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第十一話

25

さて、それと同じころ、


マーベリックの手下である角刈りの男はレイの言った情報を洗っていた。都の酒場パブに密偵を送り、宮中に関連する人間の情報をつかもうとしていたのである。


そしてその読みはあたっていた。核心的な情報を知りうる人物を見つけ、拘束することに成功したのである。


                                *


 角刈りの男、ゴンザレスは建設途中の家屋の地下に入ると手かせを嵌められて顔を腫らした男に目をやった。


「ライアン、最近、羽振りがいいらしいな」


角刈りの男がそう言うと顔を腫らした男、ライアンは不愉快そうな声を上げた。


「お前は一体誰だ、俺が誰かわかっているのか!」


ライアンが強がってそう言うと角刈りの男はニヤリと嗤った。


「ああ、わかっているよ、第二宮の庭師だろ、サマンサの所だ」


言われたライアンは角刈りを見た、その眼は明らかに驚きがある。


「庭師の給料じゃ考えられない大盤振る舞いをしているようだな……」


角刈りがそう言うとライアンは顔を上げた


「その金はどこから来てるんだ?」


 言われたライアンはバツの悪い表情を見せた。明らかに触れられたくないというのが見て取れる。角刈りの男はそれにかまわずライアンの顎に手をやった。


「素直に話せば生きて帰ることができる……そうでなければ厳しい未来が待っている」


角刈りはそう言うと懐からナイフを取り出した。


「腕のいい庭師らしいな。だが、その腕が使えなくなればどうかな?」


角刈りの男はライアンの右腕をひねりあげると腱の部分に刃をあてがった。


「植木の手入れもできなくなるな……」


角刈りはそう言うと肘と手首の間の柔らかな部分に刃を沈めた。


「これ以上深く、入ればお前の腱が切れる……そうすれば二度とはさみはもてんぞ」


 職人にとって一番重要なのは『腕』である、顔や容姿ではない。角刈りはそれを考慮して職人の命ともいうべき部分を切断しようと圧力をかけた。


『これで話すだろう……』


角刈りはライアンのおびえる表情を見てそう確信した。


だが、そう思った瞬間である――ライアンは角刈りに頭突きをかました。


角刈りの一瞬のすきをついたのだ。


「しゃべるわけにはいかないんだよ……殺されちまう!!」


ライアンはスクッと立ち上がると手かせが付いたまま脱兎のごとくその場を走り出した。


『クソッ……しくじった……』


角刈りは軽い脳震盪を起こしていたため追うことができなくなっていた。


『あしが……ふらつく……』


だが、再び想定外の事態が起こった、何と地下から地上へあがろうと梯子に足をかけたライアンが悲鳴を上げたのである。


角刈りは頭をおさえながら、梯子の所に向かった。



「……旦那……」



角刈りが見あげたさきにはマーベリックが立っていた。


                                *


マーベリックは地上から降りると梯子の下でうずくまったライアンの左腕を踏みにじった。


「レイドル家の人間に喧嘩を売るとはいい度胸だな!!」


 マーベリックはそう言うとその足に力を込めた。ライアンの腕が軋んで『限界だ』と悲鳴を上げる。マーベリックは梯子の下敷きになり抵抗できないライアンの顔を見て実に不遜な笑みを浮かべた。


