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第十三話

44

この後、アルに助けられたミッチがやってくるとパトリックはミッチを抱きしめた。


「すまない、遅くなって」


 言われたミッチは気丈にも元気そうな声を上げたが、その膝はガクガクしていた。肉体精神ともに疲労困憊であることは間違いなかった。


パトリックはそれを察するとミッチをおぶった。


「今までずっと呆けたふりをして様子をさぐっていたんだが、サルタンのことだけはわからなかった。」


パトリックはそう言うとアルを見た。


「だがサルタンが『もぐら』だとアルが教えてくれた。」


言われたミッチは何とも言えない表情を浮かべた。


「直訴状を提出する前に誤字脱字がないか確認したんだよ。その時に成績のいい奴に見てもらったんだけど……それがサルタンだったんだ」


ミッチがそう言うとパトリックは『なるほど』という表情を浮かべた。


「奴のやりそうなことだ。何食わぬ顔で近づき、人の背中に回って後ろから刺す。サルタンはそういう人間だ。」


パトリックはそう言うと神妙な表情を見せた。


「だが、もうサルタンはいない……」


パトリックが安心してそう言うとミッチが気になる質問をぶつけた。


「さっき、リックと取引してたけど……大丈夫なのか、あんなやつ信用できるのか?」


真摯な表情でミッチが問うとパトリックは何食わぬ顔で答えた。


「悪人にも善人にもなり切れない中途半端な奴は信用できない。周りを見ながら自分にとって都合のいい場所を探すことしかできないだろう。他人の顔色を窺って最後は一番悪い選択肢を選ぶんだ。」


パトリックが祖父ロイドの言った貿易商の哲学を語るとミッチとアルが怪訝な表情を浮かべた。


「俺は人殺しとは取引しないよ」


そう言ったパトリックの眼には黒い焔がやどっている―――それを見たミッチはいつものパトリックが戻って来たと思った。


ミッチはその後さらなる質問をぶつけた。


「ねぇ、パトリック、さっき協力者がいるって?」


それに対してパトリックは涼しげな表情で答えた。


「もうすぐわかる」


パトリックはそう言うとアルとミッチを見た。


「仕上げにかかるぞ、2人とも!」


パトリックはそう言うと明日の視察に向けての計画を話し出した。



45

その日の晩、看守長は焦り狂っていた。


『リックが戻っていない……』


 ミッチ、サルタンともに行方不明になっていることは芳しいことであったが肝心のリックも姿を消していた。


『どこに行ったんだ……まさか……アイツも死んだのか……』


 正直死んでくれればすべてを知る当事者がいなくなるためそれはそれで結構なことなのだが、死体がでなければ安心はできない。


『しかし、視察まで時間がない……だがリックを探す余裕はない……』


 視察団を迎え入れる準備があるため看守長は他の看守たちに指示を出さねばならない。さらには受刑少年の監督もある。人出を裂いてリックの捜索をする人員の余裕はなかった。


『どうすべきか……館長に報告するか……』


看守長はバラクの機嫌を損ねる報告をすることを迷った。


『あの二重あごにドヤされるのは御免だな……あとにしよう、視察が終わった後に』


看守長は責められることを厭うと報告を先延ばしにすることにした。


『視察さえ無事に済めば問題ない』


 リックの事が気にはかかるが、他の看守たちにバラクの計画を悟られるわけにもいかない。結局、看守長は悶々としたおもいをもったまま視察に向けての準備を続けた。


                               *


そんな時である看守の1人が血相を変えてやって来た。


「看守長、作業棟のほうで煙のようなものが!!!」


 すでに夜10時を回っている、誰もいない作業棟で煙が上がるはずがない。火事を恐れた看守長はその表情を歪ませた。


『クソ、この忙しいのに!!』


看守長は目の色を変えると看守たちを引き連れ現場に急行した。


                                *


 作業棟で上がっていた煙は資材置き場からであった。雨をしのぐためにかけたシートからくすぶるようにして出ていた。だがすでに炎は消えていてカンテラで現場を照らすと砂のかけられた後しか残っていなかった。


『どういうことだ……』


意味不明の出来事に看守長は首をかしげたが、とりあえずことが大きくならずに済んだことに若干安堵した。


『何かあるのか……まさかガキどもが……』


『いや、そんなことはない……点呼では問題なかった。』


内心不安になった看守長は懲罰室の監視をさせていた看守たちに見廻りを命じることにした。


『鍵も変わっているし、ガンツに関しては問題ないだろう……』


看守長はそう思うと声を張り上げた。


「よし、皆、撤収だ。明日の視察に向けて各員、準備を!!」


無駄な時間をとられたことに看守長は憤ったが、火事にならずに済んだこで事を納めることにした。


『リックは後まわしにしよう、とりあえずミッチとサルタンは死んだはずだ。それでいい』


点呼の時にミッチとサルタンがいなかったため看守長は『大丈夫だ』と確信していた。



46

翌日は快晴であった。


 雲一つない青空と赤茶けた大地は詩人がいればサーガの幕開けを謳ってもおかしくないほどの寂寥感に満ち満ちている。荒涼とした大地、連なるむき出しの鉱山、人が住むにはあまりに厳しい環境は咎人にふさわしい場所であった。


