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第十六話

37

バイロンとリンジーは第四宮で起こっている汚職の数々を告発するために行動を起こしていた。枢密院の目安箱に現状を告発しようとしたのである。


「これで内容はいいと思う」


リンジーは熟考して書いた書状をバイロンに渡すと内容に目を通すように言った。


バイロンはそれを見ると粗い鼻息を吐いた。


「リンジー凄いね、難しい言葉とかいろいろ使って……」


 簡素に書かれたレポートであったがその文面には無駄がなく極めて有用なものであった。付け届けにかかわる事象、人物、場所、時間、こうしたものが時系列に並べられて明確に記されている。バイロンはリンジーの事務能力と観察能力の高さに思わず呻った。


「一応、上級学校の首席だし……それに国語は得意だったんだよね……」


リンジーがそう言うとバイロンは驚いた。


「リンジー、確か16歳だよね、上級学校卒業って……」


卒業する年齢が合わないためバイロンがそう言うとリンジーが謙遜して答えた。


「飛び級なの……」


 『飛び級』とは極めて優秀な学生にだけ認められている入学と卒業に関する制度である。上級学校に一年早く入学し、一年早く卒業するといったものだ。ダリス各地にある初等学校の主席の生徒にだけ認められている。


どうやらリンジーはそれらしい……


「でもね、学校の勉強ができても、バイロンみたいな立ち振る舞いはできないし、いざとなった時に頭突きをかませるような度胸はないからね」


リンジーはあっけらかんとした表情でそう言うと、再び話題を戻した。


「それより、枢密院の偉い人がこれを読んでくれれば、マイラさんを助けられるかもしれない。それに今のおかしな状況が好転するかもしれないわ――」


リンジーがそう言うとバイロンは突然怪訝な表情を浮かべた。その眼には女の直感が閃いたフシがある。


「どうしたの、バイロン?」


「モンスルはしたたかだし、頭がいいわ。だから、私たちが告発するのを分かっているんじゃないかって思うのよね……」


言われたリンジーは神妙な表情を浮かべた。


「たしかに……」


リンジーが同意するとバイロンは思いついた案をリンジーの耳元でささやいた。


「なるほど……そういう作戦か……でもいけるんじゃない!」


リンジーが同意するとバイロンは早速、作戦遂行のための手筈を整えた。



38

警備隊副隊長のドナルドの脳裏にはサマンサに言われた言葉が浮かび上がり脳内で揺蕩っていいた。


『俺はなんということを……このままではマズイ……』


 警備隊という宮中の治安を預かる人間の責任者として最悪の選択肢を知らず知らずのうちに選んでいたことにドナルドはほぞをかんだ。


『最初から嵌められていたのか』


 警備隊の給料は決して高くない。一般業種と比べれば家賃などの手当てもあり充実しているように見えるが、管理職になって部下の面倒を見るとなるとその金額では心もとない……


 サマンサはその辺りの事に目を光らせると、部下を飲ませるための交際費の捻出に苦労するドナルドに近寄り、執事長選挙の経費という名目でドナルドに黒い金をつかませていたのだ。


『クソッ……足元を見られた……』


だが、すでに時遅しである。ヤクザの金を貰った以上ドナルドはサマンサの操り人形になるしかない……


ドナルドは実に沈痛な面持ちを見せた。


『うまく立ち回ればなんとかなるだろう、メイドの1人や2人、どうなろうとかまわん……』


ドナルドはそう思うと執務室の机から立ち上がった。



39

枢密院、そこはダリスを治める貴族たちを統べる核である。貴族間のもめごとや、利権の調整、ひいては帝位につく人間の正当性さえ吟味する。


 委員による査問会はダリスの立法府での決定よりも重く、その査問会には『妃』の称号を持つ者でさえ逆らうことはできない。枢密院委員の持つ力は貴族の世界の中では絶対的であった。


 そしてこの枢密院には『目安箱』というものが置かれている。この目安箱は宮中の出来事や貴族の不正を告発するために設けられたものだが、投かんされた物は厳しく吟味、精査される。


                               *


 外出許可を得たリンジーの眼にはその目安箱が置かれた枢密院の施設(宮中の東側にある別棟)が映っていた。


『よし、投函するわよ……』


 リンジーは御影石でできた寺院のように見える建物に向かって小走りに走った。陽光に煌めく壁面の反射光がまぶしく映る。


『そう言えば目安箱ってどこかしら……』


リンジーがきょろきょろあたりを見回しながら目安箱を探すとそれらしきものがその目に映った。


『きっと、あれだ。あの円柱みたいなやつだ。』


 100mほど先には高さ2m、幅1mほどの円柱状の建造物があった。その外観は御影石とも大理石とも思える。そして目安箱の後方には遠目にも見えるほどの大きなカギがつけられていた。投函された告発状が盗まれないような配慮がされているのである。


