第十話
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その晩、逢引きの里では身をやつしたサマンサとモンスルが秘密裏の会合(立ち話)を展開した。
「あなたは私からもポーラからも付け届けを貰っているのはわかっています。」
サマンサは『二本取り』しているモンスルの戦略をすでに見抜いているようで冷ややかな視線を送った。
一方、モンスルはそれに対して何のプレッシャーも感じていない表情を見せた。
「付け届けを持ってきたのはそちらです。それをどのように使おうとも、それはメイドたちの自由です。私は特に何もしていません。」
モンスルがシレッとした表情で言うとサマンサがそれに答えた。
「第四宮のメイドたちの口利きはあなたがしているのはすでに分かっています。無駄な言葉遊びはおやめなさい。」
そう言ったサマンサの表情は実に昏い。そこには異様な自信が滲み出ている。それを見たモンスルは何やら妙なものを感じた。
『この女……何かおかしい……』
モンスルはサマンサの醸すオーラに違和感を持った。
その時である、草むらから何者かが躍り出た。そしてモンスルの背後から覆いかぶさると、その口を手で覆った。
「イタズラが過ぎますと、これではすみませんよ」
そう言って耳元でささやいたのはいつの間にか忍び寄った警備隊の隊員であった。その隊員はショートソードの切っ先をモンスルの脇腹へと回していた。
『……警備隊はサマンサについたのか……』
モンスルはそう思うと真正面に立ったサマンサを睨み付けた。
だが、サマンサはそれを気にすることなくモンスルに近づいた。
「こちらにつかなければあなたは終わり……」
そう言ったサマンサの表情は能面のように無表情でそこには感情がない。
『何なの、この女……』
サマンサの見せる表情には喜怒哀楽が欠如している、蝋人形とも思えるその表情からは彼女の意図が全く読めない。
サマンサは口をふさがれたモンスル見るとその耳元でささやいた。
「私が執事長にならなければ、あなたに未来はない。」
サマンサはそう言うと今まで渡してきた付け届けの内容に触れた。
「私があなたに渡した付け届けがどこからきているかわかる?」
サマンサの意味深な物言いにモンスルはその顔を歪めた。
『何を言ってんの、この女……』
モンスルが意図を計りかねた表情を見せるとサマンサは悪辣な笑みを浮かべた。
「あなたはもう終わりなのよ、モンスル」
サマンサはそう言うと付け届けに関するカラクリをモンスルに話した。
『………』
『………』
『……や……』
『……ば……』
『……い……』
『………』
『………』
モンスルが絶望をあらわにするとサマンサが初めて感情を現した。
「あなたも一蓮托生、私からの付け届けを貰った人間はすべて終わりよ」
朗らかに断言したサマンサの表情を見たモンスルは悪女という言葉の本当の意味を知らしめられた。
『最初から嵌められていたのね……』
サマンサが一枚も二枚も上手だと思い知らされたモンスルは自分の行っていた『二本取り』が徒労に終わったことを悟らされた。
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モンスルはサマンサの手足となり、何としてでもサマンサを執事長に据えねばならない状況に追い込まれていた。
『付け届けにあのような毒をかましているとは……』
モンスルという悪女の上を行くサマンサの戦略は第四宮のメイドを全滅させるだけのインパクトがあった。
『あのことがバレタラ……すべてが終わる。関係者は死罪の可能性もある……当然、私も……』
モンスルはサマンサとポーラの二本取りをして、その付け届けの金額の多い方を推せばいいと考えていた。だが、その思いはサマンサの計略により打ち砕かれていた。それというのも貰った付け届け自体に問題があったのだ……
モンスルは熟考した。
『この状況を好転させるにはとにかくサマンサを推すしかない……そのためには確実に票をおさえこまないと……』
ポーラからの付け届けもその金額が増えている、間違った介入の仕方をすればポーラからの圧力がかかる恐れもある……
再びモンスルは熟考した。
『ユリナが言うにはリンジーは懐柔できそうだが、バイロンは敵対的……』
モンスルは懐柔するか、それとも別の方法をとるか思案した。
『あいつ等を使う手もあるわね……ちょっと痛い目に合わせれば……』
選挙まで一週間を切ったということ時間的に余裕はない、早めに手を打つ必要がある
『面倒なら荒事を用いても二人の票をサマンサにいれさせないと……』
モンスルは来たるべき選挙での勝利を確定するための最後の一手を画策し始めた。
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さて、その頃、バイロンとリンジーは業務を終えて自室でくつろいでいた。
「今日は疲れたね……いきなりのシフト変更だもんね……」
