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第四話

さて、その頃、レナード公爵はキャンベル海運の当主、キャンベル卿とパストール商会の会長、パストールを招いて密談を行っていた。


「此度、執事長の選挙が行われると」


パストールがビール樽のような体をゆすってそう言うとレナードは小さく頷いた。


「執事長のポストは我々にとって重要だ。あそこには宮の情報がすべて集まる。メイドやバトラーだけでなく民間業者や他の貴族の動向もわかる。あそこをおさえておけば、今まで知りえなかった情報が手に入る。」


レナードはそう言うと机の上にあった葡萄酒を二人のグラスに注いだ。


「ここで話すことは内密に」


レナードはそう言うと二人に顔を近づけるように言った。


                                *


「なるほど……」


キャンベル海運の当主、キャンベルはそう言うとレナードを見た。


「第一宮のバトラーとメイドが選挙に出られなくなった今は、サマンサとポーラの一騎打ちになる、票を持つメイドたちを買収して、我々に都合のいい方に執事長のポストにすわらせる。そう言うことですね―――」


キャンベルがそう言うとパストール商会の会長、パストールが続いた。


「抜かりのない方針ですね、まるで商人のようだ……ですが、問題もあります。第四宮の票です」


パストールは商人らしい発想を見せた。


「第四宮の28票がどう流れるかで執事長選挙の行方が決まります。効果的な買収をしないと、我々の望む方向とは逆に行くかもしれませんぞ」


それに対してレナードはほくそ笑んだ。


「わかっていないようだな、諸君?」


レナードはそう言うとニヤリと嗤った。


「どちらに転んでも我々がその果実を手に入れられるようにすればいい。」


レナードがそう言うとキャンベルが『なるほど!!』という表情を浮かべた。


「両方とも買収するつもりですね。」


それに対してパストールが苦虫を潰したような顔を見せた。


「付け届けという形でメイドたちを買収するにしても、サマンサとポーラの両方をおさえるとなると金額は大きい……ムダ金は払いたくないですな……」


 パストールは付け届けという名の買収を行う上で費用を負担させられることに釘を刺した。そこには抜け目のない商人の打算が浮かんでいる。


それに対してレナードは同じく打算的な眼で応酬した。


「現在、ダリスの保険業務は海洋保険以外にもある。その保険業務の残りをパストール商会に担ってほしいと考えている」


レナードがそう言うとパストールは生唾を飲み込んだ。


「陸路の保険もうちに任せてもらえると……」


 輸送に関する陸路の保険は海洋保険とは違い、その規模は大きい。仮にそこに食い込むことができればパストールとしては十分すぎるほどの果実が手に入ることになる。


「すばらしいお考えですな」


パストールがそう言うとレナードは卑しく笑った。


「この件がうまくいけばな」


言われたパストールは『悪くない』という表情を見せた。それを見たレナード公爵はキャンベル海運の当主に目配せした。


「執事長のもたらす情報は他の貴族の動向を探るうえで役立つ。言うまでもなく帝位に関する情報もだ。」


レナードはそう言うとキャンベルを見た。


「私が帝位につけば、お前の地位も今とは比べ物にならんぞ。伯爵という立場が公爵になるのは間違いない!」


伯爵という中間管理職のような貴族のキャンベルはそれを聞くと鼻息を荒くした。


「キャンベルよ、うまく立ち回ってくれ、そうすればお前の未来は明るい!」 


「御意!!」


言われたキャンベルは即答するとニヤリと嗤った。


                               *


2人が出ていくと、レナードのもとにルーザが現れた。


「お前の勘案なかなかのものだ。」


言われたルーザは『ありがとうございます』と答えた。


「メイドたちを買収させる資金をパストールに出させ、さらにはキャンベルに実行部隊として立ち回らせる。私はここで座っているだけだ。」


言われたルーザはククッと嗤った。


「仮に失敗しても、我々が非難されることはない。キャンベルかパストールのどちらかを切り捨てられるだけだ。」


レナードは実に不遜な表情を浮かべた。


「もうすぐ帝位につくお方が執事長のポストを巡っての諍いに、わざわざ顔を出す必要はございません。」


ルーザがそう言うとレナードはその肩を引き寄せた。


「これからも私の知恵袋として働いてくれ」


レナードはそう言うとルーザのまとっていたストールのような着衣の胸元に手を滑らせた。


ルーザはレナードの手を厭うことなくその耳元でささやいた。


「レナード様、もう一つ、お耳に入れたいことが……」