リンジーは興奮した面持ちを見せるとスカートのポケットに入れた書状を確認した。


『よし、出すぞ!!』


リンジーはそう思うと目安箱の投函口に向けてダッシュした。



だが、



リンジーが投函口に行きつく前、その後ろから突然、声をかけられた。


「急いでどこに行くのかね?」


そう言って声をかけたのは警備隊、副隊長のドナルドであった。二人の部下を連れてリンジーの前にあらわれるとその行く手を塞いだ。


「いえ、べつに……」


リンジーがそう言うとドナルドは嗤った。


「スカートの中に何かを隠しているようだが……」


ドナルドは『すべて承知している』という表情を見せるとリンジーのポケットに手を突っ込んだ。


「キャー、セクハラよ、パンツの中に手を入れてくる!!」


リンジーは大声をあげて抗議したがドナルドはそれに構わずポケットの中をまさぐった。そして被疑者を尋問するような眼でリンジーを見た。


「何だ、これは?」


言われたリンジーはドナルドの掌に入っている物を見て閉口した。そこにはまさかのものがあった。


「豆板の白金だな」


ドナルドはそう言うとその場にいた二人の警備隊員に目配せした。


「第三宮のポーラ宮長が豆板の白金を使ってメイドを買収しているというタレこみがあってね、どうやら君も買収された1人らしいな」


 ドナルドがそう言うと二人の警備隊員はリンジーの身柄を拘束した。ドナルドはリンジーに近寄るともう片方のスカートのポケットに手を突っ込んだ。


「犯罪の嫌疑をかけられたメイドの告発文を枢密院は受け取らんだろう……これはこちらで預かっておく」


言われたリンジーは唖然としたが、流れるようなこの逮捕劇に自分の置かれた状況がはっきりと分かった。


『駄目だ……完璧に嵌めれられてる……』


リンジーはそう思うと先ほどよりも大きな声を上げた。



「バイロン、逃げてぇ~!!!」



一縷の望みを託したリンジーの声は空を裂くようにして辺りに響いた。



40

一方、その声を聞いたバイロンは脱兎のごとくその場を離れた。


『うわっ……悪い方の予感的中……』


 バイロンはリンジーと別ルートで告発状を出そうと考えていた。それというのもモンスルが何らかの手を打ってくると予想していたからだ。


だが、警備隊の副隊長を動いてくるとは思っていなかった。


『やりすぎだろ……』


リンジーの叫びを聞いてその場を離れたバイロンであったが、その視野には近隣をウロウロする警備隊の隊員が映っている……


『マズイ、どうしよう……』


バイロンは走りながら次の行動を考えた。


『これじゃあ、告発文は提出できない……とにかく出よう、宮を出て街に……』


バイロンはそう思うと裏口の通用門に向けて走った。


                               *


 幸運にも裏口の通用門の門番ゲートキーパーはバイロンを見ても怪しむようなことはなかった。それというのも正式に外出許可を受けた書類を持っていたからである。


『よかった……とりあえず、外に出られる……外に出た後、考えればいい』


バイロンがそう思った時である、外出許可証を見た門番がバイロンに声をかけた。


「許可のハンコを押すからちょっとそれを貸してくれるかい?」


 普通の休日なら身分証明書の提示だけパスできるのだが、イレギュラーな有給休暇の場合は書類の確認と判を押すという作業がある。バイロンは疑うことなく書類を門番に渡した。


門番はそれを見ると『問題ない』という表情を見せて確認印を推そうとした。


その時である、門番が妙な声を出した、


「あれ……ない……ハンコがない」


門番は間抜けな表情を見せて立ち上がると扉を開けて奥の事務スペースの方に向かった。


『この大事な時に何やってんの!』


バイロンが怒り心頭の表情でそう思った時である、絶妙のタイミングでその後ろから声がかかった。


「門番も我々の息がかかっているんだよ」


そう言って現れたのは警備隊、副隊長のドナルドであった。その顔は実に涼しげでバイロンたちの計画を頓挫させたという悦びで満ち満ちている。


「リンジーという娘はこちらで拘束した。次はお前だ!!」


ドナルドはそう言うとバイロンに近づいて手を差し出した。


「お前も持っているんだろ、告発文を。さあ、渡してもらおうか?」


手の内を読まれたバイロンはその表情を歪めた。


『何これ、やばいジャン……』


バイロンの顔を見たドナルドは実に不道徳な表情を見せた。


「抵抗すれば容赦はしない」


バイロンが武闘派だということを察知していたドナルドはバイロンの矛先をかわすためにショートソードの柄に手をかけた。


『……ええっ……マジかよ……』


ドナルドの殺気を読み取ったバイロンは『頭突女子』が切り抜けられる状況ではないことを直感的に悟った。


『ここまで……ここまでなの……』


バイロンがそう思った時である、まったくもって想定外の事態がその場で生じた。




バイロン、ピンチ!!


さて次回どうなるのでしょうか?

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