第十四話
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さて、翌日――
ベアーはジュリアの手がかりを探すべく執事の住まいのある館へと行こうとしたが、それと同時に別の思いが浮かんだ。
『行ったところで、向こうが素直に応対するとは思えんよな……』
ベアーの様子を察したルナが口を開いた。
「昨日の夜、考えてみたんだけど……今までの事を整理したら、執事がまともにしゃべるとは思わないんだよね……仮にジュリアさんの失踪に関わっているなら余計に話さないと思うんだ。」
言われたベアーは腕を組んだ。
「そうだよな……確かに……」
にべもない態度と傲岸な目つき、初老の執事とやりあうにはそれに見合うものがなければ向こうは相手にしないだろう。ジュリア失踪の嫌疑を下手に掛けても、それを逆手に圧力をかけてくる可能性さえある。場合によってはフォーレ商会に対して名誉棄損で訴えてくるだろう……
「何か証拠になるものを見つけないと……相手にならないかもよ」
ルナに言われたベアーは静かに頷いた。
*
そんな時である、2人の視界(宿の窓から見える小路)に思わぬ人物が映った。
「何あれ……」
2人の目に映ったのは二人の治安維持官に連行される一人の男であった。
ベアーとルナはその男を見るや否や声をそろえて言い放った。
「マクレーン……」
腕に縄をかけられていたのは面白くないお笑い芸人マクレーンであった。
*
気になった二人は小走りに近寄ると治安維持官に話しかけた。
「その人、何をしたんですか?」
ルナが尋ねると面倒そうに治安維持官が応えた。
「伯爵様の屋敷に無断で忍び込んだんだ」
言われたマクレーンは『そんなことはしてない』という表情を浮かべた。
「忍び込んだんじゃない、話しに行ったんだ!!」
それに対して治安維持官が涼しい顔で答えた。
「お前みたいな旅芸人が伯爵様と何を話すんだ!!」
そう言うと治安維持官はマクレーンを怒鳴りつけた。
「ゴミが、調子に乗るな!!」
治安維持官に怒鳴りつけられたマクレーンは治安維持官を一瞬にらんだが、その後すぐに沈んだ表情を見せた。
そこには『程度の低い人間に話しても無駄だろう』という諦めが浮かんでいる。だがその目つきが余計に治安維持官の怒りを強めた。
「屋敷に入って窃盗でもしようと思ったんだろ、このクズ!」
それに対してマクレーンが応えた。
「僕はやってない!!」
「盗人はみなそう言うんだよ!!」
もう一人の治安維持官(50歳を過ぎた亜人)は否定したマクレーンの顔面を殴りつけた。血反吐が地面に飛んでマクレーンがよろける。
ベアーとルナは容疑者の扱いがあまりに酷いので思わず声を上げた。
「それはやり過ぎじゃないんですか。まだ容疑者なんでしょ?」
それに対してもう一人の若い巻き毛の治安維持官がケチをつけた。
「お前ら、こいつの仲間か?」
そう言った巻き毛の若い治安維持官は腰につけたショーソードの柄に手を当てた。
『………』
それを見た二人は『巻き添えはマズイ』と思うと急いで首を横に振った。
「それでいいんだよ、クソガキ!!」
若い巻き毛の治安維持官に凄まれた二人は小さくなると沈黙した。
*
結局、ベアーとルナはマクレーンが連行される姿を見るだけで何もできなかった。
「ねぇ、ベアー、今のどう思う?」
言われたベアーは何とも言えない表情を浮かべた。
「否定はしてたけど……食い詰めた芸人じゃ盗みもあり得ると思う……でも……」
ベアーはマクレーンの表情の中に『嘘』を見いだせなかった。
「あの人の雰囲気は犯罪者には見えない……」
どことなく不安げで、どことなく人が良さそうで、芸人としては全く面白くないマクレーンだが……ベアーには悪人の匂いが感じ取れなかった。
「私が足を滑らせて落ちそうになったときも助けてくれたし……性根はいいんじゃないの」
