がかりを見つけるべく2人は治安維持官の詰所に行くと早速、マクレーンとの接見を求めた。


 だが、治安維持官は二人の声を耳に入れるどころか『余計なことに首を突っ込むなと』という無言の圧力をかけてきた。通常の手続きさえ厭う態度を治安維持官は見せたのである。


『何かあるのか、マクレーンに……』


そう思ったベアーは治安維持官に物申した。


「容疑者にも弁明する権利があるはずです。弁護士じゃなくても取り調べが追われば、一般人との会話もできるはずです。」


 ベアーはかつてルナが留置所に入れられた経験(ルナが魔法を使ったことで逮捕された事案)から接見が許されていること述べた。


 だが治安維持官は聞こえないふりをした。そこにはよそ者に対する冷たい態度と痛くない腹を触られたくないという不遜な思いが透けて見える。


『……この治安維持官……』


ベアーは意図的に接見をさせない匂いを感じた。


『……やはり何かあるな……』


ベアーは余計に勘ぐった。


「あの、これわかりますよね?」


ベアーはそう言うと懐からブロンズ像を見せた。


それを見た治安維持官はその眼を大きく見開いた。


「……それは……」


ベアーは治安維持官の眼を見ると淡々と答えた。


「広域捜査官の協力者に与えられるブロンズ像です。」


治安維持官は嫌な表情を見せるとしばらく考えた後『ついてい来い!』と目で合図した。


                                 *


 マクレーンは衛生環境の悪い鉄格子で囲われた石畳の空間でへたり込んでいた。軽く痛めつけられたようで体のあちこちに青あざができている。


「……酷い……」


命を助けてもらったこともあるだろうが、ルナの眼にはあまりに哀れなマクレーンの姿がうつっていた。


「……きみたちか……」


 マクレーンはあまり話したくなさそうな表情を見せた。そこには幾ばくかのプライドのようなものが滲んでいる。みっともない姿を見せるのを恥じているようだ……


ベアーはそれを感じ取ると僧侶独特の落ち着いた声で話しかけた。


「酷い目にあったようですね、性質の悪い治安維持官だ……」


ベアーはそう言うと蹴り上げられたであろう、太ももを鉄格子の近くによせるようにマクレーンに声をかけた。


「さほどの役には立たないでしょうが、痛みが安らぐはずです。」


ベアーはそう言うと体を寄せたマクレーンに回復魔法(初級)を施した。


                                  *


魔法のおかげで打撲が安らぎ、若干ながら腫れがおさまったマクレーンはベアーとルナを見て素直に感謝した。


「どうして助けてくれるんだい……」


マクレーンが素朴な疑問をぶつけるとルナがそれに対して答えた。


「レオナルド伯爵の館について、とくに執事について聞きたいのよ。うちもトラブってるから……」


ルナがそう言うとマクレーンは妙な表情を浮かべた。


「あまり深入りしないほうがいいと思うぞ……相手はまともじゃない……」


マクレーンの言い方は世辞とは思えぬ重厚感がる。


「マクレーンさん、僕の上司が館に出かけた後いなくなってるんです。執事の奥さんと間接的な関係があって、それを頼りに案件を処理しようと……」


ベアーが続けようとするとマクレーンがそれを遮った。


「あそこで働いてるのはセバスチャンとクララじゃない…………」


ルナはマクレーンの言動に意味が分からず首をかしげた。


「どういう意味か分からないんだけど……」


それに対してマクレーンは沈黙した。そこには明らかに二の句を躊躇う迷いがある。


「……かかわりにならないほうがいいと思う……」


それに対してベアーが応えた。


「僕たちは消えた同僚の行方の手がかりが欲しいんです!!」


マクレーンは眉間にしわを寄せた。


「仮に君の言うことが本当で、同僚が消えたとしても……やめた方がいい……」


マクレーンはそう言うとポツリと漏らした。


「現在のレオナルド家の連中は昔と違う……それに、ここの治安維持官達にも息がかかっていると思う……」


言われたベアーは訝しむ表情を浮かべた。


「正直、僕には手に負えない状態なんだ……」


                                 *


 この後しばし、沈黙があった。状況が想像とは異なる展開を見せたため、その場の3人はどうするか迷った。


ベアーはとりあえず、その場の雰囲気を和らげるためにゆっくりとした口調で話しかけた。


「マクレーンさん、あなたはルナの命を助けてくれたそうですね。足を滑らせて崖から落ちそうになったとき」


ベアーはそう言うと深く頭を下げた。


「ありがとうございます。僕の友達を助けてくれて!」


マクレーンは殊勝なベアーの姿を見ると声をかけた。


「君の口調は聖職者みたいだな……商売人の見習いには見えない……」


