表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
276/589

9章 第一話

ゴルダから帰ってきて10日――


 ベアーはフォーレ商会の倉庫で作業に従事していた。ケセラセラ号の船員たちが運んできた商品(樽に入ったワイン、瓶詰された蜂蜜、乾物など)を倉庫に搬送して適切な場所に配置するというものだ。大したことのない作業のようだが搬入と搬出のタイミングを考慮して積み荷を配置しないと後々、手間取ることになる。


つまり、詰将棋のような頭の使い方をして商品をどこに置くか考えねばならないのだ。


『よし、これをこっちにおいて、あれを右に移動させて……」


 クレーンを操作していたベアーは搬入された商品を効率よく積み上げた。納期の近いものを搬出口近くに配置し、なおかつ作業しやすいように適度なスペースを造った。


『これでいいかな……』


ベアーがそう思った時である、後方からウィルソンの声が飛んできた。


「なかなか腕を上げたようだな」


 ウィルソンがそう言うとベアーはフフッと笑った。そこには『作業を失敗しない』という自信が垣間見える。樽を倒したり、瓶を割ったりという失態を繰り返し、それを学習した少年がみせる余裕があった。


「よし、じゃあ、クレーン作業はこれで終わりだ。次は目録作りに移ってくれ、ジュリアの指示をあおげ」


 ウィルソンはそう言うとベアーに近づいて何とも言えない顔を見せた。そこには中年のおっさんの醸す独特の嫌らしさがある……


「どうだった、ゴルダは――パーラーには行ったか?」


言われたベアーは何とも言えない表情を見せた。そこには『未遂に終わった』と言う含みがある。


「そうか……行ってないのか……」


ウィルソンはベアーの反応に対し『千載一遇のチャンスを失った』という表情を浮かべた。


「あそこのマッサージは天下一品なのにな、亜人のオネェちゃんのテクニックはすげぇからな……でもゴルダの街で騒乱事件が起こればそんな暇はないか……」


 ウィルソンが童貞卒業の機会を失ったベアーに対して心底残念そうに声をかけるとベアーはポツリとこぼした


「実は……ソフィアさん(ロイドの娘)がパーラーの店主に……」


言われたウィルソンはその顔つきを変えた。


「マジか……御嬢さんが……」


そう言ったウィルソンの顔は好色な中年のおっさんとは異なり実に真摯である。


「それで!!」


 尋ねられたベアーは『ソフィアが客を取ってないこと』と『騒乱状態になるとゴルダから消えた』という事実を淡々と伝えた。


「そうか、よかった……生きてたんだな……」


ウィルソンはホッと胸をなでおろすとベアーを見た。


「このことは他言無用だぞ……貴族がパーラーで働いてたなんて知れたら面子丸つぶれだ、うちの看板にも傷がつく」


ウィルソンがそう言うとベアーはコクリと頷いた。


「ロイドさんには話してもいいんですよね?」


ベアーがそう言うとウィルソンは微妙な表情を浮かべた。


「いや……御嬢さんの事で心配をかけるのはよくない。今、ロイドさんは海上保険の事で手一杯のはずだ。」


「海上保険?」


「ああ、パストール商会が進出して色々トラブってるんだ。今まで下りた保険が半分しかおりないとか、トネリアの船籍には全額が降りるとか、結構厄介な状況になってる。」


それを聞いたベアーは納得のいかない表情を浮かべた。


「そう言えばルナのかけた手荷物保険も中途半端な金額しか払い戻しが……」


ベアーがルナと一緒に保険会社に行ったときのやり取りを述べるとウィルソンが渋い表情を見せた。


「ああ、ダリス側の人間にはそうしたことをやってくる。気に喰わなきゃ、訴訟にしろって言うスタイルだ。力でねじ伏せるやり方なんだよ、パストールは……」


 ウィルソンはそう言うと歯がゆそうな表情を浮かべた。そこには大国と小国との間に歴然とした力の差があることを仄めかしている。


「パストールは海上保険だけじゃなく海の権益を抑え込もうとしてるんだ。勝てないと思った連中はすでにパストールの下についておこぼれをもらってる……」


 『寄らば大樹』という言葉があるがパストール商会はまさにその大樹であり、一部のダリスの海運業者はその大樹に寄りかかった方が利益になると踏んでいた。すでにパストールの手足となっている業者もチラホラ出ている……