シフト変更とは急病や忌引きなどで人員が欠けた時にメイド業務の振り分けを変更することである。欠員が生じない限りそうしたことはないのだが、最近はそのシフト変更が毎日のように行われていた。
「メイド業務の差配はマイラさんがするのに、おかしいよね……」
「そうね」
バイロンはリンジーに同意するとマイラの置かれた状況が変化していることを述べた。
「先輩たちもマイラさんを立てるように動いているけど、実態はマイラさんの指示を無視してるもんね……あれじゃ宮長としてはメンツが立たないはずよ」
第四宮ではモンスルとユリナが暗躍し、そのほとんどのメイドたちがマイラから離れていた。サマンサやポーラから付け届けを差配して分配するモンスルの功名な戦略に完璧に籠絡されていたのである。
「最近はホテルのチケットだけじゃなくて、白金を貰った人もいるんだって」
リンジーがそう言うとバイロンは舌唇を噛んだ。
『白金……マジかよ!!』
バイロンがその表情を変えた。
「どうしたの、バイロン?」
リンジーが尋ねるとバイロンは正直に答えた。
「白金……ほちぃ……」
それを聞いたリンジーは同じく表情を変えた。
「私も……白金でイケメンを……はべらせたい……」
リンジーが興奮してそう言うとバイロンが急に真顔に戻った。
「でも、このまえ、ユリナさんに啖呵切っちゃったからな……」
バイロンは先日、『食のフェスティバル』でのやり取りを思い起こし、いまさらモンスルの懐柔を受けるのも難しいだろうと判断した。
「あれだけ言えば、むしろ目の仇だろうしね……」
リンジーがそう言うとバイロンも頷いた。
「まあ、無理だろうね……」
『内臓女子』から『白金女子』への鞍替えはできないだろうとバイロンは思うと再び話をマイラに戻した。
「最近、マイラさんの顔色悪いわよね……」
言われたリンジーはいつになく深刻な顔を見せた。
「モンスルさんが暗躍してるし、他のメイドは言うこと聞かないし……気が重いんだろうね……『今度の選挙じゃ一票も入らないんじゃない』って言う人もいるわ」
リンジーがその耳にしてきた噂話(かなり信憑性がある)を展開するとバイロンもうなずいた。
「きびしいだろうね……」
バイロンは第四宮の宮長であるマイラの状況が芳しくないことに気付いていた。モンスルの暗躍に対して効果的な一手を生み出せないマイラは他のメイドからも軽んじられるようになっているのだ。
バイロンはマーベリックの言ったことを思いだした。
≪宮長にはしたたかさと柔軟性、そして背中から人を突きおとす冷徹さが必要なんだ。≫
マイラの言動はマーベリックの発言とは全く正反対でモンスルの寝技に対応する知恵は皆無であった。
「このままなら、マイラさんクビかもね……」
実力のない宮長が排除されるのは当然のことであろう、今度の選挙では品行方正なマイラに票がはいるとはおもえない……
「これからどうなるんだろうね……」
リンジーがそう言うとバイロンが応えた。
「なるようにしかならないわよ、権謀術数に長けた人が上に立つんじゃない」
バイロンがそう言うとリンジーも同意した。
「そうだよね、火の粉を払っていくだけの器量がないとメイド長は務まらないよね。マイラさんはいい人だけど……」
2人はそう結論を出すと再び白金に思いを馳せた。
「やっぱり……欲ちぃ」
2人は声をそろえてそう漏らした。
*
翌日の早朝、2人はいつものように起床して着替えを済ませると食堂でのミーテイングに向かった。
『……なにこれ……』
リンジーとバイロンはそこで展開している状態をみると言葉を無くした。
『……マジかよ……』
何とモンスルが宮長のつくべき場所に立っているのである。そしてその横にはユリナが立っていた。状況的には考えられないが、それを指摘するメイドは1人もいない……
「本日から、指示、命令はモンスルさんが行うことになりました。」
ユリナがやおらそう言うとモンスルがゆっくりと前に出た。
「執事長選挙が近づいています、様々な所から付け届けが送られてきますが中途半端な受け取り方をすれば弱みを握られるだけです。各人くれぐれも注意するように」
モンスルはそう言うとその場のメイドたちににらみを利かせた。
「この度の選挙で我々がキャスティグボートを握っているのは皆承知していると思います。ここで我々が効果的な一手をうてば、この先の我々の立場は現在よりもはるかによくなるはずです」
モンスルが断言すると脇に控えていたユリナが立ち上がった。
「次の宮長になられるモンスルさんに賛同する者には何らかの見返りが与えられる。それを考慮して各人動くように」
ユリナがそう言うとモンスルが最後に一言言い放った。
「マイラさんは体調が悪いようですので、業務はすべてしばらくの間、私が代行いたします。」
モンスルの『しばらくの間』という単語の言い方は実に力強い。その意味を察した第四宮のメイドたちはすぐさま直立不動の体制をとった。
『終わったな……マイラさん……』
それを見たバイロンはマイラが完璧につぶされたと感じた。




