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第十四話

48

息を切らせて看守の1人が走ってくると大声を上げた。


「館長、館長、問題です!!」


その顔は引きつっている、明らかに不測の事態が発生したことを知らしめている。


「落盤か?」


看守長がそう言うと看守は首を横に振った。


「受刑少年たちが……」


看守が正直にそう言った時である、ゲイツがその目を光らせた。


「よもや反乱ではあるまいな?」


尋ねられ看守は唇をピクピクさせた。


「いえ、そう言うわけではありません……」


キレの悪い看守の答えにゲイツは憤った。


「現場に案内しろ、この目で確かめる!!」


そう言うと視察団の団長ゲイツはバラクと看守長を無視して問題が生じている現場へと向かった。


その後ろ姿を見たバラクと看守長はよもやの展開に言葉を失っていた。


                                *


看守が案内した場所は採掘現場であった。


 そこではすべての受刑少年と看守たちが集まりに押し問答していた。警棒で少年を叩いて状況をコントロールしようとする看守の姿とそれに対して全く動じない少年たちの姿がゲイツの目に映った。


『一体どうなっている……」


ゲイツがそう思って状況を確認しようとすると、その眼に一人の少年がとまった。坊主頭に刈り上げた体の大きな筋骨たくましい少年である。


その少年は他の少年たちに指示を出しながら仏頂面で座り込むと一歩も動かなかった。


一方、その少年を見た看守長は言葉をなくしていた。


『そんな、アイツは懲罰室にいるはずなのに……』


看守長は少年の輪の中心にいるガンツが座り込んでいる姿に度肝を抜かれた。


『一体、どうなっているんだ……』


それはバラクも同じで目の前で展開する少年たちの姿に二の句を告げられなくなっていた。


ゲイツはそんな二人を捨て置くと少年の輪の中に入っていった。


                                 *


「これは一体どういうことだ?」


ゲイツは怒り心頭の表情を見せるとガンツに詰め寄った。


「騒乱罪は死罪になる、それを分かってやっているのか!」


 それに対してガンツは黙りこくった。そこには腹を据えた少年の強い意志がある。ガンツは沈黙を崩さず、ただじっと耐えた。ゲイツに圧力をかけられても屈することなくただ沈黙するガンツの姿は彫像のようであった。


                               *


『パトリック、これでいいんだろ』


 昨晩、アルの協力を得てピッキングを成功させたミッチの尽力により、ガンツは懲罰室から秘密裏に脱出していた。そしてその足でパトリックと合流したガンツはパトリックの計画の全貌を知らされていた。


『うまくいってるぞ、パトリック……』


 そして今日の早朝、ガンツはすぐさま行動をとると派閥の少年たちをコントロールして意図的に作業をボイコットするように命令していた。


 ガンツ派閥の少年たちは思わぬガンツの登場に歓喜すると、今までの看守の横暴に対する怒りを爆発させると、ガンツの指示通りにすぐさま行動に移った。


 ガンツに対して全幅の信頼を置く派閥の少年たちは他の受刑少年たちにも圧力をかけるとタイミングよく視察団の到着と同時に作業を怠るようにたち廻った。


                                 *


 そして現在、視察団のゲイツは鉱山で少年たちが座り込んで作業をボイコットする様を見せつけられていた。


『何が起こっているんだ……』


ゲイツは相も変わらず沈黙を続けるガンツを見ながら状況の把握に努めた。



49

その時である、坑道の中から1人の少年が現れた。見目麗しい少年は声を張り上げるとよく通る芯の強い声が辺りに響いた。


「ようこそおいでくださいました。視察団の皆さま!!」


少年がそう言うと視察団の一団は少年を見た。


「我々は作業に対するサボタージュをおこなっています。血なまぐさい行動をとるつもりは毛頭ありません」


少年はそう言うとゲイツのいる所にしっかりとした足取りで向かった。


「囚人番号:007890 フォーレ パトリックと申します。」


 たなびく金髪、すっと通った鼻筋、物憂げな瞳、誰が見ても美少年である。だが彼の背中からあふれるオーラには黒い翼が生えている。ゲイツはそれを感じ取るとその顔を歪ませた。


