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第十二話

今回は若干長めです。

27

バイロンとリンジーがそんな話をしていた時である、そこにユリナがやって来た。


「あら、2人で何の話をしてるのかしら――」


ユリナは二人の顔を見ると近づいて全身をねめつけた。


「挨拶がないみたいだけど」


 モンスルの右腕として頭角を現したユリナは実に嫌らしい口調で二人に話しかけた。そこには先輩風を切らして偉ぶるだけでなく、もっと性質の悪い権力者の腰巾着ともいうべき嫌らしさがある。


バイロンとリンジーは顔を見合わせるとユリナに対してお辞儀した。


「頭の下げ方を知らないの?」


ユリナはそう言うとバイロンの髪をつかんだ。


「この前は生意気な口をきいてくれたわね」


 ユリナはそう言うと『食のフェスティバル』で不愉快な思いをさせられたことに対して『示し』をつけようとした。バイロンにヤキを入れて立場を分からせようとしたのである。


「こうやって、頭を下げるのよ!!」


髪をつかんだユリナはバイロンの額を床にこすりつけようとした。


「口のきき方だけじゃなくて、頭の下げ方も覚えなさい!!!」


ユリナはバイロンの後頭部を抑え込んだ。


『何だ、この糞女……』


バイロンはそう思ったがこれから先の事を考えた場合、下手に逆らっても芳しくないのではないかというおもいがよぎった。


『ここは頭を下げて恭順の姿勢をみせるか……それとも反撃するべきか……』


バイロンの脳裏に二つの選択肢が浮かんだ。


                                 *


そんな時である、隣から思わぬ一言が飛んできた。


「ユリナさん、それはやり過ぎだと思います……」


小さいがはっきりときこえる声でそう言ったのはリンジーである。


「誉れあるメイドはそうしたことはいたしません!」


リンジーが凛とした表情でそう言うとユリナがその額に青筋を立てた。


「誰に口をきいてるの、リンジー?」


そう言ったユリナの目つきはゴロツキに負けず劣らず性質の悪いものであった。


「先輩に向かって口答えするわけ?」


リンジーにメイドの心得をとかれたユリナは怒髪天の表情を浮かべた。そしてバイロンから手を放すとその手を高く掲げた。


「調子に乗るんじゃない!!!」


そしてバシッと言う音を立ててリンジーの頬を引っ叩いた。


「モンスルさんはマイラのように優しくないわよ!」


そういうとユリナはリンジーの頬を再び張った。


 今度は先ほどとはちがい鈍い音がした。ビンタではなく張り手をかましたのである。リンジーの口が切れ、鼻血が流れた。


「口のきき方をいい加減に覚えなさい!!」


 血を見たことで興奮したユリナはさらなる一撃を加えようとした。リンジーに恐怖のトラウマを植え付けて逆らえないようにするための『とどめの一撃』である。


『私に仕える、奴隷になりなさい!!』


リンジーは避けることさえできず恐怖に打ち震えた表情でユリナの一撃をうけようとした。


                                *


その時である、バイロンの声が響いた。


「先輩、すみませんでした!!!」


実に溌剌とした声がその場に響く、ユリナはその声に驚きその方に体を向けた。


『えっ、何……』


ユリナの正面には高速で移動する物体が写っている、その距離はすでに30cm……


『ちょっと……』


 ユリナがそう思った時である、その物体はユリナの顔面をとらえた。『グシャリ!』という音がその場に響く……ユリナは思わぬ衝撃に片膝をついた。


「先輩が頭を下げろって言うから頭を下げました」


バイロンは何食わぬ顔でそう言うとうずくまったユリナに向かって冷徹な目を向けた。


「すいません、先輩、もう一回謝ります!!」


顔をおさえてうずくまるユリナに向かってバイロンは再び頭を下げた。


 渾身の一撃ともいうべき『頭を下げる行為』(別名:頭突き)は顔をおさえるユリナをもう一度襲った。潰れかけた鼻をさらに圧迫するような角度でバイロンの頭が衝突すると、ユリナの鼻は無様に潰れた。


バイロンは血だらけになってうずくまったユリナに向かって声を上げた。


「もう一回謝りましょうか、先輩!」


 そう言ったバイロンの表情は夜叉とも思える凄味を放っている。薄目を開けてその表情を見たユリナは鼻血を滴らせながら唇をワナワナと震わせた。


それを見たリンジーは思った。


『バイロン、しゅ、しゅごい!!』


DQN臭を醸して仁王立ちしたバイロンの姿はリンジーにはヒーローとして映っていた。



28

この後、バイロンとリンジーは宮長の部屋へと呼ばれることになった。言うまでもなく説教である。


執務室ではマイラが何とも言えない表情で突っ立っていた。


「またトラブルですか……」


マイラが飽きれたように言うとリンジーとバイロンは押し黙った。


「ユリナに頭突きをかましたと聞きました……」


マイラがそう言うとバイロンは何食わぬ顔で申し開いた。


「私は頭を下げただけです」


それに対してマイラは冷たい視線を浴びせた。


「そう、頭を下げただけ。頭を下げると鼻が折れるわけ――」


 マイラはバイロンの性格から明らかに意図的な暴力行為であることを見抜いていた。だが、それに対してバイロンは反省の色を見せなかった。むしろ居直って正当化する言動を見せた。


