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第十六話

55

リックが穏やかな表情でパトリックを見つめると、それに対してパトリックは優しい視線を投げかけた。


『安心して下さい、リックさん』、パトリックの表情にはそんな文字が浮かんでいる。


リックはホッとした表情を浮かべるとその場に座り込んだ。



―――だがそれも束の間であった―――



パトリックはゲイツに向き直ると発言した。


「サルタンが死んだのは事故ではありません。サルタンはそこにいるリック看守によって谷に突き落とされました。我々、3人はその時の様子をつぶさに見ています。」


『……えっ……』


まさかの発言にリックはその眼を丸くした。


『……どういうことだ……』


リックはそう思ったが、パトリックはそれを無視して涼しい顔で続けた。


「サルタンを口封じし、直訴状に関わる案件を闇に葬ろうとしてた実行犯はリック看守です。」


その発言を耳にしたゲイツはその眼を大きく見開いた。


「冗談ではあるまいな――」


 ゲイツがそう言うとパトリックは淡々とした口調でサルタンの死体が見つかるであろう『ゴミ捨て場』の位置を語った。


「彼の遺体はそこにあるはずです」


パトリックはそう断言するとリックに天使の微笑を見せた。


                                *


その瞬間である、その場にいたリックが目の色を変えた。



「何言ってんだ、お前……黙ってくれるって言ったじゃないか……」



リックは震えながらかすれ声をあげるとパトリックに詰め寄った。


「本当のことを話せば、『あのこと』は伏せてくれるって……バラクと看守長の横暴を告発すれば……助けてくれるって言ったじゃやないか!!!」


その様子は実に醜い―――小心者の見せる表情は醜悪極まりないものであった。


だが、それに対してパトリックは何食わぬ表情を見せた。


「何の話ですか? 僕はサルタンを突き落すあなたは見ましたが、あなたと約束した覚えはありません」


パトリックがそう言うとリックは怒髪天の表情を見せた。


「伏せるって言ったじゃないか『あのこと』は!!」


リックが絶叫すると、今度はゲイツが声を荒げた。


「『あのこと』とはどういう意味だ!!」


ゲイツは聞き捨てならない単語にその表情を歪ませた。


「お前、まさか本当に少年受刑者を殺したのか?」


ゲイツに詰められたリックはその唇をワナワナと震わせた。


「いえ……あれは……俺は悪くないんです……バラクと看守長がヤレって……言われただけなんです」


 リックはそう言ったが、その体は震えていた……逆上して正常な思考ができなくなったためポロリと真実の欠片を吐露してしまったのである。


その言葉を聞いたゲイツは確信した。


『この看守……人殺しまでも』


ゲイツはリックの表情を見て、絶望感をあらわにした。


                                 *


 一方、そのやりとりを見ていたパトリックは『うまくいった……』という表情を浮かべた。リックを精神的に揺さぶることでリック自身に己の所業を自白させることに成功していたのだ。


