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第七話

15

マーベリックは角刈りの男、ゴンザレスからの情報を待っていたが定時報告でもたらされた内容は前回と同じもので占い師の女とサマンサの金主に関するものは皆無であった。


「旦那、すいません……」


角刈りがそう言うとマーベリックは舌唇を噛んだ。


「これほどまでに分からんとはな……」


マーベリックが想定外の事態に臍を噛むと、隠れ家の扉が音もなく突然開いた。角刈りの男は驚いて振り向くとナイフを懐から出して身構えた。


その時である、マーベリックの怒号が飛んだ。



「待て!!!」



角刈りの男はその声にたじろぐと投擲を中止した。


マーベリックは開いたドアの後ろにいる人物に声をかけた。


「レイ、何の真似だ?」


 マーベリックが厳しい口調で詰問するとレイは何食わぬ顔で銀髪をなびかせた。人を食ったふてぶてしい態度は前回と同じである。


「ずいぶん困ってそうじゃないか?」


レイは余裕のある表情で二人を見た。


「1週間かけて『成果なし』オヤジにそう報告するのか?」


オヤジとは包帯で顔を覆った男、レイドル侯爵の事である。


それに対してマーベリックは淡々と答えた。


「何か知っているのか?」


それに対してレイはニヤリとした。


「俺は二ノ妃を追っている、そしてその動向を探っているうちにパストールに行きついた。」


レイがそう言うと角刈りがそれに反応した。


「二ノ妃さまはトネリア出身だ。トネリアの豪商パストールと懇意にしていても不思議はない。」


角刈りが『すでにそんなことはわかっている!!』という口調で答えるとレイはニヒルな笑みを見せた。


「知ってるか『灯台下暗し』って言葉?」


それを聞いたマーベリックはその眼を細めた。


「お前たちは二ノ妃が権力闘争に関わっていないと考えているのだろうが、果たしてそうか?」


レイは実に意味深な言い方で語りかけた。


「パストールは使えるものは何でも使うだろう、あの商人はただの商人じゃないぞ。俺はそれをトネリアで見てきている」


レイドル侯爵の草としてトネリアで潜伏していたレイはパストールという商業者の本質に気付いていた。


「レナード公も奴の事を分かっていない。ただの商人を顎で使うようにしていれば手痛いしっぺ返しにあう。」


レイはそう言うとマーベリックを見た。


「パストールは商人の顔をした狼だ。奴は普通じゃない」


それを聞いたマーベリックは顎に手をやった、熟慮するときのマーベリックの癖である。


「これで一つ『貸し』が来たぞ」


 レイは軽快にそう言うとその場にあったビスケット(マーマレードが表面に塗られている)を一つとって口に放り込んだ。



16

モンスルは籠絡した第四宮のメイドを使いさらなる票固めに勤しんだ。あまりにおおっぴらに活動すればマイラに睨まれるため、休日をうまく使って見えない所で付け届けを渡す方針をとった。


「モンスルさん、次はどうしますか?」


 そう言ったのはモンスルが最初に籠絡したメイド、ユリナであった。付け届けをもらうことを拒否していたものの、現金化できるチケットの魔力に取り付かれてしまった人物である。


