第六話
12
食事処の店内は昼前と言うこともあり比較的すいていた。販売コーナーには客がいるものの食事処の方にはまばらにしか客がいない。
ベアーは窓際の席に着くと給仕の亜人に声をかけてメニューを貰った。そして『おすすめ』と書かれたソーセージの盛り合わせと胚芽パンを頼んだ。
給仕の亜人は愛想よく注文を受けると厨房の方に軽快な声をかけた。
「もり合わせ一丁!!!」
ルナとベアーはその声を聞くとなんとなくだが期待が高まった。
「なんかおいしそうな感じしない?」
厨房から漂うスパイスの香りに鼻を利かせたルナがそう言うとベアーがその眼を輝かせた。
「イケルと思うね!!」
食材、スパイス、調理法、それらが生み出すハーモニーは『香り』となって現出する。厨房から放たれる『匂い』こそがその店の良し悪しを判断する指標となるのだ。ベアーは今までの経験(ポルカのパスタ屋とドリトスのチーズ工房のバイト体験)から『マチガイない!!』と判断した。
「ここの『匂い』もいい感じだ、きっとイケルと思うよ!」
ベアーが確信してそう言うと、先ほどの亜人とは異なる給仕が現れた。
*
小太りであばたのある少年は慣れていない手つきでソーセージの盛り合わせと胚芽パンをテーブルに置いた。
「お待たせいたしました、当店自慢の盛り合わせです。」
どもり気味の口調で少年はそう言うとベアーとルナにソーセージの種類を説明しだした。
「この赤みがかったのがチョリソー、辛いやつです。こっちの細いのがレモンパセリ、さっぱりしてます。それからこれがプレーン、一番シンプルな奴です。」
一生懸命話す姿は好感が持てるのだが少年はどことなく鈍重であまり頭は良さそうではない。
「この太い白ソーセージは麦芽酒とあうのです。」
少年は訥々とそう言うと『二人に食べろ』と進めた。
*
ベアーとルナはプレーンのソーセージを頬張った。パリッと言う皮が裂ける音、強いスパイスの香り、そしてうま味を存分に含んだ肉汁、これらが同時に二人を襲う。
2人は顔を見合わせると同時に叫んだ。
「うまい!!!」
ベアーが想像以上の味に驚きの表情を浮かべると給仕の少年が答えた。
「親方がスパイスの調合をしているんだけど、いろいろ秘密があるんだ。」
少年はそう言うと白いソーセージを指差した。
「それは皮をむいてハニーマスタードでたべるんだ」
ベアーは初めて聞く単語に顔をしかめた。
鈍重な少年は砕けた表情を見せると皮の剥き方をベアーに教えた。
「これは熱いうちに食べないと駄目なんだ」
あばたの少年にせかされたベアーは粘度のある茶色いマスタードをつけると湯気を立てる白いソーセージを口に放り込んだ。
「……あっ……やわらかい……」
今までにない食感はベアーに驚きを与えた。それを見た少年は力説した。
「フワッしてるだろ、これがうちの白ソーセージなんだよ!!」
ベアーが初めての経験にその眼を鱗にすると、隣にいたルナも白ソーセージをその口に放り込んだ。
「うわ、なにこれ、おいしい……」
ハニーマスタードという変化球の薬味が思わぬ効果を導き出していた。甘さと辛さが調和してソーセージの塩分を適度に中和する。
普通のソーセージでは体験できないハニーマスタードの風味に二人は鼻汁を垂らした。
それを見た少年は満足げな表情を見せた。
「このマスタードは自家製だからね、その辺りのやつとは違うんだ!」
少年が自信満々に言うと、その後ろから声が飛んだ。
「ザック、他のお客さんを待たせるんじゃないよ」
ザック言われた少年は2人を見ると、物寂しげな表情を見せて別のテーブルに向かった。
*
この後、美味いソーセージの盛り合わせを平らげた二人は勘定を済ませて店を出た。
「あの子、ちょっと足りないけど……いい奴っぽいわよね」
ルナがそう言うとベアーもうなずいた。
「ソーセージ職人の見習いなんだろうね。ザックって言われてたけど……時間が立てば落ち着いて来るんじゃないかな、10年くらいすれば一人前になって独り立ちできるんじゃない」
