第五話
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さて、その頃――
白骨死体の身元をあらっていたカルロスの捜査は新たな展開を見せていた。
「スターリングさん、死体の身元が分かりました!!!」
カルロスは息せきかけてそう言うと資料を提示した。
「亡くなったこの二人は季節労働者で各地の農園を廻っていた夫婦のようです。夫の母親から証言が取れました!!」
カルロスは近隣地区の失踪した人間をあたり、その母親を見つけて遺体を確認させていた。幸運にも頭蓋骨の歯の特徴から、見つかった遺骨が息子であると母親のナディアが証言していた。
「よくやったわ、カルロス!!」
迷宮入りを覚悟していたスターリングが朗らかな表情でそう言うとカルロスが腑に落ちない表情を見せた。
「ですが、妙なこともわかりまして……」
言われたスターリングは『話せ』と目で合図した。
「実は亡くなったデール夫妻を調べていたですけど……8年ほど前まで税金を納めた記録があるんです……」
スターリングは「はぁ?」と答えた。
「そうなんですよ……15年前に死んでいるのに……変でしょ?」
カルロスが自信なさげにそう言うとスターリングは氷の瞳を輝かせた。
「死人は税金はおさめない……」
スターリングはそう言うと美しい顔の額にしわを寄せた。
「殺された人間の戸籍を乗っ取った人間がいるってことね……」
「まさか『背乗り』ですか?」
背乗りとは戸籍を乗っ取る犯罪の通称であるが、カルロスがそれを指摘するとスターリングが厳しい表情を見せた。
「2人を殺害してその戸籍まで乗っ取る……普通のやり方じゃないわ……」
スターリングはそう言うとカルロスに声をかけた。
「税金を納めていた街まで行ってみましょう、そこで何かわかるかも!」
スターリングはそう言うと颯爽と厩に向かった。
『もうちょっと、ほめてくれてもいいのにな……』
死体の身元を割り出すという大きな成果を出したのにスターリングが素っ気のない態度を見せたため、カルロスは指をくわえてスターリングの背中を見るという事態に陥っていた。
*
2人はその後、馬を走らせると2時間ほどでミズーリ(かつてベアーが逗留したことのある中規模の街)の税務署に着いた。そして白骨死体の戸籍を背乗りした人間の情報を得るべく地元の治安維持官と協力して捜査にあたった。
*
そして半日後……一つのことが分かった。
「もういませんね……この街には……税金を納めている間は宿屋で働いていたのは間違いないようですが……」
カルロスがそう言うとスターリングは背乗りした連中のいた宿屋に確認をとろうとした。
「無駄ですよ、スターリングさん……」
カルロスはそう言うと重たい事実を話した。
「8年前に火事があって宿屋が全焼しているんです。その時に5名の死亡者がでていて……その時に死んでいるそうです……」
カルロスがミズーリの治安維持官から手に入れた情報を報告するとスターリングは渋い表情を見せた。
「………」
「お手上げです……」
カルロスがそう言うとスターリングは深いため息をついた。
「……被疑者死亡か……」
スターリングはそう言うとカルロスが忸怩たる表情を見せた。
「デールのお母さんは息子夫婦をずっと探していたようで……遺体が見つかった時は泣き崩れていました……殺人事件の被害者になっているなんて思わなかったんでしょうね……」
被害者家族の話を聞いたスターリングは舌唇を噛んだ。『苦汁を食む』と言う言葉があるがスターリングはその言葉通りの表情を浮かべていた。
「まして背乗りされて、戸籍まで悪用されているなんて……気の毒極まりありません」
カルロスが被害者家族の気持ちを代弁するとスターリングがカルロスの背中をバチンと叩いた。
「酒を飲むぞ!」
まさかの言動にカルロスはその眼を大きく見開いた。
「こういう時は飲んで気を紛らわすしかない!!!」
スターリングはそう言うとPUBに向かって大きく足を踏み出した。
