第二十七話
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次の日から老婆はルナに社会生活の基本的なことを教えた、人間世界の常識が魔女の世界で学んだものとかなり変わっているらしくルナは声を上げて驚いていた。
こうした日々が続いた。社会奉仕活動を終えてルナが帰るってくると老婆は生活のこと、町での買い物、役所での書類の書き方など、生きていくうえで必要なことを話した。ルナはそれを要領よく聞き分け、必要な部分をノートに書き留めた。
夕食もルナが作ることになった、これも勉強である。失敗も数多く老婆は黙って食べていたがベアーにとっては苦行であった。シチューは焦げるし、味付けはその日よって薄かったり、しょっぱかったりと……
人間社会のことは飲み込みが速く優秀な生徒といってよかったが、料理に関しては及第点が程遠かった。
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そしてとうとう、社会奉仕活動の最後の日となった。本日を無事に過ごせばルナは晴れて放免となる。
ルナは抜かりなくその日も過ごし自由の身を得た。だがルナの顔は華々しいものではなかった。腕輪が外されないからである。現在のダリスでは魔法の使用はタブーに近い。ダリスを出国するか安全が担保されない限りは外されないのだ。ルナは不満な様子だが、ここで反抗すればこれまでの奉仕活動がパーである。とりあえず、ここは我慢といった表情を見せていた。
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その日の夜はグレービーソースのかかったローストビーフ、具沢山の野菜シチュー、とうもろこしの入った胚芽パン、高価でなかなか手に入らないチョコレートを使ったクッキーなど盛りだくさんの夕食となった。とくにチョコレートはその材料になるカカオが遠方の国でしかとれないため値段も高く庶民には手が出ない。ルナとベアーはハイエナのような目でチョコチップの入ったクッキーを狙った。
食事を終えると老婆がベアーを見た。
「さて、これで私の仕事も終わり。ベアー、あんた、これからどうするんだい?」
ベアーは大きく息を吸うと宣言した。
「都に行こうと思います。貿易商の見習いに入るつもりです。」
老婆は静かに頷いた、そこには明らかに肯定の意志が込められている。
「いいなあ、私も都に行ってみたいな、連れてってよ、ベアー!」
「駄目だよ、子供は無理だって」
「大丈夫よ、58歳なんだから」
「無理だって、その見た目じゃ」
「大丈夫だって、おにいちゃん」
「俺、おに……おに、お兄ちゃんじゃないよ」
「いいでしょ、おにいちゃん~」
一瞬、『お兄ちゃんプレイ』も悪くないとベアーは思ったが……
「あんたはもう少しここで勉強なさい!」
老婆の一言で解散となった。
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母屋を出ると外は満天の星が輝いていた。ベアーは空を見上げ大きく深呼吸した。色々あった4か月だった。モンスターに襲われ死にかけたり、老人に荷物を盗まれたり、かつてのクラスメイトと娼館で出くわしたりと……
巨乳に悩殺された自分が『おっぱい星人』だと自覚したことはさておき、チーズ作りはそれなりの腕前になったし、やさぐれた魔女の裁判も経験した。内容の濃い時間を過ごしたと言ってよいだろう。
だが今は無事に僧侶を辞め、めでたく無職となった。念願のすっぴんである。未だ将来は定まらないが確実に自分の足で一歩を踏み出している。ベアーは小さな手ごたえを感じていた。
厩に入るとロバがチラリとベアーを見た。その目は祝福しているのか馬鹿にしているかわからなかったが、ベアーの成長を認めているのだろう『ニヤリ』と嗤った。ベアーはそれを横目で確認すると床に就いた、藁のにおいが何とも言えず心地よかった。
了
これにて一章完結となります。
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では、また