ルナがそう言うとベアーはその顔をしかめた。
「盗みじゃないなら、何で伯爵の館に忍び込もうとしたんだろ……」
素朴な疑問をベアーが持った時である、ルナがポツリと漏らした。
「ひょっとしたら、館の関係者なんじゃない……昔、働いていたとか」
言われたベアーはブッチャーの女将の言葉を思い出した。
「そう言えば、ほとんどの使用人が解雇されたって……」
ルナはそれに対して知恵を回した。
「きっとマクレーンはクビになったんだよ、それで文句を言いに……」
ベアーがそれに反応した。
「ジュリアさんの失踪にはあの館が絡んでいるかもしれないな……」
ベアーがそう言うとルナが反応した。
「そうだよ、何の手がかりもないんだし……留置所に会いに行ってみようよ……ひょっとしたら何かわかるかもしれない」
言われたベアーは頷いた、そしてルナの手を握ると突然走り出した。
「急いでいこう!!」
声をかけられたルナは手を握る強さにたじろいだが、それと同時に別の思いが生じた。
『……悪くない……』
妹ポジションから脱却し、進展を求めるルナにとってはなかなかに心地がよい。
『……ええ感じやんけ……』
ルナは強く手をひかれると、ニンマリとした表情を浮かべた。
30
サングース付近まで来たカルロスとスターリングは納税証明をもとにしてユミールとケイト(ミズーリではデール夫妻の名で生活していた人物)の行方を追った。
だが、宿で下働きをしながらユミールとケイトの生活痕跡があっただけでその記録は途中で途切れていた。
「行方をくらましてますね……サングースから……」
納税証明ではユミールとケイトの名で納められていた税金は5年前から納められなくなっている……
「どこかに潜ったんでしょうか?」
カルロスがそう言うとスターリングが渋い表情を浮かべた。
「今までの経緯から、この犯人は逃避行して逃げ回るタイプじゃないわ。背のりして他人の戸籍を乗っとり、堂々とその地域で根をはって生活していくタイプよ……」
言われたカルロスはうなずいた。
「でも、そうなると……ここでも誰かを殺して新しい戸籍を手に入れてるってことですか?」
言われたスターリングは実に難しい表情を浮かべた。
「さすがに殺人ならすぐにわかるわ……地元の治安維持官達も捜査するでしょうし、その記録が残るはず、たとえ犯人が見つかっていなくても……でもその報告は広域捜査官には入っていない。」
スターリングがそう言うとカルロスが応えた。
「じゃあ、事件としては立件されてないってことですね……」
「やはり行方不明者を当たるしかないわ。納税記録が失われた前後の失踪した人間をあたって手繰るしかない……」
「でもサングースは人の出入りが多いですよ……湯治場ですから……行方不明の届けなんて毎日出てるでしょうし……」
カルロスが疲れた声を出すとスターリングがそれに答えた。
「しょうがないでしょ、それしかないんだから!!」
言われたカルロスはシュンとなると大きなため息をついた。
*
この後、二人は失踪者リストを造りマンサーチ(人探し)に当たってみたが、手掛かりは一つも見つからなかった。時間だけがいたずらに過ぎ、惨憺たる結果が二人の前に現出した。
「やっぱりサングースにはいないんじゃ……」
カルロスがそう言うとスターリングも『参った……』という表情を見せた。
「しょうがない……予算はかかるけど……やってみるか」
スターリングがそう言うとカルロスが興味のある表情を浮かべた。
「コンパーニオンのネットワークを使うのよ」
「えっ……酌婦のですか?」
「そう、あの連中は陰でいろいろやってるから、ワケアリ連中には鼻が効くはず……ユミールとケイトの事も知っている可能性があるわ。だけど無料というわけにはいかない……」
スターリングはそう言うと息を吐いた。
「こういう時にかかる捜査費用は自腹なのよ……」
それを聞いたカルロスは何とも言えない表情を見せた。