『久方ぶりに骨のありそうなガキだ……だが私は甘くはないぞ』


ゲイツはそう思うと実に不遜な眼をパトリックに向けた。


「貴様、囚人ごときが視察団の団長に物申すとは覚悟はできているのだろうな!」


ゲイツがそう言うとパトリックは涼しい表情で切り返した。


「もちろんです」


その口調には傍若無人とも思えるふてぶてしさと自信があふれている。


それを挑戦状と受け取った視察団団長のゲイツは口ひげを撫でた。


「サボタージュを指揮した理由を聞こうか、正当な理由がなければ死罪もいとわんぞ」


そう言ったゲイツの表情は実に柔和であったが、その眼は嗤っていない。本気であることを知らしめた。


一方、パトリックは相も変らぬ表情でそれに答えた。


「結構です」


パトリックがそう言うと2人の間に火花が散った。


 異様な空気がその場を覆うと少年たちも看守たちも想定外の展開に誰一人としてその場を動けなくなっていた。



50

パトリックはバラクを中心とした看守の横暴を記した直訴状を懐から出すとゲイツの前に差し出した。


それを見たゲイツは鼻で笑った。


「一度、直訴状を提出すれば半年は待たねばならん。お前の直訴状を受け取る理由はない。」


 ゲイツがそう言い放つと視察団の1人がギブソン テッドの名で提出された直訴状を見せた。『すでに直訴状は受けとっている』という意味でわざと提示したのである。


いきなり勝負あったと言わんばかりの状況が訪れるとバラクと看守長はほくそ笑んだ。


『馬鹿が、2度目の直訴状が提出できるはずないだろ』


2人がそう思うとそれに反してパトリックはニヤリと笑みをこぼした。そして何食わぬ顔で意見具申した。


「その直訴状が偽物だったらどうなりますか。もし偽造した直訴状を視察団の方々が本物だと認識していたとなると、ブーツキャンプを視察して査定する立場として問題になるのではないですか?」


パトリックはそう言うとよく通る声で述べた。


「筆跡鑑定を求めます!」


それに対して視察団の若い青年(20代後半)がいきり立って反論した。


「お前に鑑定を依頼されるいわれはない!」


 受刑少年には筆跡鑑定を求める権利はみとめられていない。筆跡鑑定するか否かはあくまで監督者の立場で行政官が判断することである。それを知らしめるために視察団の青年はわざと声を荒げていた。


だがパトリックはそれに対して平然と答えた。


「半年後に提出できる新たな直訴状にあなた方の手にした直訴状が偽造されたものだと記せばどうなるでしょうか。当局の方はきっとその直訴状を調べるでしょう。そうすれば視察団のミスとして指摘されるかもしれません」


パトリックが静かな物言いで反論するとゲイツが舌打ちした。そこにはパトリックの言い分が正しいと判断せざるを得ない理由があった。


『こいつ、直訴状のプロシージャーまで知っているのか……』


 プロシージャーとは手続きや措置といった意味だが、パトリックは直訴状を書くだけでなくそれが受理されるまでの過程や、新たな直訴状の持つ効力まで理解していた。


 ゲイツはパトリックの知的水準の高さに苦虫をつぶしたような表情を見せた。だが、その一方で頭の切れるパトリックに対して不快な感情も生じていた……


『このガキをこのままにすれば、ろくなことは起こらない……』


 ゲイツはそう思うとパトリックに対して圧力をかけた。サボタージュを指揮した首謀者として拘束しようとしたのである。


「悪いが、お前の直訴状は受け取れない。現状の騒乱を指揮した責任のほうがはるかに重い!」


 ゲイツがそう言うと視察団の随行員が腰のショートソードを抜いた。陽光にきらめくショートソードの刃は実におどろおどろしい……


たが、パトリックはそれに対して相も変わらずの様子であった。そこには異様なまでの落ち着きがある……


『コヤツの自信……どこから来るのだ……』


ゲイツがそう思った時である、思わぬ存在が住居棟へと続く道から走ってきた。



51

それは医官のネイトであった。ネイトはパトリックを見て一瞬その頬を赤らめると、手にしていたギブソン テッドの健康診断書をゲイツに提示した。


「この診断書の署名欄は本人が記すものです。ですからゲイツ様のお持ちになる直訴状の署名と同じはずです。かりに診断書の署名と直訴状の署名が異なれば誰かがギブソン テッドの名を使って書いたことになります。」


ネイトは息を切らせてさらに続けた、


「直訴状の署名は提出する本人でなくてはなりません。すなわち署名がテッドの筆跡と同じでなければ、視察団の方が提示されたものは直訴状として価値がないものになります。」


医官のネイトがそれを指摘するとゲイツはその眼を歪ませた。


『医官の証言と書類……客観証拠として硬いな……』


ゲイツは神妙な表情を見せた。


『判断を間違えればこっちが危ない……』


ゲイツが自問自答するとその様子を見たパトリックが声を上げた。


「もし今ここで、視察団の方がお持ちになる直訴状が偽物とわかればあなたは偽造を見破った視察官になります。すなわち腐った看守の奸計を見抜き、キャンプで横暴を行う不逞の輩を見逃さなかった人物だと!」


パトリックはゲイツの中に眠る功名心を巧みに煽った。


「視察官は組織の自浄作用を図るための重要な役柄です。その業務を果たすことで組織が綱紀粛正されれば、ゲイツ様の『眼力』が証明されるのではないでしょうか?」


 視察官の仕事は看守や館長の行動を査定するだけでなく、不正がないか見ぬくことである。ひと月前に白金強奪事件があったこのキャンプで不正を見逃すことはゲイツとしても芳しくない……まして偽造の直訴状をつかまされたとなると有能とは言い難い。


パトリックの話を耳にしたゲイツはいかんともしがたい表情を見せた。


『………』


そして口をすぼめると看守長とバラクを見た。


「バラク館長、申し開きは?」


厳しい物言いでゲイツはそう言った、そこには明らかな戦略の変更が見て取れた。




物語はクライマックスに至りました。この後どうなるのでしょうか?

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