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第四話

メニューを見た二人は意外に高い料金に驚きを隠さなかった。


「これ観光料金より高いよね……」


ルナがそう言うとベアーも同意した。


「3割は高い……味が良ければ納得するけど……」


とりあえず2人は一番安いシチューを頼むことにした。


「パンと飲み物は別途だって……」


オプションで料金が上がる店のやり方にベアーは何とも言えない表情を見せた。


「なんか、いやな感じね……ここ」


ルナがそう言うと先ほどの男がやって来た。


「すいませんね、今日はショーがあるから……その分、値段が割り増しになってるんですよ」


男がそう言うとベアーが応えた。


「じゃあ、ショーが無料って言うのは建前で、食事料金に入ってるってことですか?」


亜人の男は深く頷いた。


ベアーはそれを見るとため息をついてシチューとパンを二人分頼んだ。


                                 *


 シチューはキノコとジャガイモがたっぷり入っているものの肉類は少なく若いベアーにはイマイチな一品であった。一方、ルナは別途のパンが気に入ったらしくバゲットを頬張った。


「そろそろショーの時間だけど、人が集まんないわよね」


ルナの言うとおり会場にはまばらにしか客がおらず、開演時間が近いにもかかわらず客足は伸びない……。


「大丈夫なのかね?」


バゲットを頬張りながらルナがそう言うと、突然カンテラ灯により会場がライトアップされた。



「レディース アンド ジェントルマン!!! お待たせいたしました。今からスマイルショーを開催いたします。ダリスの中で選りすぐられた芸人の中でも子芝居に定評のある演者をご用意してございます。」



 ルナとベアーを案内した亜人の男が司会として声を張り上げるとカーテンで仕切られた土産物屋の横(舞台の袖を演出している)から20代後半の男が現れた。


「さあ、皆さん、今宵は存分に腹を抱えてください、よじれた腹から食べたものを吐かないように、どうか気を付けて!!」


 給仕の亜人はまくしたてるようにそう言うとカンテラ灯に照らされた簡易舞台から離れた。そしてそれと入れ替わるようにして口ひげをはやした男が『板』に上がった


                                   *


口ひげの男は会場を見回すとゆっくりと口を開いた。


「ダリスでおもしろい漫談屋と言われ、はや8年。1人のファンもつかない現状になんとなくときめくマクレーンです。」


マクレーンと自己紹介した漫談士は自虐的にそう言うと早速、小芝居を始めた。



ベアーとルナはカンテラ灯に照らされた舞台で一人芝居に興じるマクレーンを見たがあまり面白くないネタに何とも言えない表情を浮かべた。


「何か、面白くないね……」


ルナがそう言うとベアーもうなずいた。


「ネタが悪いんじゃなくて、芸人としての素養がないような……」


 ベアーの指摘はその通りで、ネタ自体はそれなりなのだが……間の取り方や掛け声のタイミング、そして動作の強弱などが今一つであった。


「8年もやってんのにね……」


「……センスがないんだろうな……」


特殊な仕事は適性が重要になるのだが目の前にいるマクレーンにはその適性がないように思えた。


                                  *


 この後、ネタは続いたが客は徐々に減りベアーとルナたちだけになった。マクレーンもそれに気づいているのだろう、もともと高くないテンションは先ほどよりも下がった。


「では、お2人、最後のネタです、とくとご覧あれ!!」


 マクレーンはそう言うとやおら上半身を素っ裸にしてその腹を2人に見せた。腹には目、鼻が表現され紅色の色素で塗られた口が描かれている。マクレーンが中肉中背の体を揺らすと胴体に書かれた『顔』が表情を変えた。


「……腹芸かよ……」


フォーレ商会の宴会でウィルソンの見せる十八番と同じものである……


それを見た二人は同時に大きく息を吐くと席を立った。


「ウィルソンさんの腹芸の方が面白い……」


ルナがそう言うとベアーが間髪入れずに答えた。


「腹芸はね、腹が出てないと駄目なんだ。それに下半身の動きが重要で、波打つように上半身を使わないといけない。簡単じゃないんだよ。でもあの人の腹芸は……その辺りがわかってない。」