ベアーはそう結論付けると仕事の話に話題を変えた。
「俺、毛皮のコートを納品してくるから、ルナは待ってて。3時間くらいしたらメインストリートの噴水の所で落ち合おう!」
「いいよ」
ルナが応えるとベアーはロバの手綱を引いた。
「リーズナブルな宿を探しておいて欲しいんだ。じゃあ、あとで!」
ベアーはルナにそう言うと納品する毛皮のコートを確認した。
「よし、大丈夫だ!」
こうして二人はそれぞれ別行動をとることになった。
13
ベアーはロバの手綱を引くとサングースの街から離れ、丘陵地帯に向かった。
ビルダ川の支流に沿って緩やかな道を登って行く。舗装された道は実に歩きやすく、谷を登るような難儀さは微塵もなかった。
ベアーはのほほんとした表情で歩くとロバの方に目をやった。
「お前、どう思う?」
ベアーがにやけた表情を見せるとロバがいつもの表情でベアーを見た。
「温泉と酌婦どんな感じなんだろうな……」
ベアーが興奮を隠しながらそう言うとロバは『フヒヒヒッ』という妙ないななきを見せた。そこには好色な年寄りのような嫌らしさがある。
「お前も、コンパーニオンには興味があるか……」
ベアーがロバの方を見てそう言うとロバは急に真顔に戻った。
「どうしたんだ?」
ロバの様子にただならぬものを感じたベアーはロバの突き出した顎の方向に目をやった。
そしてそこに古びた看板があることに気付かされた。
『湯治場、夢の里(混浴)』
ベアーは看板に書かれたその文言を見て『なるほどと思った』。
「仕事が終わったら帰りに寄ろう、ちょうどルナもいないしな」
ベアーはそう思うとロバと同じく鼻息を荒くした。
*
30分ほど歩くと目当ての屋敷が見えてきた。毛皮のコートを納品する貴族の館である。面積はそれほど広くないもののその雰囲気は独特のものがあった。
『貴族の屋敷らしい感じだな』
ベアーは門前に立つと全体を見回した。
石煉瓦造りの館は貴族らしい雅さが随所にちりばめれている。特に入口の格子扉に描かれた装飾は本物の『蔦』のような演出がなされ、ベアーは名のある建築家が立てたものに違いないと確信した。
『すげぇ……』
そして、それ以上にベアーが驚いたのは庭である。貴族の館に庭はつきものだが、この館の庭は格別で青々とした芝と品のいい噴水が実にうまく調和していた。置かれたベンチや花壇も庭に調和するように配置されている。
「すごい庭だな……」
ベアーは素直に感心したが気持ちを切り替えると、納品書、原産地証明(ドリトスの農場が発行した書類)、被服店(毛皮をコートに加工した業者)の発行した注文書の控えを確認した。
「よし、ウィルソンさんの言ってた3点セットは問題ない。行こう!!」
ベアーはそう思うと仕事をするべく呼び鈴に手をかけた。
*
程なくすると門前に初老の執事がやって来た。
「どちら様でしょうか?」
慇懃な口調で七三に分けた初老の執事がそう言うとベアーは頭を下げてから答えた。
「フォーレ商会からまいりました、ベアリスク ライドルといいます。ご注文の毛皮のコートを持って参りました。」
ベアーはそう言うとロバの背に乗せたコートを見せた。
「業者は裏に回ってください」
執事はそう言うと門から50mほど離れたところにある裏門を指差した。
「表門は貴族か、名のある方以外は通れませんので」
『平民は下がれ』と言わんばかりの冷たい口調でそう言うと執事はベアーを無視して歩き出した。
ベアーはつっけんどんな執事の口調に多少ながら気分を悪くしたが素直に従うことにした。
*
裏門の通用口をあけると七三にわけた執事はベアーの提示した書類を受け取った。
「納期より若干速いですな、ご苦労なことです。」
執事は社交辞令的な発言を見せるとコートを手に取った。
「お館様に見せて参ります。ここでお待ちください。」
ベアーはそう言われると裏門に隣接された小屋(粗末なベンチのある物置のようになっている)で待つことになった。




