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第二十話

50

幸運にも追手がかからなかったため、バイロンは無事に宮庭に続く通用門の前に至った。


『ここさえ抜けられれば、後は目安箱まで……いけるはず』


マーベリックの指示は『堂々と告発文を目安箱に投函しろ』というものであった。しかし本当にそんなことができるのだろうか……


『とにかく、進もう』


バイロンが心臓をバクバクさせながら職員の出入り口に差し掛かると、待っていましたとばかりに職員がその行く手を塞いだ。


「まさか、戻ってくるとはね……おバカな御嬢さんだ」


そう言ったのはバイロンの外出許可証に判を押さなかった門番の男である。黄色い歯を見せると声を上げた。


「警備隊を呼べ!」


職員がそう言うや否やバイロンは門番に行く手をふさがれた。


『いきなりダメじゃん!!』


マーベリックの作戦がしょっぱなからくじかれたバイロンは抵抗むなしく拘束されると眉間にしわを寄せた。


『どういうことよ、マーベリック!!』


バイロンが心中そう思った時である、低く落ち着いた声がその場に響いた。


                                *


「そのメイドはこちらで預かる!」


 そう言ったのは警備隊とは異なる鎧に身を包んだ一団であった。そしてその一団の先頭には朱色と金色を基調とした兜を手にした男がいた。


『……近衛隊……』


近衛隊の隊長が出張でばってくると思っていなかった門番はよもやの展開に泡を食った表情を見せた。


「文句があるなら剣を交えても良いが、どうするかね?」


 近衛隊の隊長がそう言うと門番の二人は圧倒されてしまった。『格の違い』という言葉があるが門番たちは近衛隊の隊長に気圧されるとその場から動けなくなっていた。


「では、参ろうか、メイドのお嬢さん」


隊長はそう言うと隊員たちに警護のフォーメーションを組ませて裏門から抜けた。


                                 *


バイロンが不思議そうな顔を見せると近衛隊の隊長が声をかけた。


「マーベリックから話は通っている。告発文を投函するまでの間は我々が警護する。心配するな」


 マルス暗殺の件(近衛隊の盾持ちがマルス暗殺にかかわっていたこと)を口外しないことで近衛隊に『借り』を作っていたマーベリックは、今回のバイロン警護行動を近衛隊に託していたのである。そして、近衛隊もその借りを返すべくバイロンの警護に手を貸していた。


『さすがマーベリック、抜け目がない……』


こうして近衛隊の警護に守られたバイロンは堂々と宮庭へと足を踏み入れた。



51

一方、同じ頃、警備隊副隊長のドナルドは執事長選挙の大詰めを迎えて最後の仕事に取り掛かっていた。ポーラから付け届けを貰ったバトラーの証言をもとにポーラを逮捕する手続きを整えたのである。


『後はポーラを選挙会場で逮捕すれば終わりだ。』


ドナルドはそう思うと昨晩のサマンサのやり取りを思い起こした。


                                   *


『ドナルド副隊長、明日の選挙当日、ポーラを逮捕していただきたい。白金の付け届けの件で。そうすれば投票の行方がどうなろうと私が執事長として選ばれる。』


サマンサは白金の力で買収を繰り返したポーラが想像以上の力を発揮して第四宮のメイドの票をつかんでいると判断していた。


『あなたがここで私のために一肌脱いでくれれば、それ相応のお返しをいたします。』


サマンサはそう言うと執事長選挙における核心『13兆ギルダーの執行権』に触れた。


『私が執事長になり予算を執行する権利を得れば警備隊、いえ、直接あなたに現金をお渡ししましょう。今までとは桁の違う金額になると思います。そうすれば月の飲み代など鼻で笑えるようになるでしょう』


まさかの内容にドナルドは唖然としたが、横行する付け届けの事を考えれば『さもありなん』と思えた。


そして……


ドナルドはサマンサと共謀して保身を図り、なおかつさらなる付け届けを貰うという行為を正当化する様子を見せた。すでに10万ギルダーの金を貰ったドナルドである、居直るという選択肢が当然になっていた。