マクレーンがそう言うとベアーが苦笑いした。


「そう言うあなたも旅芸人には見えません」


言われたマクレーンは押し黙ると深いため息をついた。


その様子を見たベアーは淡々と答えた。


「妙に教養がありますし、話し方も平民とは違う。貴族に仕える使用人なら合点がいくんですけど」


ベアーがそう言うとルナが続いた。


「芸人としても面白くないしね!」


ルナがハキハキト言うとマクレーンは頭を掻いた。


「ところでさぁ……私を助ける前にあんたが見てた石碑のことなんだけど……アレお墓でしょ……」


ルナがマクレーンを窃盗犯と間違えてあとをつけていた時のことを話すとマクレーンが二人を見た。


ベアーはその眼を正面から見据えると確認するように言った。


「レオナルド家の前当主とその奥方の墓ですね……」


ベアーがそう言うとマクレーンのそれに答えた。


「今年で10回忌になるんだ……それでお参りに……」


それを聞いたルナが58歳の魔女としての勘をはためかせた。


「……あんた、レオナルド家の庭師なんでしょ?」


ルナがそう言うとマクレーンは口をつぐんだ。そこにはこれ以上は話したくないという意図が透けて見える……


それを感じたベアーはマクレーンとレオナルド家の間に『何らかの関係』があると睨んだ。だがマクレーンの沈黙は硬いものがある……


『これ以上聞いても話さないだろう……』


ベアーはそう判断するとそれ以上は何も言わなかった。無理強いしたところで情報を得られないと考えたからである。ベアーは一礼するとルナとともに留置所を出た。


                                  *


詰所を出た二人は先ほどのやり取りを思い返した。


「どう思う、マクレーン?」


尋ねられたベアーは淡々と答えた。


「レオナルド家の関係者に間違いないけど、言いたくないような過去がありそうだね」


ベアーがそう言うとルナが58歳の魔女の表情で答えた、


「私、思うんだけど――マクレーンは亡くなった奥方と『ただならぬ関係』があったんじゃないかな……庭師と奥方の関係って親密になりやすそうだし……」


言われたベアーは渋い表情を見せたが、そこにはルナの考えを否定する意図はない。


「深い関係なら奥方の10回忌に戻ってくるのは不思議じゃない……」


 ベアーはそう判断すると沈黙した。不道徳な関係が奥方とあったとしても失踪したジュリアを探すためにはマクレーンの持つ情報は重要である、過去の倫理的な問題を穿り返すよりも現状を好転させる方が大事であろう。


「少し時間を置いてもう一度アタックしよう、何かわかるはずだ。」


ベアーがそう言うとルナは小さく頷いた。



32

豪華絢爛な応接室では二人の人物が顔を合わせていた。


「ねぇ、大丈夫なの……」


煌びやかな服に袖を通した女は執事に向かって心細げに言った。


「昔の事を知ってる人間が戻ってくるなんて……」


明らかに貴族と思われる女がそう言うと執事服に身を包んだ初老の男は静かに答えた。


「奥様……大丈夫です。あのような無粋な輩は恐れるに足りません、所詮は庭師です」


初老の執事はそう言うとティーポットに入った紅茶をカップに注いだ。


「かつて館の関係者だった人間とはすべての縁を断っております。いまさら出てきたところでこちらには何の関係もありません。」


一方、話しかけた線の細い30代後半の女は心配そうな表情で口を開いた。


「あっちの件はどうなの……フォーレ商会の女……」


それに対して初老の執事は意味深な目つきを見せた。


「何もせずとも、あそこに置いておけば勝手に朽ちていきます。わざわざ手を出す必要はありません。」


執事がそう言うと女は不満そうな顔を見せた。


「マフィンがどうとか言ってたでしょ、気になるのよ……」


貴族の女はジュリアの事が気になるようで異様なまでの危惧を見せた。


「かつての事を知っている人間はすべて『排除』したはずなのに……いまさらまた出てくるなんて……」


館主と思える女がそう言うと七三に分けた初老の執事は『心配し過ぎだ』という顔を見せた。


それを見た館主はツツッと初老の執事に歩み寄るとその背中に体を寄せた。執事は館の主に対して背中越しに話しかけた。


「大事ない、全ては私に任せておけばうまくいく、今までだってそうだっただろ」


初老の執事がそう言うと館の女主人は微笑んだ。そこには全幅の信頼を置く安堵感が湧き出ている……


「大丈夫だよ、治安維持官に『金』をまいてある。こちらの言うとおりに動くだろう。」


初老の執事はそう言うとしっかりとした足取りでその場を離れた。その背中には常人とは異なる仄暗いオーラが滲んでいた。



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