第二十一話
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さて、遡ることしばし―――バイロンが近衛隊に警護されている時のこと
「旦那、これで一段落ですね」
角刈りの男、ゴンザレスはそう言うと道端に倒れたルチアーノのチンピラたちに目をやった。20人以上いたルチアーノの一団は死亡者こそいないものの、全員が戦闘不能へと追いやられていた。
「もうすぐ、治安維持官達が来ます」
ゴンザレスがそう言うとマーベリックは右目の抉れた『若頭』に目を向けた。
「哀れだな、チンピラ!」
マーベリックの策に嵌ったルチアーノのゴロツキはゴンザレスの指揮した一団により殲滅され、見るも無残な状態になっていた。
「お前、俺たちの待ち伏せを……」
若頭がそう言うとマーベリックは不遜な笑みを浮かべた。
「レイドル家の人間を舐めないほうがいい。街のゴロツキがどれだけ知恵を絞っても我々には勝てんよ。」
訓練されたレイドル家の一団はルチアーノファミリーのヤクザの動向を察知していた。そしてマーベリックが危機に陥った瞬間、救出にはせ参じたのである。ルチアーノが成功したと思った待ち伏せはゴンザレスにより看破されていたのだ。(ちなみにバイロンが無事に宮中まで行きついたのも彼らの見えないフォローがあったためである。)
「………」
利き腕を折られて戦闘不能に陥った若頭はマーベリックを睨みつけた。そして刃をマーベリックに突きつけた。
「これじゃあ、親父に顔向けできネェ……」
若頭はそう言うと利き腕が折れているにもかかわらず一矢報いようとした。
「勝負だ!!」
勝ち目のない戦いに臨む若頭は哀れとしか言いようがない、痛みに耐えかねるその姿はあまりに無様である。
マーベリックはそれを見ると鼻で笑った。
「その腕で何ができる、チンピラ?」
マーベリックは底意地の悪い口調でそう言うと若頭の男を無視して踵を返した。
「あとは治安維持官に任せろ、我々は本丸を落とす!!」
マーベリックがそう言うとゴンザレスが指笛を吹いた。周りにいるレイドル家の一団がマーベリックに注目する。
「祭りの用意をしろ、悟られるなよ!」
そう言ったマーベリックの顔には執事とは異なる暗殺者としての黒いオーラが燦々と輝いていた。
それを見た若頭は歯ぎしりして去りゆくマーベリックの背中を睨んだ。
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さて、話は選挙会場に移る――
執事長選挙は既に始まっていた。サマンサ派とポーラ派のメイドたちはそれぞれの投票を終えると推移を見守っていた。
サマンサは会場を見渡すと、そろそろ頃合いだと思った。
『ドナルドがやってきて、白金をつかませたポーラを逮捕。完璧ね、私の計画は』
サマンサは選挙の途中でポーラが警備隊により拘束されるプランをねっていた。そしてそのシナリオは完璧だと自負していた。
『拘束されればポーラの立候補は取り消される。あの女がどれだけ白金をばらまこうと意味がない。この選挙結果がどうなろうとも私が執事長のポストにおさまる。』
サマンサはそう思うと実に性質の悪い笑みを浮かべた。
*
一方、白金を用いてメイドを買収していたポーラも勝利を確信していた。執事長当選後にさらなる付け届けを約束したことで第四宮のメイドたちがモンスルから離れ、この選挙ではポーラに投票すると明言したからである。土壇場での逆転劇が目の前で起こるとポーラも信じて疑わなかった。
『この勝負は私の勝ちよ!!』
パストール商会の財力を背景にしたポーラは白金の力を用いてこの選挙を乗り切ろうとしていた。
ルチアーノというヤクザの金をひいたサマンサ、パストールというトネリアの豪商の白金を用いたポーラ、この二人の戦いはどちらに軍配が上がるのか……それは誰にもわからない状況へと突き進んでいた。
*
サマンサとポーラがそれぞれの思惑を胸に秘めて投票者の様子を見ていると会場の扉付近が騒がしくなった。
『きたようね、ドナルド』
サマンサがそう思って入り口に目をやると思わぬ存在がその視野に入った。
『どういうこと……』
サマンサの視界に入ったのはドナルドではなかった。彼女の眼に入ったのはまさかの存在である。
『なぜ、なぜ、あいつらが……』
彼女の視界に入ったのはマイラ、バイロン、リンジーの3人であった。
*
マイラを先頭にバイロンとリンジーが投票会場に入るとその場の雰囲気が変わった。
『あれ、リンジーは逮捕されたんじゃ……』