『毒を食はらば皿までだ』


                                    *


ドナルドは昨晩のやり取りを思い起こしてポーラ逮捕の準備を整えた。


『よし、完璧だ。選挙会場でポーラを逮捕、そして執事長をサマンサに……』


ドナルドがそう思って動こうとすると、凄まじい駆け足が廊下から聞こえてきた。息せき切って現れたのはリンジーを逮捕した時に随行した子飼いの隊員である。


「何事だ!!」


ドナルドが部下を一喝すると、その部下はそれに怯まずに答えた。


「……隊長、門番から連絡です。あのメイドが戻って来たと!!」


ドナルドは部下のその声を聞くと唖然とした


『……そんなはず……』


ドナルドはまさかの展開に顔色を変えた。


「どこにいる、メイドは、バイロンはどこにいる!!」


ドナルドはそう言うと怒号を上げた。



52

ドナルドは部下をひき釣れると枢密院の目安箱にむけて進軍する一団をその眼にした。


『何故、近衛隊が……』


バイロンを取り囲んでいるのは警備隊にとっての不倶戴天の相手、近衛隊の一団である。


『有事用の装備ではないか……』


通常、近衛隊は宮中で鎧兜を身につけることはない、その必要がないからだ。だが、一団が身につけているのは明らかに一戦交える覚悟の装備である。


ドナルドはそれを見ると近衛隊の隊長にコンタクトをとろうとした。


「宮中で武装とは何事か、このような狼藉許されんぞ!!!」


ドナルドがそう言うと近衛隊の隊長は何食わぬ顔で答えた。


「要人警護の訓練だ、別に武装することは問題ない」


そう言われたドナルドはその顔を真っ赤にした。


「そんなたわごとが通じるか!!」


ドナルドが息巻くと警備されたバイロンが声を上げた。


「不正の数々をかいた書状を提出しようとしたリンジーを捕縛したことは絶対許せません、あなた方の事は枢密院に諮っていただきます!!」


バイロンが正論を述べるとドナルドは発狂しそうになった。


そして顔色を変えると怒鳴り散らした。


「あのメイドはポーラの白金を貰ったリンジーの仲間だ。そしてそれを警護する近衛隊は逆賊である。」


ドナルドは無理やり理屈をこねるとバイロンの書状提出を阻もうとした。


「ひっ捕らえろ!!」


こうして宮庭で鍔迫り合いからの乱戦が繰り広げられることになった。


                                   *


 戦いというものは武器、防具が重要になる。有事用の装備に身を固めた近衛隊の防御力はすさまじく、警備隊の隊員たちの攻撃は盾によって見事に防がれた。


『マズイ、歯が立たない……』


 ドナルドはそう思ったが、枢密院に書状を出すための目安箱は既に目前まで来ている。御影石で造られた枢密院の建造物がその眼に入るとドナルドは焦った。


『……くそ……装備が違いすぎる……』


ドナルドはバイロンを守りながら進軍する近衛隊の一団の動きを止められないことに気付かされた。


『このままでは書状が……届いてしまう……』


そう思ったドナルドは弓兵の持つ弓を奪うとバイロンに狙いを定めた。


『悪いが死んでもらうぞ!!』


 書状の提出を阻もうとするドナルドにはすでに正常な思考は働いていない。己の保身を図ることしか眼中にない状態であった。そしてそのためには一人の少女を犠牲にすることもいとわなくなっている……



『死ね、バイロン!!!』



ドナルドの腕が張りつめた弦と拮抗する。そしてそれが限界まで来たとき『ヒュッ』という風切音が生じた。


放たれた矢は間違いなくバイロンのクビを射抜く軌跡を描いた。


                                     *


その時である、バイロンの耳に聞きなれた声が届いた。



「バイロン、伏せて!!!!」



バイロンはその言葉を聞くや否やその身をかがめた。そしてそれと当時に、頭上で空気を切り裂く音がした。


『……外した……』


ドナルドの渾身の一撃は外れたのである。


                                    *


一方、バイロンは放たれた矢を避けると、乱戦となった状況を潜り抜けてスカートの中に入っていた書状を握った。


『これを出せば……』


 バイロンはそう思うと軽やかなステップで警備隊の間を抜けた。そして襲い来る警備隊の一人に頭突きをかまして道を開くと、やおら書状を投函口に叩きつけた。



「これで終わりじゃあ!!!」



バイロンが大声を出して告発状を目安箱へと投函すると今までの乱戦が嘘のようにして静まり返った。


それを見たドナルドはその場に崩れ落ちた


『終わりだ……すべて……』


ドナルドはそうひとりごちると狂人のような表情のまま崩れ落ちた。



53

バイロンは書状を出すと自分を救ってくれた声の持ち主に目をやった。彼女の視野にはいつもながらのニコニコとした笑みを浮かべる少女が映っている。美しいとは言えないが愛嬌のある顔は記憶に新しい。


「リンジー!!」


バイロンが声をかけるとリンジーが駆け寄ってきた。


「やったね、バイロン!!!」


バイロンはリンジーを強く抱きしめた。


「ありがとう、今の一言がなかったら……私、死んでたわ……」


 バイロンが心底感謝してそう言うとリンジーは朗らかな表情を浮かべた。その表情は何やら憑き物が落ちたようなさっぱりしたものである。


「どうしたの、リンジー?」


バイロンが不思議な顔をして尋ねるとリンジーが胸を張った。



「私………」



「便秘が治ったの!!!!!」



まさかの一言にバイロンはその目を点にした。


「留置所のトイレ、汚かったんだけど……それが良かったみたい」


この命を懸けた修羅場において自分の便秘が解消したことを開口一番に伝えるリンジーのメンタリティーは並々ならぬものがある……


バイロンは思った、


『このはスゴイ……』


バイロンは命を助けてくれたリンジーの天真爛漫で空気を読まずに便秘を解消する力に感嘆した。


そんな時である、マイラがバイロンたちに声をかけた。


「こちらの方が助けてくれたのよ。」


マイラがそう言うとロマンスグレーの髪をオールバックにした男を紹介した。


「第一宮の宮長、ロナウドさん。私とリンジーを留置所から出してくれたの」


マイラがそう言うとロナウドが丁寧にあいさつした。


「私も一矢報いたいと思いましてね」


サマンサとポーラに嵌められたロナウドはそう言うとバイロンを見た。


「レイドル侯爵の執事から話は聞き及んでおります。早朝に伝書鳩が知らせを運んでまいりました。」


バイロンはロナウドの一言に息をのんだ。


『なるほど協力者は他にもいたんだ』


ロナウドはバイロンの反応に構わず声をかけた。


「御嬢さんがた、時間はありません。さあ、投票会場に!!!」


ロナウドにせかされた3人は頷くと、最後の戦いへと足を向けた。




物語は終局に向けてのクライマックスを迎えます。3にんの投票はどうなるのでしょうか?

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