「これで終わりだ」


マーベリックはサディスティックな表情でライアンの左腕を潰そうとした。


その時である、か細い声がマーベリックの耳に届いた。


「……しゃべる……話すから……堪忍してくれ……」


ライアンは痛みと恐怖に支配された表情で懇願した。


だが、マーベリックはそれを無視した。そして、角刈りの耳に嫌な音が響く……


『ああ、やりやがった旦那……』


マーベリックはライアンの左腕の前腕(肘から下)の尺骨(小指側の骨)を容赦なく砕いていた。


ライアンはあまりの痛みにその場にうずくまろうとした。だが、梯子が邪魔でそれさえできない。あまりに哀れな様相である……


マーベリックは痛みに涙を流すライアンを見て冷ややかな表情を見せた。


「次は利き腕だ!」


ライアンはマーベリックが容赦ないとわかると必死の声を上げた。


「ルチアーノだ、ルチアーノファミリーだ!!」


それを聞いた角刈りがため息をついた。


「ギャングじゃねぇか……」


マーベリックは冷たい視線を浴びせたままライアンを睨んだ。


『蛇に睨まれた蛙』とはいったものだがライアンはまさにその状態で腕の痛みなど忘れてその場にへたり込んだ。


                                 *


 ライアンがすべてを話し終わるとマーベリックは角刈りにライアンの手当てをさせた。折れた左腕に添え木を当てて固定させた。


するとライアンが不審な表情を浮かべた。


「何で、助けるんだ……」


ライアンが恐る恐るそう言うとマーベリックが爬虫類のような目でライアンを見た。


「これから情報を俺たちに持ってくるんだ。そうすれば庭師としての生活を続けられる」


そう言うとマーベリックは再び爬虫類のような非人間的な表情を見せた。


「………」


言われたライアンはしばらく黙った後不愉快な表情をみせたが、勝ち目がないと悟るとその場を脱兎のごとく逃げ出した。


「やりましたね、旦那」


ライアンが出ていくと角刈りが声を上げた。


「サマンサの金主がギャングだと思いもしませんでした。ライアンがその仲介役で……」


角刈りがそう言うとマーベリックが淡々と答えた。


「何でもありの総力戦になってきたな……」


マーベリックはそう言うとライアンの話をまとめた。


「サマンサはライアンを通してルチアーノファミリーの金を引いた。そしてそのギャングの金で第四宮のモンスルを懐柔したんだ。そしてモンスルはその金を使って第四宮のメイドたちを籠絡している……」


マーベリックがそう言うと角刈りが声を上げた。


「かなりやばいんじゃないですか……」


「ああ、普通じゃない……」


「ギャングの金が選挙の買収工作……そんなことあり得るんですかね、ヤクザの金をひっぱてまでも執事長のポストを手に入れようだなんて……」


 角刈りの発言はその通りで執事長のポストにそれだけの価値があるとは考えられない。執事長というのはあくまで宮中という特殊な環境の中の権力者であり、給料が高いわけでもなければ特別な手当てが出るわけではない。


角刈りは続けた、


「ヤバイ奴らの金を使ってまでもサマンサは執事長になろうとしている……執事長のポストには何かうま味でもあるんですかね?」


言われたマーベリックはその顔を歪めた。


『うま味なんてあるはずがない……汚職ができないように枢密院が直接監視しているし、金の流れもはっきりしている……平民のポストにそれほどの価値があるとは思えない……』


 貴族の平民に対するコントロールは完璧と言って過言でない。貴族の了承がなければ末端の商売でさえ動かすことができないのだ。許認可を握っている貴族をないがしろにして平民が私腹を肥やすのは不可能である。


『何があるんだ……一体……』


素朴な疑問とは答えが出ない場合これほど厄介なものはない――マーベリックはその疑問にぶち当たっていた。



26

モンスルが第四宮でマイラの代行となり3日が過ぎた。


 既に第四宮ではモンスルがその力を発揮してメイドたちにテキパキと指示を与えていた。マイラの造り上げた業務マニュアルと班割(メイドたちのグループ分け)を用いたことでモンスルは造作なく業務全般をコントロールしていたのだ。


『このままいけば、選挙後に私が宮長に慣れるわ……』


モンスルは付け届けで飼いならしたメイドたちを兵隊として登用し、モンスル帝国を第四宮の中で築きつつあった。


一方、バイロンとリンジーはその雰囲気を察すると、何とも言えないものを感じた。


「いいのかな……こういうのって……」


リンジーがそう言うとバイロンがそれに答えた。


「いいはずないでしょ……」


汚職によりつながった人間関係には信頼という概念はない、第四宮もすでに質の悪い雰囲気が蔓延しだしていた。


「誉れあるメイドなんて、言葉だけで実際はうすら汚れた野良犬よね」


リンジーが鼻をほじりながらそう言うとバイロンがそれに答えた。


「そうね……でも、マイラさんはどうするのかしら……」


それに対してリンジーが応えた。


「もうやる気がないんじゃない……もともとシドニーさんが指名した宮長だから、あの事件以降は周りの目が厳しいし……」


シドニーの失踪後、シドニーの息のかかったメイドやバトラーはそのほとんどが粛清され、退職クビとなっていた。


マイラは品行方正で業務に対する殊勝さが考慮されて首の皮一枚で第四宮の宮長としてのこっていたが、シドニーの人事差配により第四宮の宮長になっていたためイメージは甚だ悪い……


「それにこれだけ付け届けが横行してれば最終的には監督責任を問われるだろうしね……」


モンスルの懐柔により毒まんじゅうを喰ったメイドたちの事を考えたリンジーは『マイラさんはもう詰んでる……』という含みを持たせた発言を見せた。


「そうね……」


バイロンはそれに同意すると死に体になっているマイラの未来が明るくないと思った。




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