第七話
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10分ほどすると先ほどの執事がやって来た。その態度は異様に居丈高で眉間には青筋が立っている。
「フォーレ商会が納品しようとしたこの毛皮ですが、うちが注文したものと異なります。」
執事は開口一番そう言うと毛皮を投げるようにして突っ返した。
「品質はマズマズですが色合いと形が異なります。このようなものでは受け取れません。」
ベアーは思わぬ事態にその目を点にした。
「あの、すいません、確認させていただいてよろしいでしょうか?」
ベアーが丁寧にそう言うと執事は突っぱねる口調で言い放った。
「主人の体に合わないものを持ち込んで金をとろうとするのはとんでもない業者です、デポジットも納めてあるのに許しがたい。納期までにきちんとしたものを納めるように!!」
執事はそう言うとベアーを斜に構えて見た。
「さっさと帰りなさい」
反論を許さないにべもない態度にベアーは面食らった。
『一体、どういうことなんだ……』
ベアーはおおきな疑問をもったまま館を後にすることとなった。
*
ベアーは帰る道すがら事態が斜め上の展開になったことに頭を痛めた。
『書類の通りの商品を納めたのに……』
フォーレ商会の納めた毛皮はオーダーメイドで造られた一点ものである。つまり注文段階で細部まで指定がされている。
『色と形が違うなんて……ありえるのかな……』
ベアーはコートの状態を確認したが納品書と異なるようには見えない。
『形が違うってことは……ひょっとしたら毛皮を造った洋品店(仕立て屋)が間違ったってことか……でも……あの洋品店はいい加減な仕事をする業者じゃない……』
ベアーは頭をひねったが合点のいく結論に至らなかった。
『ポルカに帰って指示を仰ぐか……』
ベアーはそう思うと乗合馬車の時間を頭に浮かべた。
『時間がかかるな……そうだ伝書鳩だ、あれならもっと速い!』
伝書鳩なら片道3時間程度でポルカにつくはずである。
『明日の朝一に送れば午前中には手紙が届く。』
ベアーはそう思うと早速手紙を書くべく街に戻ることにした。
*
ベアーはサングースの町に戻るとルナと落ちあった。
「ルナ、トラブル発生なんだ。」
ベアーはそう言うと先ほどのやり取りを簡単に話した。
「……えっ……そうなんだ……」
ベアーは素直に頷くと伝書鳩を使ってポルカと交信する旨を伝えた。
「時間的には明日の朝一からの作業になるから、今日は泊まりになる」
ベアーはそう言うと今までの経緯を記したレポートを書くべく宿屋の自室へと向かった。
ルナはいつになく真剣な表情のベアーを見るとトラブルが簡単には解決できないものだと感じざるを得なかった。
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状況を記したレポートを書き終えたベアーはルナとともにザックのいるブッチャーで夕食をとった。2人はポトフ(厚切りベーコンと野菜のスープ)と胚芽パンを注文した。
精肉店ということもありこだわりのあるベーコンからは実にいい出汁が出ており、食べ応えのある野菜(ジャガイモ、ニンジン、キャベツ)との相性は抜群であった。塩だけのシンプルな味付けだが、むしろそれが功を奏していた。
だが、その一方で――二人の視野には思わぬ光景も飛び込んできた。
ベアー達についてきたロバを見たザックがエサをやり始めたのである。それだけなら何の問題もないのだが、ロバに対してなにやら熱い思いを持ったザックは客に出すための人参を秘密裏に与えだしたのだ。もちろんこれは許されることではない――客に出す材料を家畜に与えるのは御法度である。
その様子を目にした女将はザックをよんで叱りつけると小言を浴びせた。さらにその声を聴きつけた親方が厨房から現れるとザックにゲンコツを喰らわせていた。華麗なる2連撃がザックを襲ったのである。
2人はその光景の一部始終を目撃していたが2コンボを喰らったザックを見ると何とも言えない気持ちになった。
「まあ、こういうこともあるよね……」
「そうだね……」
2人はポトフを食べ終わると半べそになったザックを見ないようにして席を立った。
*
翌日、伝書鳩を送ったベアーはポルカからの指示待ちのために待機することになった。
『朝、6時にレポート送ったから、ポルカには9時にはつく……ということは午後2時くらいには返事が来るだろう』
現在の時刻は10時である、ベアーは時計を見ると、それまでの時間をどうするか迷った。
そんなベアーを見たルナは声を上げた。
