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第十五話

ちょっと長くなりました。

35

執事長選挙の工作作活動はヒートアップしていた。付け届けの横行は当たり前となり、換金可能なチケットだけでなく現金や白金というブツさえ出回っていた。


通常、ここまで来ると警備隊が関係者を割出して逮捕するという運びになるのだが、現状の宮中ではそういった状態になっていなかった。


むしろその逆である――


                                 *


警備隊副隊長のドナルドはモンスルと『逢引きの里』であうとその場に人がいないかを確認した。


「やりすぎではないか、モンスルさん。これだけ現金が飛び交うようになるとさすがにマズイ。すでに感づいている連中も出ている。もう少しうまいやり方をしてくれないと」


ドナルドは付け届けが横行している現状を憂うと困った顔を見せた。


それに対してモンスルは何食わぬ顔で封筒を差し出した。


嫌な顔を見せていたドナルドであったが封筒の中身を確認すると表情を変えずに懐に入れた。


モンスルはそれを見やると実にいやらしい表情を浮かべた。


「あなたに渡すこのお金、すでに10万ギルダーを越えていますが――このお金の出所がどこか知っていますか?」


モンスルがそう言うとドナルドは怪訝な表情を浮かべた。


「あなたのポケットマネーでは?」


ドナルドがそう言うとモンスルの脇から突然サマンサが現れた。


「出資者は私ではありません、サマンサさんですよ」


ドナルドは性質の悪いモンスルの微笑に不愉快な表情を浮かべた。


「どういうことだ?」


ドナルドが不審な声をあげるとそれを制してサマンサが口を開いた。


「宮長の給料はそれほど高いものではありません、10万ギルダーをねん出するのは不可能です。」


言われたドナルドはサマンサの発言に不可思議なものを感じた。


「何を言っている?」


ドナルドがそう言うとサマンサは実に罪深い笑みを浮かべた。


「……じゃあ、今までの金は……」


 すでに9万ギルダー以上の金を貰っていたドナルドは今さながらその原資が問題のある金ではないかと疑い始めた。


「まさか、ワケアリの……」


「やっと気付かれましたか、警備隊の副隊長」


モンスルがドナルドを見るとサマンサが間髪入れずに答えた。


「あなたが受け取った金はすべてルチアーノファミリーのものです。」


言われたドナルドは泡を食った表情を見せた。そこには警備隊という宮中の治安を預かる人間の威厳など微塵もない――明らかに恐れおののいていた。


「サマンサ、お前、ヤクザの金をひいたのか……」


ドナルドが震え声を出すとサマンサがにこやかな表情を浮かべた。


「ええ、そうです。あなたに渡したのは組織犯罪者の『黒いお金』です。」


サマンサが淡々と言うと警備隊の副隊長まで上り詰めた男はその目を点にした。


「……騙したのか……」


ドナルドがそう言うとモンスルがフフッと嗤った。


「付け届けにまともな金をわたすなんて、思っているの?」


言われたドナルドは二人を見回すと一瞬にして我を失った。


『俺の人生が終わる……ヤクザの金を貰っていたなんて知れたら……クビじゃすまない……』


 付け届けがモンスルの資産だと思っていたドナルドであったが、その金主を知るにあたり自分の置かれた状況が極めて危ういものだとおもいしらされた。ドナルドは手すりのないつり橋の上でタンゴを踊らされていたのである。


サマンサは呆然とするドナルドを見ると微笑みかけた。


「もうあなたも逃げられない」


 言われたドナルドはサマンサを睨み付けると、腰のショートソードに手をかけた。警備隊の副隊長として最低限のケジメをつけようと……


だがサマンサはその思いをうち折るような言葉を発した。


「宮中で刃傷沙汰ですか――事件となって捜査が進めばあなたの未来もとざされますよ。それにご家族の未来もね」


サマンサはドナルドの性格を見抜いているようで家族のことに触れた。


「お子さんがお2人……名門校に進学されているようですね。もしあなたが犯罪に手を染めたとなれば学校は放校になる。そしてお子さんの未来はあなたのせいで潰れてしまう」


サマンサは言葉を失ったドナルドを見て優しい声をかけた。


「心配ありませんよ、ドナルドさん。頼みごとを聞いて下さればあなたの将来は明るいものになります。」


言われたドナルドはサマンサを見た。その眼は万策尽きて追い詰められた兵士のように憐れなものである……


サマンサはドナルドに近寄るとその耳元で囁いた。


「白金を用いて買収しているポーラに圧力をかけて欲しいの。ポーラ派閥のバトラーを何人か逮捕してくれればいいわ。そしてもう一つ、こちらの言うことを聞かないメイドが第四宮に二人いるのですが――その二人に圧力をかけて頂きたい。」


ドナルドは『そんなことはできない』と言う表情を見せたがモンスルが『9万ギルダー』と口にするとドナルドは閉口した。


 小銭欲しさにメイドからの付け届けを貰ったドナルドは身を処すどころか脱法行為の一翼を担わされたのである。


色を失ったドナルドを見たサマンサはさらに畳み掛けた。


「いまさら返したって無駄よ。ヤクザの金を貰っていたことが露見すればあなたは終わり。この意味お判りでしょう、ドナルドさん?」


 仮にドナルドがサマンサに付け届けを返しても、暴力団の金を貰ったという事実は消えるわけではない。宮中で仕える警備隊の人間がメイドを通してヤクザの金を貰ったとなれば失職するのは間違いない……サマンサはその辺りの事を狡猾に計算していた。