カルロスはその背中を見ると不可思議な表情を見せた。
『スターリングさんにもあんな一面があるんだな……』
出世のためには厳しい判断も恐れない冷徹な人物だと思っていたが、被害者に共感する気持ちも持ち合わせているのだろう――カルロスはスターリングの心のありように変化を感じていた。
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渓谷と言う言葉があるが二人と一頭の前に現れた風景は息をのむモノがあった。二人は視界に入った光景を見ると思わず声を出した。
「おお――」
ビルダ谷と呼ばれる崖が凛然とそびえ、その下を清流がしぶきをあげている。その様は絵画に描かれ一枚絵のようであった。雄々しい崖とそれに張り合うようにして流れる清流は雌雄を決める戦いでぶつかりあう騎士の龍のようにも見える――
雄大な自然の一部はベアーとルナに少なからず感動を与えていた。
「この崖、凄いね、それにこの川も」
ルナが興味深げに言うとベアーは初等学校で習った知識を披露した。
「この崖は300年前の魔人との戦いで出来た爪痕なんだ。何でも魔人の放ったモンスターの一撃で山が割れて谷と川ができたんだって」
ベアーがしたり顔で言うとルナが妙な表情を浮かべた
「えっ、そうなの……私が習ったのは魔人を倒すために使った魔導器の暴走が原因で出来たって……」
ベアーはそれを聞くと驚いた表情を見せた。
「……マジで……」
どうやら魔女と人間の教育内容はそれぞれ違うらしい……
「………」
2人は沈黙後、ビルダ谷のことについて知りうる情報を交換してみたが――結局、2人の話は平行線となった。
「なんか、しっくりこないわね。お互いの情報がかみ合わない……」
ルナはそう言うと再び鼻をほじった。
「学校ってさあ、都合の悪いことを教えないでごまかすところあるじゃん、先生も知ってても本当のことを言わないみたいな……この谷の真実も、以外と隠されてるんじゃない」
言われたベアーは『そうかもしれん』と言う表情を見せた。
「じいちゃんが言ってたんだけど――教育って為政者にとって統治しやすい人間を造るための洗脳の側面があるんだって。だから都合の悪いことやトラブルになりそうなことはあえて伏せるって……」
ベアーは学校教育の闇の一端に触れた、
「商売でも『裏帳簿』ってあるから……歴史も『闇歴史』ってあるんだろうね」
ベアーはそんな結論を出すとルナもそれに同意した。
「まあ、魔女の世界もその辺りには似たり寄ったりね……魔女も都合の悪いことは口をつぐむし……」
ルナは58歳の表情を見せてそう言った。その顔は艱難辛苦を経験したものだけが見せる渋さがあった。
*
そんな話をしていた時であるビルダ川のほとりを歩いていた二人の眼前に並木道が現れた。
「あれが谷あいの村、サングースだ!」
緑豊かな並木道は街路樹を兼ねており、メインストリートを連なる様相は小気味がいいほどに整然としている。手入れがされて清潔感があり、青々と茂った葉は生命力にあふれていた。
「うわ~、綺麗な道!! それにお店が一杯!!!」
街路樹の脇にはロッジ型の店舗が並び、ほぼ一直線のメインストリートには絶妙な間隔で様々な店が連なっていた。並木道は地元の住民だけでなく湯治客も往来し、じつに賑やかであった。
「とりあえず、あそこで一休みしよう。腹も減ったしね」
ベアーはそう言うとサングースのメインストリートから離れ、路地の奥まった所にある肉屋に目をやった。
「……よく気付いたね、あのお店……」
ルナが感心してそう言うとベアーがしたり顔で答えた。
「あそこのソーセージは美味いんだよ、ダリスでも5本の指に入る」
ベアーが自分の知識をひけらかすとルナがそれに反応した。
「ウィルソンさんに、教えてもらったんでしょ?」
ルナが間髪いれずにそう言うとベアーはしどろもどろになった。
「やっぱりね!」
ルナはそう言うとバツが悪くなったベアーを横目に肉屋の扉を勢いよく開けた。