「あれは事故です」


バイロンがそう言うとマイラはためいきをついた。


『これじゃ、埒が明かないわ……』


そう思ったマイラはリンジーの方に目を向けた。


「あなたの証言を聞きます、リンジー――あの場では何が起こったのですか?」


尋ねられたリンジーはユリナに殴られて腫れた頬骨に手をやりながら答えた。


「バイロンは頭を下げて挨拶しろとユリナさんに言われました。そしてその通りに頭を下げたんです。そしたらユリナさんの鼻に頭が当たっちゃったんです。」


 リンジーは巧みな証言を見せた。あの時のやり取りにおいて嘘はなく、見たものと耳にしたものをそのままマイラに伝えた。リンジーはバイロンをかばおうという思いを伏せて淡々と述べた。


それに対してマイラが切り返した。


「じゃあ、どうして二回も頭を下げたの、それも同じところに頭が当たるように?」


 マイラもバカではない。バイロンがわざとやったであろうことを看破していた。マイラはユリナの鼻をへし折った二度目の頭突きについてリンジーを詰問した。


「あの……それは……えっと……」


さしものリンジーもしどろもどろになると、最終的には沈黙した。


マイラはリンジーの腫れた頬を見た後、バイロンに視線を戻した。


「私の予想ですが――リンジーを殴りつけたユリナに対してあなたがタイミングよく頭突きをかました――謝罪という建前で――それも二回!」


マイラはバイロンを一瞥してから続けた。


「リンジーに対する敵討ち―――それとも友情ですか?」


言われたバイロンは胸を張った。そしてキリッとした表情でマイラを見た。


「私たちは内臓女子ですから」


マイラは『何を言っているんだ?』という表情を見せた。


「牛の横隔膜ハラミを食べると仲良くなれるんです!!!」


リンジーがその場の空気を読まずに想定外の発言をするとマイラは唖然とした。


「あんたたちは本当に――」


マイラは怒髪天の表情を浮かべた、そして二人を外にも聞こえるような声で一喝した。


しばし沈黙が辺りを支配する……何とも言えない空気が執務室に流れた。


だが、マイラはそのあと、顔色を変えるとため息をついた。


「……羨ましいわ……」


小声そう言ったマイラの表情は実に昏い……苦悩で彩られた彼女の表情はうつ病患者のようにも見える。


マイラは独り言のような口調でポツリと漏らした。


「私もあなたのように振るまえれば……」


マイラがそう言うとバイロンが口を開いた。


「マイラさん、こんな言い方、あれですけど……」


バイロンはそう言うと素直な意見を述べた。


「宮長はあなた何ですからビシッとやればいいんじゃないんですか?」


バイロンの問いかけに対してマイラは伏し目がちに応えた。


「いまさらそんなことをしても意味がないわ……もう遅いのよ……」


マイラはそう言うと二人を見た。


「私はシドニーの推挙でたまたまこの地位におさまっただけ……実力で勝ち取ったわけじゃない、いずれは誰かにとってかわられるだけの存在。寝技ができない宮長なんて誰も相手にしないわ……今度の選挙も散々な結果でしょうね……」


マイラは自分自身の客観的な分析ができているようで自虐的な口調でそう述べた。


「モンスルは私の性格を見抜いて虎視眈々とメイド長のイスを狙っていたのよ。それを気づかずになおざりにした結果が、現在の混沌を作り上げた……」


マイラがそう言うとリンジーが応えた。


「わかっているなら手を打てばいいじゃないですか!」


リンジーがもっともな意見を言うとバイロンがそれに続いた。


「リンジーの言うとおりです、手をこまねいて見てるだけなんて情けない話です。状況が分かっているなら反撃に転じるのが筋でしょう。モンスルさんの付け届けは明らかに尋常じゃありません!!」


バイロンはさらに畳み掛けた。


「このままの死に体で選挙を迎えて、そのまま追い出されるなんてダサすぎます。監督責任を取らされることを恐れて何もしないなら、玉砕覚悟で勝負するべきです!」


言われたマイラはその眉にしわを寄せた。


「そうですよ、モンスルさんの付け届けの事を警備隊に報告して処理してもらえばいいんですよ!!」


リンジーが妥当な発言するとマイラはそれに対してその首を横に振った。


「状況はそんな簡単じゃないの!」


マイラが声を荒げるとバイロンとリンジーは驚いた表情を見せた。


「警備隊の副隊長にモンスルの付け届けを忠告したわ……でも……無視された……」


「……えっ……」


二人は顔を見合わせた。


「モンスルはサマンサさんとポーラさんからもらった付け届けを警備隊の方にも流しているのよ……」


「………」


バイロンとリンジーはマイラのまさかの発言に色を無くした。


「告発してなんとかなる状況じゃないの……」


マイラはそう言うと徒労感にあふれた表情を見せた。そこにはすでに諦めの色が翳り、宮長としての威厳は微塵もない……


『マジかよ、モンスルは警備隊の連中にも手を回しているか……これはさすがにヤバイんじゃ……』


バイロンは宮中で展開している黒いつながりに言葉を無くした。


そんな時である、マイラが再び二人を見た。


「ユリナを潰したことでモンスルはあなたたちに厳しくあたってくるわ……他のメイドたちを使ってね……」


マイラはそう言うと二人に『謹慎』の処分を言い渡した。


「選挙が終わるまで謹慎よ、部屋でいなさい。そうすれば業務中の嫌がらせはないはず……」


マイラなりの配慮なのだろう、バイロンとリンジーが不愉快な思いを少なくて済むように意図的に厳しく見える処断を下した。


「さあ、行きなさい……」


2人はそれを察すると、特に何も言わずその場を辞した。マイラの配慮を受けたほうが無難だと判断したからである。バイロンとリンジーは深く頭を下げると部屋を出た。


マイラは二人の出ていく後姿を見届けると大きく息を吐いた。


『鉄拳制裁か……私にもそんな度胸があれば……』


マイラは執務机に戻ると再び徒労感あふれる表情をみせた。



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