「さあ、どうします、ドナルド副隊長!」


 サマンサが迫力満点のドスのきいた声で駄目押しするとドナルドは絶望的な表情を見せた。そこには警備隊副隊長の威厳どころか人間性さえ否定された男の見せる悲哀が浮かんでいる……


サマンサはそれを見るとモンスルの耳もとで囁いた。


「二人のメイドはあなたも追いなさい。」


サマンサはそう言うとモンスルを睨みつけた。


「今度の選挙で私に票を入れるように調教しておきなさいよ!」


モンスルはサマンサの『調教』という言葉に『痛めつけろ』という意味を見いだした。


『とんでもない女ね、サマンサ……』


モンスルは内心そう思ったが、それと同時に次の執事長はサマンサに決まりだと確信した。



36

一ノ妃に対する定例報告は実に不穏な空気を帯びた。マーベリックは御者として馬車をゆっくりと走らせていたがレイドル侯爵と一ノ妃との間から漏れる緊張感はそら恐ろしいものがあった。


 ダリスの最高権力者である一ノ妃、そしてこの国を裏側から見つめるレイドル侯爵、その2人にはそれぞれの異なる見識がある。一ノ妃は国を治める総攬者としての立場があり、レイドル侯爵にはこの国を裏側から見つめ冷徹な判断を下す執行者としての立場がある。


 互いにダリスという国を思う気持ちは同じであれどその様相は全く違う。日の当たる場所と、当たらぬ場所の違いといえば近いのかもしれない。


「一ノ妃様、此度の一件――そうとう根の深いものでございます。」


レイドル侯爵が集めた情報を分析して報告すると一ノ妃はその目をつぶった。


「執事長選挙を端に発した汚職の連鎖はレナード公、キャンベル伯爵、そしてパストールがその中心におります。」


レイドルは淡々と続けた。


「キャンベルとパストールは第三宮の宮長ポーラをおしております、そして第二宮のサマンサは立ちの悪い金をひいてメイドたちを買収しています。」


報告された一ノ妃は相も変わらずその目をつぶっている。


「すでに宮中では現金が飛び交っております、中には白金もあるとか。」


レイドルがそう言うと一ノ妃が権力者独特の風貌で答えた。


「近衛隊の話では警備隊の連中も買収されているそうですね。芳しい状況とは言えないでしょう」


一ノ妃は独自の情報網をもっているようで危機的状況にある執事長選挙の動向を聞いてもその顔色を変えなかった。


レイドルはそれを見ると訝しんだ。


『やはりこの人はわかっている……』


レイドルはそう思うと、思い切って一ノ妃に核心となる質問をぶつけた。


「一ノ妃様、執事長というポストには何が隠されているんですか。サマンサ、ポーラも畜生のようになってもそのポストを手中に収めようと躍起なっております。あのポストに秘密があるとしか思えませんが」


レイドルがそう言うと一ノ妃はその口元をほころばせた。


「ここまで調べてきたとなると、そろそろ潮時かも知れませんね」


一ノ妃はレイドルの情報収集能力の高さを評価すると包帯で覆ったレイドルの耳元に顔を寄せた。


「いずれは明るみになるでしょうし――あなたには教えても差し支えないでしょう」


一ノ妃はそう言うと執事長ポストの核心ともいうべきものに触れた。


                                *


一ノ妃に対する定例報告を終えたレイドルは馬車の中からマーベリックに声をかけた。


「一ノ妃様のお言葉、耳にしたか?」


レイドルに尋ねられたマーベリックは思わず生唾を飲み込んだ。


「……はい……」


マーベリックがあまりの驚きに中途半端な返事をするとレイドルは落ち着き払った声をだした。


「この国の仕組みの一つに我々の知らない仕掛けがあったようだな……」


レイドルはそう言うと実に渋い表情を浮かべた。


「どの国にも有事の際のために特別な仕組みがある。……まさか100年前のモンスター討伐に起因しているとは……」


レイドル侯爵はそう言うとぎらついた眼を見せた。


「マーベリック、この選挙はただの買収騒ぎでは済まんぞ……必ず死人が出る……」


言われたマーベリックは舌唇を噛んだ。


「覚悟しておけ――我々にも被害が出る可能性がある。」


 レイドルがそう言った時である、マーベリック目に角刈りの男が目に入った。角刈りの男は両手をあげてマーベリックに馬車を止めるようにアピールした。


マーベリックは角刈りの様子が尋常でないことを悟るとレイドル侯爵にことわってから手綱を引き絞った。


「公務中に何の要だ!」


マーベリックが怒鳴りつけると角刈りの男はその場に片膝をついた。


「申し訳ありません。どうしても、お耳に入れたいことが!!」


マーベリックはレイドル侯爵に一礼すると角刈りの方に顔を向けた。


「旦那、あの庭師が殺されました……サマンサに仕えていたライアンです」


マーベリックが顔色を変えた。


「顔を潰されて誰だかわからないような死体でした」


言われたマーベリックはその眼を細めた。


「ルチアーノのか……」


マーベリックがそう言うと角刈りが頷いた。


「いくらヤクザでもあの潰し方はねぇ……あいつらは情け容赦なくなってきています、普通じゃねえ……」


そう言われたマーベリックは鷹揚に頷いた。


「この執事長選挙をめぐる闇は深い……」


マーベリックはそう漏らすと角刈りが発言した。


「旦那、これで奴からの情報は期待できません。宮中の情報は途切れたことになります……この後、どうすれば……」


サマンサとルチアーノをつないだ庭師が殺されたことでマーベリックは重要な情報源を失っていた。


マーベリックは顎に手を当てて思案したがそこに言葉はなかった。



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