第十三話
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さて、同じころ……
モンスルとサマンサは街にある宝飾店の地下で秘密の会合を行っていた。
「ルチアーノ一家からの付け届けはこれが最後です。これを使って最後の追い込みをかけて頂戴。」
そう言ったのはサマンサである。犯罪組織の金を引いてモンスルに付け届けをしていたサマンサはルチアーノファミリーの組長ルチアーノ3世を同席させてモンスルに付け届けを渡した。
「あなたがポーラとの二本取りをしているのはわかっていますが、最終的にこちらについてくれれば今までの事は見なかったことにします。」
サマンサがさっぱりとした口調でそう言うとルチアーノがにこやかにほほ笑んだ。
「我々の利益をあなたが担保してくれると聞きました。大変光栄です。」
ルチアーノはダリスの都にはびこる犯罪組織の親玉だが、その面構えはヤクザとはおもえぬ好々爺である。着ている服も富裕な商人のようで一見すれば上品な年寄りに見える。
「モンスルさん、あなたの尽力期待しております!」
そう言ったルチアーノはモンスルにニヤリと嗤いかけた。そこにはサマンサとは異なる悪人の凄味が滲んでいる……
『……この爺さん、サマンサよりやばい……』
モンスルはルチアーノ無言の脅迫にタジタジになった……
悪党には『各』がある、それは目に見えるものでもなければ羊皮紙に記される公文書のようなものではない。だがモンスルは目の前にいる初老の男は自分をよりもはるかに上を行く悪党であった。
『……こんな奴の金を貰ってたのか……』
モンスルはいまさらながら自分の置かれた状況を認識させられた。そして自分がのっぴきならないことに気付かされた。
だが、それと同時に別の思いも浮かんだ。
『ここまで来たら……後戻りはできない。いまさら治安維持官に泣きついても無理だろうし……むしろ私が逮捕される……』
モンスルは自分の置かれた状況を鑑みた。
『逆に考えればいい、うまく切り抜けてその対価を手に入れればいいのよ!』
モンスルは思い切って居直る選択肢を選んだ。
「これだけのリスクを負うなら、私にも考えがあります!」
モンスルがそう言うとサマンサとルチアーノがモンスルを睨み付けた。
「マイラの次は私を第四宮の宮長として推挙してい頂きたい!」
サマンサはマイラをじっとりと睨み付けたが、そのあとすぐに『ククッ』と笑った。そこにはモンスルが『一線を超えた』という思いがあった。悪しき人間がその澱みに自ら踏み込んだという認識だ。
「どうやら、こちらの世界に入ることを選んだようね。いいわ、私たちは一蓮托生、互いに悪の華を咲かせましょう!」
サマンサがそう言うとルチアーノも朗らかな笑顔を見せた。その顔は先ほどとは違い純粋な少年のようなものであった。
「ようこそ獣道へ」
ルチアーノはそう言うとモンスルと固く抱きしめた。
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一方、その様子を排気口から覗いている人物がいた。
『こういうことか……』
覗いていたのはマーベリックの手下、角刈りの男、ゴンザレスである。
『サマンサ、ルチアーノ、そしてモンスル……手を組んだか』
角刈りの男はサマンサに仕えていた庭師を恐喝してルチアーノの存在を突き止めたが、その裏を取る過程でこの宝飾店に行きついていた。そして昼夜を問わぬ監視を3日間続けたことで『裏取り』は成果を生み出した。
『これでやっと旦那に報告できる……』
悪事をたくらむ3人の様子を確認した角刈りはホッと息をついた。
*
3人が宝石店の地下からいなくなると角刈りは周りの様子を確認した。そして排気口から煙突へとその身を写すと身軽な動きで煙突を登った。
『よし、誰もいないな……』
角刈りは煙突の出口からその頭を出そうとした、
『………』
普通の人間なら気づかなかったであろうが、殺気を感じた角刈りはその身を翻すと煙突の中に頭を隠した。
その刹那、ヒュッという音がして頭上を何かが高速で飛んで行った。
「危ねぇ……矢か……」
角刈りは屋根の上から誰かが走ってくる足音を耳にした。
『ちっ、ばれてたのか、だが、このままここでいても埒が明かねぇ……』
角刈りはそう判断すると年齢を感じさせぬ身のこなしで煙突から飛び出した。
だが―――
角刈りの前にはナイフを持った覆面がすでに立っていた。先ほど矢を放った人物は角刈りの逃げる方向を想定してその行く手を塞いでいたのだ。
『プロだな……』
角刈りは目の前にいる覆面がその辺りにいるチンピラでないことをその所作から見抜いた。
『ルチアーノの刺客か……勝てるのか……こいつに……』
角刈りは別のルートからの逃走を試みるか、目の前の男と対峙するか迷った。
だが、その思考は相手にとって隙と映っていた。一瞬の間は覆面の刺客にとっては充分すぎるほどの時間である、覆面の刺客はそこにつけこむと角刈りに襲い掛かった
屋根の上で鋭い金属音が響く――
角刈りは何とか最初の一撃をかわしたが、その場で体勢を崩した。覆面の刺客はその隙を逃さず角刈りに馬乗りになって刃を喉元に突き付けた。