『マイラも捕縛されたって……』
『バイロンは失踪したんでしょ……』
投票を終えたメイドたちは来るはずのない存在が現れたことに驚きを隠さなかった。想定外の存在が現れたことにみな唖然としている。
『どういうことなの……』
『……何かあったのかしら……』
メイドやバトラーが怪訝な表情浮かべると、それ以上にモンスルが驚いた表情を見せた。
『ウソ……ありえない……』
モンスルはユリナによってバイロンが『始末』されたとたかをくくっていた。
『どういうこと……』
モンスルがそう思って辺りを見回すとユリナの姿はない。
『そう言えば……朝からユリナがいない……』
モンスルが不可思議な状況に首をかしげた時である、投票を終えたマイラがモンスルを見た。
「ユリナさんがいないようだけど、どうしたのかしら?」
言われたモンスルはその一言に打ち震えた。
『ユリナ……まさか、失敗したの……』
モンスルがそう思うとリンジーが声をあげた。
「外で近衛隊に警備隊の副隊長が拘束されるのを見たんですけど、何かおこったんでしょうかね……」
リンジーがすっとぼけた口調で言うと投票会場がざわつきはじめた。それを知覚したモンスルは状況が明らかに悪い方向に向かっていると感じた。
『……どうなってんだ………』
モンスルがすこぶる不安な表情を見せるとバイロンは何も言わず、にこやかなほほ笑みを見せた。
バイロンは思った、
『モンスルとサマンサはこれで計画が崩れたことを分かったはず……ここで何も言わないほうがが彼女たちに一番の圧力になる。』
バイロンの脳裏でマーベリックの言葉が反芻される――
≪お前達3人が投票することで、周りのメイドとバトラーは混乱する。そうすればサマンサもポーラもモンスルも普通ではいられない――≫
バイロンは投票会場を覆う雰囲気を感じとるとマーベリックの策が効果を発揮していると感じた。
『疑心暗鬼に駆られて苦しむといいわ!!』
バイロンはそう思うとエレガントな会釈をモンスルに見せて何食わぬ顔でその場を離れた。
そしてバイロン、リンジー、マイラは選挙の管理委員に丁寧にあいさつすると怪しい笑みだけを残してその場を去った。
*
物事というのは歯車が一つかみ合わないだけですべてが狂いだす。バイロンたちの投票行為はまさに歯車を狂わす行為そのものであった。
モンスル、サマンサ、ポーラはそれに煽られるとその精神をかき乱された。
『何が起こっているの……』
ポーラは白金の力を持って第四宮のメイドを買収したと思っていが、マイラが会場に入ってきたことでその雰囲気が変わるのを感じていた。
『モンスル、あの女……まさか騙したのか……』
ポーラは白金を渡したモンスルが裏切ったと思うと矢も盾もたまらずモンスルの所にむかった。
*
「どうなってるの、モンスル!!」
カマキリのような女はその表情を歪ませるとモンスルを糾弾した。
「お前、私をだましたの!」
ポーラがそう言うとモンスルはその口をアワアワとさせた。
「あれだけの付け届けを貰っておいて、話しが違うじゃないか!!!」
一方、詰め寄ったのはポーラだけでなくサマンサも同様であった。
「どういうこと、モンスル!!」
サマンサはモンスルににじり寄ると悪女の顔を見せた。
「ユリナがいないってどういうこと!!」
サマンサはモンスルの右腕であるユリナが失態を犯したと直感していた。
「この選挙で私が当選しなかったらどうなるかわかってんの!!」
怒号とも思える声が会場に響く、それを聞いたモンスルは言葉をなくして茫然とした。
「黙っててもわからないでしょ!!!」
2人の悪女の間に挟まれたモンスルは想定外の事態に物言わぬ案山子となっていた。
『そんな……どうなってるの……』
モンスルがそう思った時である、会場に見たことのない制服に身を固めた一団が入ってきた。それはあきらかに選挙を管理する委員ではない……
3人はそれを見ると一瞬にして沈黙した。
『……枢密院……』
一団の中にいた紫の法衣を身につけた老人は3人を見るとニヤリと嗤った。その笑みはこれから起こるであろう粛清を仄めかすサディスティックなものである……
モンスル、サマンサ、ポーラはそれを見るとただただ茫然とした。
悪女たちの策略が潰えた瞬間であった。
次でラストになります。(2回に分ける可能性あり)
現在、作者は『しっとりとしたラスト』と『サプライズのあるラスト』のどちらにするかで悩んでおります……
読者の皆様、どっちがいいとかありますか?
もしよければ一言いただけるとうれしいです。




