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第二十二話

56

さて、枢密院の取調官に3人の悪女が尋問を受けているとき――


 マーベリックは最後のケジメをつけるべくルチアーノ3世のもとに向かっていた。サマンサを執事長のポストに据えて13兆ギルダーに及ぶアナザーウォレットから甘い汁を吸おうとしたヤクザの首領ボスに鉄槌を下す必要がある。


「旦那、ここです」


 角刈りの男、ゴンザレスはそう言うと200mほど先にある古びた一軒家を指した。田園地帯の真ん中には木造平屋建ての一軒家がある、その様相はうら寂れた宿屋のようにも見える。


密偵からの情報を集めて隠れ家を割り出したゴンザレスは『ここに間違いない』と自信を見せた。


それを見たマーベリックは静かに頷いた。


 そよ風が執事の頬を撫でて端正な顔立ちにそよぐ。一見すればのどかな田園を眺める執事にも見えるが、マーベリックの眼には黒い焔が灯っている。


「周りを包囲させろ。」


マーベリックはそう言うと単身、馬を滑らせるようにして進みだした。


                                   *


マーベリックは宿屋の厩に馬を止めると辺りを確認した。


『おかしい、あまりに人気がない……』


人がいるならば何らかの気配が感じられるはずだが寂れた宿屋にはそうしたものが感じられない。


マーベリックは異様な雰囲気に眉をひそめた。


『……本当にいないのか……それとも息をひそめているのか……』


辺りの様子を十分に伺ったマーベリックは母屋のドアを開けた。


「………」


そしてマーベリックは眼前に展開する光景に息をのんだ。


                                    *


「旦那、どうしやした!!」


 マーベリックの様子がおかしいため血相を変えてゴンザレスが入ってきた。そしてゴンザレスも目の前の光景を見て凍りついた。


「……どういうことですか……」


2人の前には複数の人間が倒れていた。皆、顔色を真っ青にしてその口から泡を吹いている―――


マーベリックは1人ずつ遺体を確認するとその中にルチアーノファミリーの総帥、ルチアーノ3世がいることを認識した。


 マーベリックは視線を移すとテーブルの上で倒れたワイングラスに着目した、そしてハンカチでその柄をもつと自らの顔に近づけた。


「シアンだな……」


 シアンとはわずかな量で多数の人間を殺害できる毒物である。ダリスの法律では許されざる物質として指定されているものだ。


「グラスの淵に塗ったようだな……」


マーベリックはそう言うと疑い深い眼をゴンザレスに向けた。


「お前、この場所をレイに教えたな?」


マーベリックがそう言うとゴンザレスはシドロモドロになった。


「すいやせん……以前にレイさんに命を拾ってもらって……」


ゴンザレスがアサシンに襲われた時のことを話すと顔色を変えたマーベリックがため息をついた。


「……グラスの淵に毒を塗るのはあいつのやり方だ……」


虐殺ともいうべきレイの殺害方法スタイルにマーベリックはその顔を歪ませた。


「……相手がヤクザとはいえ、やり過ぎだ……」


マーベリックはそう言うとその顔に徒労感を滲ませた。


と、その時である、思わぬ事態が発生した。


                                     *


「よくもやりやがったな!!」


 そう言ったのはマーベリックとバイロンの待ち伏せに失敗し、利き腕を折られた若頭であった。治安維持官に捕縛されずにここまで来ると『親』であるルチアーノを殺された仇をとろうとマーベリックの前に立ちふさがった。