「温泉行こうよ、せっかくなんだし!!」
それに対してベアーは商売人らしい答えを出した。
「仕事上のトラブルがあるんだから遊んでらんないよ」
ベアーは殊勝な答えを出すとルナに声をかけた。
「ロバと一緒に行ってくるといいよ、俺はここでいるから」
ベアーがそう言うとタイミングよく厩からいななきが聞こえた。
「ほら、アイツも行きたがってるし!」
ルナはベアーがいかないことに残念そうな表情を見せたが、ルナがクヨクヨしたところで事態が打開できるわけではないと思いなおした。
『そうだよね、せっかくここまで来たんだから、温泉に入るくらいはいいわよね』
ルナはそう考えるとスタスタと厩に向かった。
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混浴の温泉は湯治客で賑わっていたが、そのほとんどが年寄りや病もちでおせじにもイケメンはいなかった。
『ジジイとババアばっかりじゃん……』
神経痛に効用のある温泉らしく、年寄りたちは男女戯れながら病気の話に華を咲かせている。年寄りには病気自慢ともいうべき習性があるが、その習性そのままに自分の持病を誇らしげに語っていた。
『クソッ……全然、楽しくネェ……』
ルナは鼻をほじると湯治場の温泉を眺めた。
『腹筋、みんなダルダルじゃん』
ルナは面白みのない年寄りの裸体を見るとその眼を細めた。
ルナは腹筋に対するこだわりがあるようでシックスパック(6つに割れた腹筋)の持ち主がいないか確認した。
『こっちもダメね……』
ルナは肩を落とす苦々しい表情を見せた。
*
一方、ロバは――
湯治客のいない温泉の方に向かうと疲労した肉体を休めるために湯船に身を落とした。消炎と殺菌効果のある湯はピリピリとした弱い電流が流れるような刺激があるが、ロバはそれを気にせずその足を踏み入れた。
『ああ、ええ感じ……』
ロバが皮膚全体を刺激する心地よい感覚にその顔をほころばせた。
『……後は待つだけだ……』
ロバがそう思ってしばし時が流れると、湯煙の中から声が飛んできた。
「あっ、ロバがいるよ!!」
声を上げたハーフエルフの幼児はそう言うとロバを見て興奮した面持ちを見せた。
「うわ~、ブサイク!!!」
幼児はそう言うとロバの背によじ登った。
「スゲェ、耳!!」
幼児はその眼を大きく見開くとロバの耳を引っ張った。
一方、ロバは特に嫌がる様子も見せずに幼児の好きにさせた。泰然とした態度は相変わらずで、幼児のいたずらなど歯牙にもかけぬ落ち着きがある。ロバは大きな欠伸を見せると幼児のほうに顔を向けた……
「WWWっ、マジでブサイク」
幼児が実に楽しげな声をあげると、その後方から声が飛んだ。
「止めなさい、危ないでしょ!!」
声をかけてきたのはバスタオルを巻いた幼児の母親であった、齢は27,8歳と言ったところであろう。エルフの特徴が現れた尖った耳と切れ長の目をしている。
母親は幼児に近寄るとロバから降りるように説得した。
「危ないでしょ!!」
「やだよ、ロバと遊ぶんだよ!!」
「だめよ、お風呂で怪我をしたら、なかなか治らないんだから!!」
心配した母親はそう言うと子供を無理やり下ろそうとした。
ロバはそのやり取りを眺めるとそれとなく母親に近づいた。
『ナイスバディ!!』
ロバはバスタオルの上からもわかる母親の豊満なバディに満足げな表情を浮かべた。腹部や臀部に多少の贅肉はついていたが、むしろそれがロバの好みにマッチしている……
ロバはその鼻をバスタオルの方に近づけた。
『ああ、人妻の匂い……最高!』
ロバが母親の醸す芳香にトロンとした表情を浮かべた時である、いやがる子供の手が母親の身に着けていたバスタオルの結び目に当たってはだけた。
――ロバの眼前に豊満な裸身が晒らされる……
ロバはそれを見て思った。
『おお、イエ~イ!』
ロバは最高の瞬間をその眼に焼き付けていた。
*
母親のハーフエルフがバスタオルを再び身にまとうとロバは大きく息を吐いた。
『……ごちそうさまですた……』
実の所、ロバは人妻(シングルマザーもOK)と戯れるため、わざとその子供に狙いを絞っていた――すなわち湯治客が来ない地元民だけが使う温泉をわざと選びターゲットが来るの待つという『果報は寝て待て大作戦』を遂行していたのだ。
『将を射るにはまず、馬を射よ』と言う言葉があるがロバの場合は『人妻と戯れるにはまず、その子供と遊べ!』ということだったのである。
『子持ちの人妻、最高です!!!』
ロバは己の欲望を貫徹するための戦略を見事に成就させると満足した表情で湯船から上がった。