『これでいい』


直訴状のねつ造から始まった一連の事件はリックの言動により明るみとなっていた。


                                 *


さて、それで収まらないのはリックである、感極まったリックはパトリックに対して激高した。



「お前、騙しやがったな!!!」



鉱山にリックの怒号が響く、鬼気迫ったその声は落盤をひきおこすのではないかとおもえるほど猛々しい。


だが、パトリックはそれに対して涼しい顔で切り返した。


「リックさん、俺たちは人殺しとは手を組みませんよ」


その顔は実に厳しい、今まで見せたことのない冷徹さがある。


「前科のある人間でも最低限の倫理は持ち合わせている。あなたのように人を殺して何食わぬ顔で切り抜けようとするほど、俺たちは落ちぶれていない!!」


 リックはそれを聞くと咆哮した、そして脱臼している肩のことなど忘れて警棒を振り上げた。すでに破れかぶれなのであろう、その眼は狂気に彩られている。


「テッドを死に至らしめ、サルタンを突き落としたあなたは心弱き愚か者です。そんな鬼畜とは取引はしません。すべてはあなたのひとり相撲ですよ!!」


パトリックが突き放すとリックは奇声をあげてパトリックに襲い掛かかろうとした。



56

その時である、ガンツが立ち上がるとその手を上げた。周りにいた少年たちはそれを見るとパトリックの前に出た。さらには後方から警棒を振り上げたリックを取り囲む―――


「これでもやりますか、リックさん?」


ガンツ派閥の少年に取り囲まれてメンチをきられたリックは多勢に無勢の状況にフラフラになった。


「う、う、う……そんな……」


リックはそう言うとその場に崩れ落ちた―――己の所業が生み出した腐ったよどみに飲み込まれた瞬間であった。



 抜けるような青い空、赤茶けた大地、禿げ上がった山々、この3つが溶け合うブーツキャンプでは想定外の事態が展開していた。



ゲイツは思った、


『どうなっているんだ、ここは……』


ゲイツの心中は甚だしく穏やかでなかった。


                                *


 この後、サルタンの死体が見つかると事態は収束の方向に向かった。ゲイツはバラクと看守長を更迭すると、その後リックに声をかけた。


「お前はもう罪人だ……看守でもなんでもない」


 心の弱さにつけこまれ、取り返しのつかない間違いを犯したリックはその人生を看守として監督する立場から、囚人として監督される立場へと追い込まれた。今までと全く逆の人生を歩むことになったのだ……


 ゲイツにとどめを刺されたリックは呆然自失となると涙を流しながら無意味に笑った。その姿には正常な人間の精神は宿っておらずケタケタと笑う様子は廃人そのものであった。


パトリックはその姿を見ると厳しい表情を見せた。


「人は間違えるとこうなるんだ」


 パトリックがそう言うとミッチ、ガンツ、アルは何とも言えない表情を見せた。二人の人間を死に至らしめたリックであったが、心を壊したその姿はあまりに悲惨に見えた……


 だがパトリックは厳しい表情を崩さなかった。そこにはケジメをつけることに徹底した男の姿があった。


 陰りゆく太陽の残り香がパトリックに降り注ぐ―――その姿を見た3人はパトリックがブーツキャンプの頂点に立ったことをその眼に焼き付けた。



57

一連の騒動が終わり、再びキャンプに日常が戻った。くそ不味い昼飯を終えて、いつものようにガンツとミッチがパトリックの所に行くとグラウンドでパトリックとアルがフットボールに興じていた。