ルーザの企みのある表情を見たレナードは奸計に長けた女の表情に光明を見出した。


「そうか執事長のポストにはカラクリがあるのか……」


高級貴族としても知らぬ情報はないと思っていたレナードであったが、ルーザのもたらした情報は全く持って想定外のものであった。


「そのようなものがあるなら、こん度の選挙は何があっても容喙ようかいを挟まねばなるまい」


ルーザのもたらした情報により執事長というポストの持つ真の重要性に気付かされたレナードは実に不遜な笑みを浮かべた。


「この選挙、面白くなりそうだな!!」


レナードはそう言うとルーザの腰を引き寄せ、その唇を奪った。



選挙まで2週間を切ると、第四宮ではソワソワとするメイドたちの様子があらわになった。付け届けに関するやり取りも具現化し始め、すでに業者(執事長の権限で決定される公共事業の入札者)とやり取りする物もチラホラと現れていた。


キャスティングボートを担う第四宮のメイドたちはその票をあてにする様々な人間によりあの手この手で懐柔されはじめたのだ。


以下はその時のやり取りの一部である。


『今度の選挙でポーラさんを推してほしい、もしポーラさんが執事長になれば君には何らかの見返りがある。』


『来週の投票はサマンサさんに。そうすれば……何らかの便宜が』


なかには付け届けの一部を前もって渡そうとする人間もいた。


『これは老舗宿の宿泊券チケットなんだけど、これを換金すればそれなりになるよ。もしポーラさんが当選すればこれを後5枚、いや10枚だしてもいい』


すでに買収されている庭師もいるようで、そのチケットを第四宮のメイドたちに配ろうとする者もいた。


『これ葡萄酒なんだけど、サマンサさんを応援してくれればプレミアのついた年代物を何本か用意してもいい』


第四宮の中ではチケットや物品を用いた付け届けが横行し始めていたのである。


                               *


だが一方で、その状況は第四宮をおさめるメイド長、マイラにとってはゆるし難いものであった。


『このままでは風紀が乱れる……そうすれば誉れあるメイドのプライドが毀損する……』


マイラ自体、付け届けを送ってこようとする輩の懐柔を受けていたが、さすが宮長という立場で受けるわけにはいかず睨み付けて追い返していた。だが、他のメイドたちは別である……


『……必ず誰か『落とされる』人間が出るわ……そうすれば、それに影響されて他のメイドたちも堰を切ったように付け届けをもらうはず。そうなる前に手を打たないと……』


マイラはそう思った。


『それに私の監督責任も問われる……』


付け届けが露見すればマイラの立場は悪くなるのは必至である。


『何とか付け届けをうけないようにさせないと……』


マイラは渋い表情を見せた。


                                *


 だが、そのマイラの思いはその日の夕方、業務が終わった後に甘いと知らしめられた。夕食が終わり、メイドたちのゴールデンタイム(メイド達がくつろぐいでキャッキャッウフフの噂話を展開する休憩時間)にもかかわらず異様なほど食堂に人がいないのである。


『おかしいわ……』


 この『ゴールデンタイム』はマイラにとって通常では報告されない事が確認できる時間のため重要なのだが、食堂は沈黙に覆われ閑散としている……


『マズイわね……調べてみるか……』


マイラは直感的にそう思うとカンテラを持って夜の帳が下りた中庭へと足を進めた。


                               *


一方、同じ頃……


 バイロンとリンジーは『付け届け』の話がどうなっているのか気になり第四宮から10分ほど歩いたところにある『逢引きの里』と呼ばれる場所に向かおうとしていた。


『逢引きの里』とは木々と藪に遮られた人目につきにくい中庭の一角なのだが、庭師やバトラーとメイドが逢瀬を重ねる場所として宮中では知られている。中には警備隊の隊員とつきあうメイドもいるため、警備隊もこの辺りのパトロールだけはなおざりになっている……付け届けが渡される場所としては最高の立地である。


「私の情報では、ここで付け届けに関するやり取りが行われてるって――逢引きに見せかけてるけど、実際はそうじゃないって」


リンジーはどこからともなく手に入れた情報をバイロンにそう言うとその眼を光らせた。


「いろんなところから『話』がきてるみたいよ」


リンジーにそう言われたバイロンは『付け届け』に思いを馳せた。


『マーベリックにはもらうなとは言われてないし……どんな様子か見るくらいは別にいいわよね……』


2人は興味津々の表情を見せると逢引きの里にイソイソと向かった。その眼は獲物を狙うジャッカルのように鋭いものであった。




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