「でも、権益関係はダリスの貴族がコントロールするんじゃないんですか、外国の商業者がでてきたらダリスの業者を守るために規則で縛るんじゃ」


ベアーがまっとうなことを言うとウィルソンが渋い表情で答えた。


「貴族連中の中でパストールの毒まんじゅうを食った奴がいる。そいつらが法改正しようと企んでるんだ。」


言われたベアーはその眼を点にした。


「そんな、売国奴じゃないですか!!」


ベアーが憤るとウィルソンが商人らしい打算的な眼を見せた。


現金キャッシュで頬を張り叩けば、どんな奴らもその目先を変える。特に貴族は貢物の多い方へと舵を切る――世の中なんてそんなもんなんだよ」


ウィルソンがそんな見方をするとベアーは貿易商の目聡い見解に言葉を失った。



そんな時である二人の後ろから声がかかった。


「こんにちは!!!」


朗らかで甲高い声が倉庫に響く。


「……また、あいつか……」


ベアーが小声でそう言った時である、声の主がベアーの前にやって来た。


「あんた、今、『あいつ』って言ったでしょ?」


どうやらベアーのポツリと漏らした一言が耳に入ったようで、少女は弱みを握った年増女の陰険さをにじませた。


「何のことかわかりませんが、お嬢さん?」


ベアーがシレッとすっとぼけると声の主は鼻の孔に指を入れた。


「全部、聞こえてんだからね……」


少女はそう言うとベアーのむこうずねを先端のとがった靴で蹴飛ばした。


「痛っ……』


ベアーが脛をおさえると少女はそれを無視した。そして今度は何事もなかったかのようにウィルソンに向き直った。


「こんにちは、ウィルソンさん!」


少女が10歳の娘の顔でそう言うとウィルソンは実にうれしそうな表情を見せた。


「やあ、ルナちゃん!」


ウィルソンは破顔するとルナの肩をポンとたたいた。


「今日も作業の見学ですか」


 ルナは暇ができるとフォーレ商会の倉庫にやってきてベアーの業務を眺めているのだが、ウィルソンはそれを『見学』と呼んでいた。


「はい、そうです!!」


 ルナがはきはきと答えるとウィルソンはさらに嬉しそうな表情を見せた。そこには親とは違なるものの保護者としての雰囲気が滲んでいる。たとえて言うなら親戚の叔父さんと言ったところである……


ウィルソンはルナを見やると新しく入ってきた商品のサンプルを手に取った。


「これはね、トネリアで最近、流行りだしたものなんだが……」


 言われたルナが興味津々の様子を見せるとウィルソンはうれしそうにして説明を始めた。そこには『貿易商』と『ロリコン』と『親戚のおじさん』が三位一体となった表情がある。


ベアーはその顔を見ると充実した時間を過ごす中年の男の煌めきのようなものを感じた。


『……楽しいんだろうな……』


そう思ったベアーは二人のやり取りを邪魔しないようにして遠巻きに眺めた。


                                *


 しばらく取り留めもない会話をしていた二人だが、それが終わるとルナが嫌らしい視線をベアーに投げかけた。そして小走りに目録を造っているベアーの方にやってきた。


「あんた、チラチラこっちの方を見てたでしょ?」


ルナが思わせぶりに言うとベアーは適当に答えた。


「……べつに……商品が気になったんだよ……」


ベアーがどうでもよさそうに言うとルナは口角を上げてニヤリと笑った。


「ほんとは、ちょっと妬いてんでしょ?」


 ウィルソンと親しげなやり取りをかわしてベアーの気をひこうとしたルナはベアーの反応を見て目論見がうまくいく行ったと考えていた。


だが、それに対してベアーはニヤリと嗤い返すとルナの平たい胸部に目をやった。


「洗濯板に興味はありませんよ、魔女のお嬢さん」


思わぬ『返し』を喰らったルナはその眼を三白眼に変えた。


「は~ん、言ってくれんじゃん!」


ルナはそう言うとベアーをジットリと睨んだ。


「あんた、『貧乳の感度』わかってんの、めっちゃ敏感なんだからね。巨乳とは違う反応があるんだかんね!!」


ルナはそう言うとさらに畳み掛けた。


「それに一部のマニアからは絶大の支持を誇ってるんだからね!!!」


ルナが胸を張って仁王立ちするとベアーはそれを鼻で笑った。


「巨乳への嫉妬ですね?」


ベアーがプークスクス状態(口元を手に当てて嘲笑する)でそう言うとルナがブチキレた。


「うるせぇ、クソ童貞!!」


この後、命を懸けたコントが繰り広げられたが――ベアーが血だるまにされたことは言うまでもない……





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