視察団の団長、ゲイツは眼前にそびえるキャンプのゲートを見ると口ひげを撫でた。


「さっさと終わらせよう、午後一番にここを出れば夕方には街に戻れる」


ゲイツは帯同した視察団の人員にそう言うと御者に『はやく行け』と顎で指示した。


                                *


ゲートをくぐり、馬車が停まるとバラク館長が二重あごをタプタプさせながらゲイツに近寄った。


「ようこそ、キャンプへ、このような辺鄙なところにご苦労さまでございます。」


恭しく頭を下げると視察団の団長ゲイツはそれを手で制した。


「さっさと済ませてしまおう」


ゲイツは鷹揚にそう言うと速く案内するように目で示した。


バラクはそれを察すると看守長に合図を送った。


「では、最初に作業棟をご案内します。」


バラクはそう言うと視察団を引き連れて少年たちが作業をおこなっている作業棟へと向かった。



47

バラクがドアを開けて作業所に向かうと、そこには思いもよらぬ事態が発生していた。


『……アレ……』


 なんと作業棟に誰もいないのである。通常なら作業に勤しむ少年受刑者とそれを監督する看守が100名近くいるのだが、バラクの眼前には作業を途中でやめたとしか思えないような状況が展開していた。


「誰もおらんぞ、バラク館長」


尋ねられたバラクは冷や汗をかきながら看守長を見た。


一方、看守長もまさかの展開に言葉をなくしていた。


『さっきまで作業をしていたのに……』


 ほんの20分ほど前には点呼を済ませた少年たちがそれぞれの作業に従事していた。だが看守長は目前には誰一人として存在していなかった。がらんとした作業棟には道具だけが散乱し、途中で何かあったとしか思えないような事態が生じていた。


『どうしたんだ、看守長!!』


バラクが看守長に目で圧力をかけると看守長は口から出まかせを吐いた。


「食堂で皆さまを迎える式典の準備に行かせております。だぶん看守が時間を間違えたのでしょう」


 ブーツキャンプでは視察団を迎えるときに少年たちを食堂に集めて訓示をたれるのだが、その行為の準備に勤しんでいると看守長は仄めかした。


ゲイツ団長は一瞬、怪しげな表情を見せるととりあえず頷いた。


「そうか、では式典を先に済ませるということだな」


ゲイツはそう言うと食堂に案内するようにバラクに言った。


                                *


 想定外の展開がブーツキャンプでは起こっている。何が起こっているかわからないバラクと看守長は恐る恐る、食堂に向けて足を進めた。


『何とか事態を把握しないと……』


看守長はそう思ったが、近くに確認するための看守がいない……


『一体どうなっているんだ……』


 看守長はキョロキョロと周りを見たが少年たちの姿もなかった。状況が確認できないため看守長はその表情を歪ませた。


そんな時である『不審』だと思った視察団の一人が看守長に声をかけた。


「何かおありですか?」


 言われた看守長は『ハハッ』と笑うとその場を繕った。だが看守長は関係のない世間話をすることだけしかできず、悶々とした気持ちをかかえたまま案内を続けるほかなかった。


『どうなっているんだ……』


 自分たちの箱庭であるキャンプが明らかに変貌している。理解できない状況に看守長もバラクもたじろいだ……だが、それを顔色に出すことはできない。二人は冷や汗をかきながら平静を装った。


 一方、看守長の見せる態度は視察団の人員に明らかな疑念を抱かせていた。ゲイツは甚だしく悪い印象を持ったが視察団の随行者に目をやると『とりあえず様子を見ろ』という方針を示唆した。


                                 *


一足先に食堂に着いた看守長は扉を開いて中を見た。だが……食堂でも恐るべき事態が待っていた。


『誰もいない……』


 歓迎式典の用意はされているもののここにも人がいないのである。中途半端な状態でなおざりにされた食堂は沈黙が支配していた。


看守長は、先ほどまで指示していた看守たちが一人もいないことに沈黙した。


『…どういうことだ…』


看守長がそう思った時である、視察団がタイミング悪くやって来た。


「これは、どういうことかな、館長?」


さすがのゲイツも疑いの目を向けた。


「何かサプライズでもあるのか?」


言われた看守長とバラクはそれに対してタジタジになった。


「いえ、その……」


 看守長がなんとか取り繕おうとしたがその顔色は青い……それを見たゲイツはその眼を細めた、そこには猜疑心がありありと浮かんでいる。


「これにはいかなる理由があるのだ?」


ゲイツがそう言って二人に詰め寄った時である、その場の空気を一変させる事態が生じた。



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