「今回もすごかったな……」


ガンツが一連の出来事を思い起こしてそう言うとミッチがそれに答えた。


「そうだね、サルタンは死んだし、リックは廃人……テッドの仇もとれたんじゃないかな」


ミッチがそう言うとガンツが懲罰室でのことに触れた。


「パトリックのヤツ、いきなり懲罰室で倒れてよ……俺、スゲェ焦ったんだ……だけどあれも演技だったんだな……」


ガンツは懲罰室で倒れて頭部をぶつけたパトリックの所業にふれるとミッチが反応した。


「医務室でも呆けたふりしてずっと様子を見てたんだよ、パトリックは俺たちの想像を越えてる」


「『敵を欺くにはまず味方から』あの言葉通りだな」


ガンツはそう言うと今度は医官のネイトに触れた。


「ネイトがあの時、こっち側につかなかったら……危なかったよな……」


ガンツが視察時に抜群のタイミングでやって来たことを言うとミッチも同意した。


「あの時、ネイトが発言しなければ都の視察団も俺たち無視しただろうしね……それに下手をすれば騒乱罪でパトリックは訴追されていただろうし……」


ミッチがそう言うとガンツがおもむろにその顔を近づけた


「あの時、一瞬だけどネイトのヤツ……パトリックに変な視線を送ってただろ?」


ガンツがそう言うとミッチも頷いた。


「顔が赤くなってたよね……」


2人は顔を見合わせると意味深な表情を見せた。


                                 *


そんな時である、2人に声がかかった。


「どうしたんだ?」


パトリックはそう言うと二人に視線をやった。


「なあ、パトリック、どうやって医官のネイトをたらしこんだんだ……」


ガンツが不思議そうな顔で尋ねるとパトリックはフフッと嗤った。


「アイツは普通じゃない。それをうまく利用したんだよ」


そう言ったパトリックの表情は実にあくどい……


ミッチはそれを見てアルの方に視線をやった。アルも興味津々なのだろう、パトリックの言動にその耳を傾けた。


それを感じたパトリックは3人に近づくように言った。


「ネイトは同性愛者ホモだ。ホモは普通の男女間よりもはるかに愛情が深いんだ」


パトリックはそう言うと3人を見回した。


「医務室にはいろいろな道具があってな――」


パトリックはそう言うと罪深い笑みを浮かべた。



「それで調教してやったんだよ」



『調教』という言葉の具体的な内容はわからなかったが3人はその言葉の中にある不道徳な響きに思わず沈黙した。


 近づいてきたネイトを呆けたふりをして毒牙にかけたパトリックはネイトを『調教』することで完璧に落としていたのである。


「おかげで視察団の前で有利な証言をしてくれた、証拠つきでな」


パトリックがそう言ってほほ笑むと話を聞いていた3人はその表情をこわばらせた。


『……よかった、パトリックが仲間で……』


彼を敵に回した時の恐ろしさを感じた3人は身震いした。


                                 *


そんな時である、パトリックがアルに向き直った。


「今回は世話になった、お前の助けがなければ厳しい結果になっていた。」


サルタンに懐柔されたアルであったが土壇場でサルタンから離れると、パトリックの方に舵を切っていた。


「鉄砲水で落盤が襲ってきた時に助けてもらった義理があるからね、命を拾ってもらった人間を無下にはできない……」


アルはそう言うと朴訥とした口調で続けた。


「それに、ベアーが助けた人間なら信用できると思ったんだ、アイツが見込んだ男なら……」


アルがそう言うとパトリックはその美しい表情を破顔させた。


「……そうか……」


言われたパトリックはベアーに思いを馳せた。


 ポルカでの事案(パトリックがブーツキャンプに収容される契機となった事件)、ひと月前に起こったブーツキャンプでの白金盗掘事案、そして今回の出来事―――すべてにおいてベアーの介在がパトリックの窮地を救っていた。


「アイツには一生頭が上がらないな……」


パトリックはそう言うとアルの肩を叩いた。


「とにかく、お前がサルタンの事を教えてくれた結果―――今の俺たちがいるんだ。」


パトリックがそう言うとミッチとガンツが頷いた。


「ああ、よくやってくれた」


2人はそう言うとアルの背中を叩いた。


それを見たパトリックは突然、声を張り上げた。



「ビッグティッツ 万歳!!!」



 その声にはアルを『仲間』として認証する意味が込められている。それを察したガンツもミッチもすぐに復唱した。



「ビッグティッツ万歳!!!」



それを聞いたアルは唖然とした。だがその胸に込み上げるものは彼らと同じ思いであった。



「ビッグティッツ万歳!!!」



 不毛な土地でつちかわれた少年たちの誓いが青空に響く―――ベアーの紡いだ『友の輪』はアルをその結び目としてブーツキャンプで大輪の花を咲かせていた。





ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。これにてパトリック編の2章は終わりとなります。


もしよろしければ感想を残していただけるとうれしいです。感想の力は作者にとって何よりもやる気を引き起こす魔法(ビッグティッツと同じくらい)でございます。


さて、次回ですが……バイロン編を予定していますが、ひょっとしたらパトリック編の3章を先にやるかもしれません。(未定)年末は忙しいので来年の一月からを予定しています。


ちょっと早いですけど、


皆さん、良いお年を!!!

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