『マズイ!!』
死神のカマが角刈りを襲う、角刈りは死を覚悟した。
その時である、予想外のことが生じた。なんとナイフを振り下ろそうとした覆面がその肩をおさえたのだ。そして覆面は左右を確認すると肩をおさえながら逃走した。
『何が起こったたんだ……』
*
相手が撤退する様を茫然と見ていると、いつの間にか角刈りの横に1人の人物が立っていた。
「……レイさん……」
なんと角刈りを助けたのはレイであった。その手には小型のボーガンが握られている。
レイはニヒルな表情で角刈りを見た。
「わかっているな、命を助けた人間に対する対価は軽くないぞ」
言われた角刈りはレイを見上げた。
闇に生きる人間には不文律のルールがある。それは『対価』という概念である。『情報』には『情報』、『金』には『金』、『命』には『命』、相手に対して同等のものを与えることが対価の条件になる。
「レイさん、あなたの望みは……」
言われたレイは美しい銀髪をなびかすと角刈りを見た。
「お前の持つ情報、全てだ!!」
言われた角刈りは肩を落とすと『……マジかよ……』という顔を見せた。中年の男の醸す哀愁深い表情を見たレイはその顔をほころばせた。
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謹慎を命じられたバイロンとリンジーは部屋に戻ると『どうにもならん……』という表情を浮かべてベッドに座った。
「謹慎だと業務に携わらなくて済むからモンスルの息のかかった人間から圧力をかけられないけど、寮から出られないのはしんどいはね……」
バイロンがそう言うとリンジーが深く頷いた。
「そうよね……やることないもんね」
リンジーは鼻をほじると足をブラブラさせた。暇なときに見せる彼女の癖であるがどうやらマシンガントークのネタもないらしくいつになく神妙な表情を見せた。
そんな時である、リンジーが急に声を上げた。
「ねぇ、バイロン、休みの日はどこに行ってんの?」
リンジーは謹慎という状況を全く気にしてないようで、その場の空気を読まずに朗らかな声を上げた。不謹慎といえば不謹慎なのだが、リンジーはそうしたことに臆するような精神は持ち合わせておらず、あい変わらぬ天真爛漫な様子を見せた。
「街よ、ブラブラしながらスイーツあさりね……」
バイロンがそう言うとリンジーは鼻をほじりながらその眼をクリクリさせた。
「バイロン、彼氏とかいないの?」
バイロンは思わぬリンジーの発言に一瞬たじろいだが、その動きを勘違いしたリンジーはバイロンに嫌らしい視線を送った。
「もしかして……いるの?」
言われたバイロンは「まさか!」という表情を見せた。それに対してリンジーは鼻の穴をさらに広げながら発言した。
「バイロンは美人だし、男がほっとかないでしょ。ひょっとしてアバンチュール的な展開とか?」
アバンチュールとは『危険な恋』という意味だが、武闘派バイロンだけに特殊な恋愛を展開しているのではないかとリンジーは勘ぐった。
「ないわよ、そんなの!」
バイロンが即答するとリンジーは再び鼻の穴をほじった。
「そうだよね……休日って言っても外泊できるわけじゃないないし、そんな時間ないもんね」
リンジーがそう言うと今度はバイロンが質問した。
「リンジーはどうなの、異性関係?」
尋ねられたリンジーは哲学者のような顔を見せるときっぱりと言い放った。
「ない、全然ない!!」
その言い方はハキハキトして実に小気味いい。
「下半身なんて乾いちゃってカピカピだからね、もうすぐ苔が生えると思うわ!」
リンジーは猥談に華を咲かせる中年女のような口調で話すとバイロンを見た。
「バイロンはどう?」
尋ねられたバイロンは即答した。
「わたしも、カピカピよ……」
それを聞いたリンジーは再び哲学者のような顔を見せた。
「私たち駄目みたいね……お年頃なのに……」
リンジーはそう言うとフッ~と息を吐いた。
「ねぇ、バイロンはさあ、気になる人とかいる?」
言われたバイロンは難しい表情を浮かべた。
「…………」
バイロンの脳裏に最初に浮かんだのはラッツである、劇団にいた時に小回りよく立ち回っていた少年だ。バイロンに対して強烈なスキスキ光線を出していたのは記憶に新しい。だがラッツの顔はすぐに消えた。
そして次に浮かんだのはベアーである。あどけなさの残る少年はバイロンの窮地を救ってくれた命の恩人である。彼の助けがなければ現在の自分はないだろう……
『……ベアーかな……』
そんなことを思った時である、バイロンの脳裏に鋭い眼光を放つ男の姿があらわれた。
『あいつは……違うな……』
バイロンがマーベリックを浮かべて神妙な表情をするとリンジーが思わぬ声を上げた。
「今の顔――本命ね!」
言われたバイロンはドキッとした。
「私の勘、けっこう当たるんだよ!」
リンジーがそう言うとバイロンは何とも言えない気分になった。
『これ以上、この話題は……よくないわ……』
ニヤニヤするリンジーを見たバイロンはそう判断すると、それとなく話題をすり替えるために自分たちの置かれた状況を口に出した。




