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第十五話

52

バラクは想定外の事態に下唇を噛んだ。


『何てことだ……』


まさかの土壇場でゲイツが戦略の変更をするとは考えていなかった―――パトリックが騒乱罪で逮捕されるとほくそ笑んだのも束の間、現実はその逆の方向へと展開した。


『このままでは出世どころか……私は終わりだ……』


バラクはそう思うと小太りの体を揺らした。


『こうなれば、こちらも戦略変更だ!』


バラクはそう思うと早速行動に移した。


                                *


バラクは瞬時に涙を浮かべるとゲイツに真摯な表情で訴えた。


「こんなひどいことを行う看守がいるなんて……私は哀しい」


バラクは二重あごをタプタプさせると看守長を見た。


「一体、お前は何をやっているのだ、看守長!!」


 バラクは看守長を怒鳴りつけると自分の行いをすべて看守長に擦り付ける算段へと方針転換した。状況が変わるや否や、自身の保身に100%の心血を注いだのである。


「お前は、私の知らない所でとんでもないことを!!」


 バラクはバカではない、現場の人間にすべて擦り付けられるように意図的にめぼしい行動はとっていなかった。さらに幸運なことにすべてを知るサルタンは既にこの世にいない、何を言おうとも裏を取られる心配がないとおもっていた。


『看守長、悪いがお前には私の犠牲になってもらう!!』


バラクはそう思うとすべての責任を看守長とこの場にいないリックのせいにすることにした。



53

さて、それを見ていたガンツであったが浅ましいという言葉を通り越したバラクの清々しいクズさ加減に反吐がでそうになった。


『……何なんだコイツは……』


この期に及んで身を翻し、なんとか生きながらえようとするバラクの姿は潔さとは縁のない極めて醜いものであった。


だが、その一方でバラクの弁舌は巧みで前科者の少年や看守レベルでは太刀打ちできるものではなかった。


『……狡いやつだ……』


ガンツはすこぶる不愉快な表情を浮かべた。


一方、それ対して何食わぬ顔でその光景を見ている少年がいた。少年は醜態をさらすバラクを見て実に不遜な笑みを浮かべた。


ガンツはそれを見るとその少年に体を寄せて耳元で声をかけた。


「パトリック、俺たちの勝ちだ。筆跡鑑定すれば直訴状が偽物だってわかる。後は向こうが勝手にやってくれる……」


ガンツがそう言うとパトリックは『フフッ』と嗤った。その美しい横顔には悪魔の翳りが覗いている……


「まだだ」


パトリックがそう言うとガンツは怪訝な表情を浮かべた


「今から始まるんだよ!」


そう言ったパトリックの表情は実に不遜であった。



54

この後、サルタンを使って直訴状を書かせたことが簡易的な筆跡鑑定により確認されると視察団の一員は実に不愉快な表情を浮かべた。


「バラク館長、お前の責任は甚だしく重いぞ、監督責任どころではない!!!」


 ゲイツにどやされたバラクは小さくなってシュンとした。だが直訴状の偽造はあくまでサルタンと看守長が行ったものだと主張した。サルタンが死んでいるため何を言っても部下の責任に出来ると踏んだのである。


 一方、それに対して土壇場で切り捨てられた看守長はその顔色を変えて激高したが、弁の立つバラクに翻弄されると共同正犯であることを立証できなかった。すべては口頭でのやり取りのため看守長の主張を担保する証言や証拠がなかったのである。


 さらに看守長はバラクにより看守たちとの間で行われていた『賭け事』がばらされ、その人間性までも否定されるという事態に陥っていた……


ゲイツはバラクの言葉を耳にすると看守長に対して厳しい目を向けた。


「違う、全部、バラク館長が、館長がやれって、サルタンのことだって館長が!!」


看守長が必死の発言をするとバラクが反論した。


「看守長は違法である賭け事をしていた人間です。彼は今回の失態を私に擦り付けようとしているのでしょう。」


二重あごをプルプルと震わせて何食わぬ顔でバラクはそう言った。


「ゲイツ様、このような部下を持ったことは全く恥ずべきことでございます。ですが直訴状を偽造しろなどとは言っておりません、天地神明に誓います!!」


バラクの迫真の演技は国立歌劇団の役者よりも迫力がある、ゲイツはそれに押されると看守長に向き直った。


「君の状況は思ったよりも悪いぞ……証拠がなければ無理だ」


ゲイツがそう言うと看守長はその場に崩れ落ちた。責任を擦り付けられ反駁できないその姿は『あわれ』としか言いようがない……木端役人の惨めな姿は何とも言えないものがあった。