ベアーはウィルソンの言っていたことを思い出した。


「上半身をうまく使うのに必要なのは『膝』なんだって……多分あのマクレーンって言う芸人はそこができていない……」


ベアーはそのあと二の句を告げずにため息をついた。


「ムダ金だった……」


 面白くない腹芸と大してうまくないシチュー、そして軽いぼったくり料金……詐欺とは言わないが思い出にもならない微妙な経験を胸に二人は宿へと戻ることとなった。


                                   *


 2人は早朝、食事(ベアーはミルクと胚芽パン、ルナは砂糖を入れたホットミルク)をとると谷あいの村を目指した。この時間に出発すれば昼前に着くことができる。


「なんかさあ、昨日のショー、超微妙だったよね」


ルナが鼻をほじってそう言うとベアーが同意した。


「そうだね、あのマクレーンって言う芸人……多分センスないね……」


ベアーはそう言うと『笑い』に関する持論を展開した。


「人を笑わせるのは簡単なことじゃない。経験で身につくわけでもないし、センスだけでも駄目――とにかく難しいんだ。とくに『間の取り方』と『切り口』、この2点はプロの芸人でもうまくいくとはかぎらない。」


ベアーが力説するとルナが素朴な疑問をぶつけた。


「あんた、芸人じゃないのにくわしいわね」


それに対してベアーは即座に反応した。


「僧侶の説法ってつまんないだろ。だから時折、小話を挟むんだ。だけど、その小話ってセンスが問われるんだよね。同じ話をしても、面白い人とそうじゃない人がいるしね。俺、小さいころから小話は良く聞いてたから……」


ベアーはそう言うと僧侶ではなく貿易商の観点から付け加えた。


「それに小話が面白いと寺院に来る客も増えるしね……」


ベアーがそう言うとルナが『なるほど』と言う表情を浮かべた。


「つまり、話が面白ければお布施の可能性が高まるわけね」


言われたベアーは『フム』とうなずいた、


「だから大きな寺院では客寄せのためにトークの面白い僧侶が必ずいるんだ。」


ルナは妙に『笑い』に関して知識のあるベアーの理由がわかった気がした。


「でも最後はやっぱり金目の物なんだね!」


ルナがいやらしい口調でそう言うとベアーは頭をかいた。



そんな時である、ベアーたちの後方から警鐘が聞こえてきた。


「おい、君たち!!!」


そう声をかけてきたのはこの地域の治安維持官である、その顔は実に真剣である。


「荷物を見せてほしい!」


ベアーは何のことかわからず戸惑った表情を見せた。


それに対して治安維持官の青年は腰のサーベルの柄に手をやりながら答えた。


「実は、昨日、君たちの泊まっていた宿で盗難事件があってね……それでその下手人を追っている」


治安維持官の表情は急に険しくなった。そこには緊張感が滲んでいる――


『なるほど、疑ってるわけか……』


ベアーはそう判断するとロバの背に乗せた毛皮のコートを見せた。


「どうぞ、お好きなように」


公明正大にやってもらって結構だという態度をベアーが見せると若い治安維持官は怪しんだままチェックしだした。


                                   *


 持ち物検査とコートを調べた治安維持官は疑いを払拭したらしくベアーとルナにすまなさそう顔を見せた。


「……悪かったね、宿から早朝でかけたのは君たちと旅芸人の男しかいなかったからね」


治安維持官の男はそう言うと踵を返した。


「疑ってすまなかった。では、いい旅を」


若い治安維持官はそう言うと駆け足で元来た持ちを戻って行った。


                                    *


治安維持官が去ると二人と一頭は再び歩き出した。


「何か、態度の悪い治安維持官だったわね」


ルナがそう言うとベアーが淡々と答えた。


「経験がないから緊張してたんだろうね……田舎の治安維持官なんてあんなもんじゃない」


ベアーがそう言うとルナが『それもそうだ』と言う表情を見せた。


「ところでさぁ、今の感じだと旅芸人が下手人ってことでしょ?」


ルナがそう言うとベアーは『そうみたいだね……』と言う表情を見せた。


「宿で盗みを働く連中は行商人の振りをするのが多いんだけど、旅芸人って言うパターンもあるんだよね、典型的な物盗りじゃないかな」


 ベアーが宿で起こる盗難事件の『あるある』(その世界ではよくあること)だと語るとロバが『さもありなん』と言う表情を見せた。


「お前、俺の言ってることわかってんの?」


ベアーがロバに素朴な疑問をぶつけるとロバは鷹揚に頷いた。そして短い脚で地面に文字を書いた。


≪人妻、サイコーです≫


想定外の文字にベアーとルナは顔を見合わせた。


「……やっぱり、わかってないじゃん……」


ベアーはそれを見ると大きなため息をついた。



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