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第二話

 ベアーとロバは言われた通りに3番の桟橋に向かった。そこにはかなり大きなボートが停まっていた。20人は余裕を持って乗れる広さで、荷物もかなりの量を積むことができるようだ。


 ベアーがボートを覗くとさまざまな客が座席でくつろいでいた。取り留めのない会話を交わしながら葉巻を吸う紳士や、日傘をさして日焼けを嫌がる淑女もいた。中には酒を飲んでいる客もいる。


 ベアーはその様子を見ながらボートの後部にロバをつなぐと、そこから一番近いところに座った。水先案内人はそれを確認すると大きな声を出した


「出発します!」


その合図を皮切りにボートは客船に向けて出発した。


                              *


 ボートには6人の漕ぎ手がいて掛け声とともにリズムよくオールを漕いだ。小気味よく進むボートに乗るのは気持ちよくベアーは初めての経験に心躍った。


 天気も良く、風もない。絶好の船日和であった。ボートは緩やかな川を下り、港に泊まっている客船に向けて順調に進む。時折、釣り人が目に入ったがのどかな田園風景とは違う趣があった。


『ボートいいな、やっぱり……』


そんなことを思っていると両岸に見える雑木林が途切れ一気に視界が開けた。


『ああ、海だ!!』


ベアーは視野に広がる大海を目にしながら磯の香を堪能した。


                              *


川と海のまじりあう河口付近にボートが進むと船員が声を上げた。


「向こうにある大きな船がお客さんたちの乗る客船です。あと10分ほどで着くので荷物の用意をしてください。」


言われたベアーは水先案内人の差した方向を見た、そこには想像を超えた規模の客船が停泊していた。


 ベアーは客船の大きさに圧倒された。全長60m、幅20mはくだらない、収容人数も300名をこえるだろう。これだけの規模の船は人生で初めて目にする。


『でかい、あれに乗るのか……』


ベアーの興奮は最高潮に達していた。


 ボートは客船の停泊している桟橋に着いた。ベアーはロバの手綱を引くとバックパックを背負って客船の搭乗口に向かった。


 客船の搭乗口では制服を着た中年の亜人がチケットの確認をしていた。ベアーがチケットを見せると亜人はちらりとロバを見た。


「動物は貨物室に入れなきゃダメなんだ、乗組員の乗る裏口の方に回ってくれるかい」


「どこにあるんですか?」


「船尾だよ」


ベアーはそう言われロバを連れて船尾に回った。


船尾では貨物の搬送が行われ忙しそうに船員が働いていた。


「なあ、最近ポルカの街で変な噂があるの知ってるか」


「どんなやつ?」


「人が消えるんだって」


「消えるって、どういう意味だ、まさか人さらいじゃんぇだろうな」


「そんなことはねぇと思うけど……」


「お前、カマかけてんじゃねぇのか」


「いや、噂だからさ」


荷夫たちはそんな会話をしながら荷を運んでいた。


「港町は人の出入りが激しいからな、それで勘違いしてんじゃねぇの」


「そうだよな、やっぱり消えるなんて嘘だよな~」


ベアーはそんな会話を聞くともなしに聞いていたが荷夫たちの会話が突然、変化した。


「ところでよ、最近、新しくビーチができたらしいぜ」


「マジか?」


「ああ、そろそろ海開きだから……きれいなネェちゃんも…」


ベアーの目が輝いた。


『ビーチ、水着、おねぇちゃん、とくれば……巨乳…』


 ベアーのモチベーションは瞬時にMAXに上がった。だがモチベーションが上がったのはベアーだけではなかった。


『おまえもか……』


何とも言えない目つきでロバは『ニヤリ』としていた。


                                *


ベアーはロバを船尾にある簡易的な厩に入れるとその足で甲板に上った。


「すげぇ…」


甲板からの眺望は陸からとは違い視点がわかる。今まで経験したことのない世界がベアーの目の前に展開していた。


「船に乗るとこんな感じに映るんだな」


徒歩で旅をしてきたべアーにとって甲板からの眺めは新鮮であった。デッキから地上までの距離は5mを超えるため見下ろす感じがある。その悠然とした眺望は乗船した者にしかわからないであろう。


 ベアーが辺りの様子を見ていると、大きな音でベルが鳴った、出向である。桟橋からタラップが外されるとゆっくりと船が大海に向けて滑り出した。


                                *


 ベアーはチケットに記されていた2等船室に向かった。2等船室は大部屋になっていて、簡易ベッドが据え付けられているほかは広い空間となっていた。100人近くの人がいて様々な会話を交わしていた。商人は他の商人と情報交換し、家族連れの一家は休日の予定について話あっていた。楽しそうにしている子供の姿はほほえましく映った。プライバシーはないが大衆宿で過ごした経験のあるベアーにとっては十分快適な空間であった。


 出発してから2時間ほどたったころであろうか船員が部屋の中に入ってきた。


「そろそろ、お食事の時間です。皆様、中央船室でバイキングをお楽しみください。」


客たちは待っていましたとばかりに中央船室に向かった。


中央船室には数種類の食べ物とお茶が用意されていた。


ベアーは胚芽パンとラタトゥイユ(炒めた複数の野菜をトマトベースのソースで煮込んだもの)を皿に盛るとメイン料理を取ろうとした。


 その時である、ちょうどベアーの手前で豚のローストにグレイビーソースをかけたメインがなくなった。


「ごめんね、最後の一つ取っちゃった。」


声をかけてきたのはベアーと同じくらいの年の娘であった。


ベアーは久々に年頃の女子に声をかけられたのでドギマギした。


「どうしたの?」


「いや、何でもないです」


 そばかすの多い娘は金髪の髪をショートカットにしていた。美人というわけではないが温和な雰囲気を醸している、性格のよさそうな感じだ。


「半分、食べる?」


「あっ、別に大丈夫です」


ベアーはそう言ったが女子は豚のローストを半分よこした。


「じゃあね」


そう言うと女の子はベアーの元を去った。


『かわいくはないけど……まあ、いい感じかな…』


 バーリック牧場で老婆とはねっかえりの魔女(見た目10歳、実年齢58歳)しか目にしていなかったベアーには『金髪、ショートカット』は眩しく映った。



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