                                *


そんな時である、タイミングを見計らったようにパトリックが声を上げた。


「看守長の言ったことは間違っていないと思います。」


パトリックはさわやかにそう言うとゲイツを見た。ゲイツは再び不愉快な表情を見せるとアゴで『続けろ』と示唆した。


「では、それを証明する人間をお連れします」


 パトリックがそう言うと坑道の奥からミッチとアルに連れられてリックがやって来た。リックは脱臼した肩をおさえながら歩いて来る。


そのリックの姿を見たバラクと看守長は顔色を一変させた。リックが何を言い出すかわからないため不安感が滲みだしたのである。


                                *


こころもとない表情を見せたリックはゲイツを見るとその足元にすり寄り、その眼をウルウルさせた。


「すべてはバラク館長と看守長が命じたものです。バラク館長が自分の査定をよくするためにサルタンに直訴状の偽造を命じたんです……」


リックはパトリックに言われた通り、あったこと全てを正直に話した。素直に話せば情状酌量が得られると思っているためである。


「テッド ギブンスが事故で死んだのも、バラク館長が自分の査定をよくするために作業を急がせたのが原因です。私はそのせいで安全確認を怠りテッドを……」


リックが涙ながらに続けると、それを見ていたゲイツが口を開いた。


「テッドの事はわかった。バラクの圧力があったということだな。そしてその結果お前が事故を引き起こす要因を造ったということか」


ゲイツがそう言うとリックは深く頷いた。


「よく正直に話してくれた……お前の発言はこの場で唯一、信用できそうだ。」


ゲイツが疲れた表情でそう言うと、バラクは言葉を無くしてその眼を大きく見開いた。


「何を言っているんだ、お前!!!」


自分の描いた『ストーリー』が瓦解してゆく状態にバラクは二重あごをプルプル言わせて反論しようとした。


だが、ゲイツはバラクを手で制した。


「受刑少年がサボタージュをおこなっている現状は普通ではない……お前の言動は信じられん」


ゲイツに吐き捨てられると、バラクはその表情を崩した。そこには絶望感が満ち満ちていた。


                                *


ゲイツはリックを真正面から見た。


「直訴状の事はお前の話でだけでは納得できない……一つ尋ねたいことがある。」


ゲイツはそう言うとこの案件の核心に触れた。


「サルタンという少年はどこにいる?」


バラクの命令で直訴状をねつ造した本人の意見を聞くためにゲイツがサルタンの所在を確認しようとした。


リックはそれに対して沈黙するとその肩を震わせた。


「黙っていてはわからんぞ?」


 ゲイツが厳しい表情で詰めるとリックはパトリックの方に視線を送った。その眼には『助けてくれ』という思いがありありと浮かんでいる。当然であろう、突き落したサルタンについて話すことはリックにとって命取りになりかねない……


パトリックはそれを察すると『心配するな』という温かい視線を送った。その背中には罪人に糸を垂らして助けようとする仏のような後光がさしている……


「ゲイツ様、意見具申いたします!」


パトリックがそう言うとゲイツは鋭い視線をパトリックに向けた。


「サルタンの事を知る人間がこの場には3人います。」


 パトリックはそう言うとミッチとアルそして自分自身の名をあげた。そしてゲイツに目をやって妙に哀しげな表情を浮かべた。


「……実は不幸なことにサルタンは死にました、崖から落ちて……」


 それを聞いたリックは安堵の表情を浮かべた。事故で死んだと証言してくれる約束をパトリックが果たしてくれるとおもったのである。


『3人で証言してくれれば……俺の潔白は硬い……』


リックはそう思った。


『俺だけは助かるんだ……よかった……』


リックの不安感は完璧なまでに払しょくされていた。



この後、リックはどうなるのでしょうか、助かるのでしょうか?


この章は次回で終わりとなります。

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