「ユリナ、バイロンとリンジーをターゲットにして。あの二人の票がコントロールできれば大きな見返りがある。」


モンスルはそう言うとユリナにチケット(現金化のできる宿泊券)を一枚渡した。


「あの二人を落とせば、あなたの取り分も増えるわよ」


ユリナは奥ゆかしい表情を浮かべながらもモンスルのチケットをしっかりと握った。


                                *


ユリナはモンスルに言われた通り、バイロンとリンジーに接触しようと試みた。


『今日は休みね、あの二人の行きそうなところは……』


ユリナはすでにバイロンとリンジーの予定を把握しているようで、2人の行動を先読みしていた。


『確か、今日は時計台の広場で『食』のフェスティバルが開催されるはず……あの二人ならあそこに……』


 ユリナはそう思うと2枚目のチケットをゲットするべくバイロンとリンジーのいるであろうフェスティバル会場に向かった。



17

『食』のフェスティバルは盛況であった。平日であるにもかかわらず人出が多く、ひしめくようにして乱立した屋台には様々な品々が並んでいる。


「どれにするバイロン?」


リンジーがそう言うとバイロンは屋台を厳しい眼で見つめた。そこには屋台を吟味する厳しい姿勢があった。


『ヤベェ、いつもと違う……』


リンジーは睨み付けるようにして商品を値踏みするバイロンを見て思わず呻った。


一方、バイロンは狙いを定めると軽やかなステップを踏んで屋台を廻った。


『はは~ん、ぼったくり発見!!』


バイロンの眼には観光料金を吹っかけた豚のもも肉を串に刺した一品が映っていた。


『この金額は無理ね、高すぎる……それに炭焼きじゃない……』


 遠目の炭火で焼いた肉類は柔らかくジューシーに仕上がる。さらには炭の持つ吸着効果で獣臭が取れてハーブで風味づける必要はない。むしろ肉本来の持つ味を堪能できる。


 だが、屋台の焼き豚は鉄板で焼いただけで炭は用いていなかった。さらにはハーブに関してもなおざりでこだわりがあるようには見えなかった。


バイロンはそれを確認すると華麗にスルーして次の店へとその足を向けた。


『ほう――これはなかなか……』


 次にバイロンの眼に入ったのはアガタ豚のモツ煮込みであった。ワインに合う一品でダリスの飲み屋ではどこでも提供されるポピュラーなものである。


『臭みがなさそうね……』


 モツは内臓全般を指すのだが、どの部位も傷みやすいため鮮度のキープはなかなか難しい。さらに、鮮度のおちたモツは臭みが強く具材としてはきびしいものがある。


 だが、この屋台の煮込みからはモツ独特の匂いはするものの、くさみといったモノは微塵も感じられなかった。


バイロンは気になり寸胴を覗き込んでみた。


『ベースはニンニクとトマトか……他にも香草が入ってわね』


バイロンが香辛料の香りに興味津々の表情を見せると屋台の店主(亜人の中年女)が声をかけてきた。


「うちのは美味いよ、白モツの鮮度が違うからね!」


 モツは一般的に『赤』と『白』にわかれる。赤はハツ(心臓)やレバー(肝臓)のことで『白』は大腸、小腸、胃の事を指す。この店の煮込みは白もつのみを使った品らしい……


声をかけられたバイロンはその値段を見て思案した。


『ショバ代入ってるわね……』


 フェスティバルということもあり、通常料金に上乗せされた金額はリーズナブルとは言い難い……だがニンニクの香りはバイロンの食欲を刺激した。


『まあ、いっか、おいしそうだし……』


バイロンはそう思うと木皿に入ったモツ煮を一人前頼んだ。


                                 *


モツ煮は思いのほか美味でバイロンはおどろいた。


『これ、いけるわ……』


ニンニク、ごぼう、生姜で二重三重に臭みを抑え、さらに複数の香草(セロリ、バジルなど)で風味づけてあった。


『根菜類も入ってるから栄養バランスもいいわ……』


バイロンはモツを口に運ぶと咀嚼した。トマトソースが絡んだモツは旨味を残しながら独特の食感を展開する。


『やわらかいけど、しっかりしてる……』


 適度に煮込まれたモツは噛み切ることに造作ないものの、ブリンとした独特の歯ごたえがある。バイロンはかつて劇団で共に過ごしたラッツの言葉を思いだした。


『煮込んだモツはね、油が落ちてるから肉よりもカロリーが少ないんだ。それに美肌効果もあるんだよ』


バイロンはラッツの顔を脳裏に浮かべた


『……元気にしてるかな……』


 特に恋愛感情などはなかった少年だが、時折見せるラッツの気の利いた行動はバイロンにとっては実に助かるものだった。


『この仕事が終わったら、また劇団にもどりたいな……』


バイロンはモツ煮込みを掻き込みながらそんなことを思った。



 そんな時である、バイロンの視野に妙な顔で突っ立っているリンジーが映った。バイロンはいつもと違うリンジーの様子にピンときた。



『何かあるな……』


バイロンはそう思うと周りを見ながらリンジーにそれとなく近づいた。


                                 *


 バイロンの眼に入ったのはリンジーに話しかける女であった。モンスルの右腕となったユリナである、上品な紺色のチュニックを身に着け、その胸元には百合の花をかたどったブローチをつけている。


『あの洋服、仕立ててある……それに生地に光沢が……だぶん絹だな』


バイロンはユリナの身につけた衣服がメイドの給料で何とかなるものではないと確信した。


『あのブローチは……レドナね』


『レドナ』とは貴族の婦女子に人気のある宝飾店のことである。一つ一つ職人が手に掛け手造るブローチや細工物は高値が付き、庶民には手が出るものではなかった。


『すごくいいものを身に着けてるけど……やっぱり……アレか……』


バイロンはユリナの挙動を確かめながらリンジーとの会話に耳を馳せた。



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