マーベリックは面倒くさそうな顔を見せると若頭を見た。


「また、お前か……」


マーベリックが不機嫌にそう言うと若頭は嗤った。


「親をやられ、組を潰されておめおめ引き下がれるか。クズにはクズなりの仁義があるんだよ!」


そう言った若頭の眼は実におどろおどろしい――マーベリックはそれを見て『本気』だと思った。


「片手で何ができるチンピラ!」


マーベリックがサーペントの眼を見せて凄むと若頭の男は不敵に笑った。


「お前に勝てるとはこっちもはなから思ってねぇんだよ!」


そう言うと若頭は妙に達観した表情を見せた。


「道連れだ、執事のあんちゃんよ!!」


そう言った若頭は着ていた麻のシャツを引き裂くと腹に巻いた火薬玉の導火線に火をつけた。


「ヤクザの意地を見せてやる!!」


 仁義を切った若頭の捨て身の行動にゴンザレスはその眼を大きく見開いた。『窮鼠猫を噛む』ということわざがあるが、まさにその言葉通りの状況が展開した。


『ヤバイ、殺られる……』


ゴンザレスはそう確信した。


                                     *


だが、マーベリックは実に落ち着いていた。導火線が火薬玉に引火するまで暇がないというのに……


マーベリックは優雅な手つきでテーブルにあったワインボトルを取るとその銘柄を見た。


「いいワインを飲んでるようだな」


 マーベリックはそう言って執事の顔を見せると、優しくパスするようにしてワインを若頭に投げた。ゆっくりと放物線を描くボトルを見た若頭はマーベリックの意図が読めずに怪訝な表情を見せた。


「ワインなんて投げても意味ねぇぞ!!」


 若頭がそう言った時である、マーベリックは懐から何やら取りだすと素早くそれを投擲した。投擲されたものは中空でワインボトルをとらえるとその瓶に接触した。


何が起こったかわからない若頭はその眼を瞬かせた。


その刹那である、ボトルが爆ぜて中身が若頭の体に降り注いた。


「……あっ……」


若頭がそう思った時である、導火線に点いていた火は消失していた。



「……畜生……」



 若頭はそう言うと再びマッチを取りだして導火線に火をつけようとした。だがそれより速くゴンザレスが若頭を抑え込んだ。


「ビビらせやがって、この糞野郎!!」


ゴンザレスはそう言うと折れている右腕を強く握った。若頭はあまりの痛みに悲痛な叫びをあげる。


マーベリックは苦しむ若頭の様子を見ながら投擲したものを拾った。



「『ペンは剣より強し』か……」



マーベリックは二つに折れた万年筆(レイドル家の紋様が彫られた)を拾うと若頭をねめつけた。


「あえて、お前は殺さない。」


マーベリックはそう言うと駄目押しのにらみを利かせた。


「生き残った奇跡を噛みしめろ!!!」


マーベリックが殺意をこめてそう言うと若頭はその場に崩れ落ちた。


                                   *


その後、若頭がレイドル家の密偵に連行されるとゴンザレスがマーベリックに問いかけた。


「旦那、どうしてアイツを助けたんですか?」


素朴な疑問を呈したゴンザレスに対しマーベリックは淡々と答えた。


「俺たちに、あれだけの恐怖を与えたあのガッツは称賛に価する。それに――腐った生き方をしていても『親』の仇をうちに来るあの姿勢には並々ならぬものがある。」


マーベリックはそう言うとゴンザレスを見た。


「リクルートしろ」


言われたゴンザレスは子犬のような表情を見せた。


「……マジですか……」


ゴンザレスがそう言うとマーベリックは罪深い笑みを見せた。


「俺は狂犬を飼ってみたい」


マーベリックはそう言うと踵を返してその場を去った。


残されたゴンザレスはその背中を見た。


「どうせ、犬の世話係は俺なんだろ……」 


ゴンザレスはそうひとりごちると徒労感あふれる表情を見せた。



57

さて、それから―――


 枢密院に拘束されたサマンサ、ポーラ、モンスルの取り調べが終わると、その付け届けを貰ったメイドやバトラー達も芋づる式にあげられ、甚だしいまでの汚職の連鎖が明るみとなった。


 とくにルチアーノというヤクザと宮廷の宮長が関係していたこと、そして警備隊の幹部が汚職の一翼を担っていた事実は衝撃が大きく、枢密院の委員はその言葉を失った。


 最終的には、現役のメイド、バトラー、庭師の半分近くが解雇され、一時的に公的行事の取りやめが発表されるという事態にまで至ったのである。


 後にこの事象は『逢引きの里事件』(逢引きの里で買収工作が行われたため)と名づけられダリスの黒歴史として燦然と黒光りすることになる――後世に語りつがれる不名誉な事件となったのである。


                               *


バイロンは『逢引きの里事件』の聴取を終えると定例報告を兼ねていつもの隠れ家に向かった。


『大丈夫かしら、マーベリック……』


ルチアーノファミリーの待ち伏せにより襲われたことは記憶に新しい、バイロンはマーベリックの安否が気になった。


『怪我がなければいいのだけれど……』


バイロンはそう思うといつものようにして隠れ家へと足を踏み入れた。





明日でラストになります。

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