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第十二話

41

ミッチの手にその足を振り下ろそうとしたその瞬間、思わぬ事態がサルタンを襲った。


『………』


サルタンは想定外の事態に対処するどころか反応すらできなかった。


『何だ……一体……どうなってるんだ……』


 サルタンはバランスを崩すとそのまま谷に向けてダイブする格好になっていた。気付いた時には自分の体が中空に浮き、その体は谷に向けて落下の軌跡を描いている……


『嘘だろ……俺、落ちてんジャン……』


否応なく自由落下するサルタンの体は重力に引きずられてクレバス(谷間)へといざなわれた。


『おい……どうなってんだ……』


サルタンは必至になって体勢を変えた、そしてその瞬間すべてを悟った。


『あの野郎、やりやがった……』


 サルタンの眼に入った最後の光景は両肩を突き飛ばしたリックの姿であった。特別恩赦を夢見た少年は小心者の看守により『ゴミ捨て場』に突き落とされたのである。


                               *


 谷間に落ちたサルタンがどうなったか定かでなかったが『ドサリ!!』というすさまじい落下音がミッチの耳に入った。想像以上に大きな音は火薬玉が爆ぜたような音であった。


『……死んだな……』


 ミッチは瞬間そう思ったがサルタンの遺体を確認している余裕はない。現状を好転させるべく何とか体勢を立て直そうとした。


                                *


 一方、リックはその暇を与えなかった。体勢をなおす前に荷車を揺らしてミッチを振り落そうとしたのである。


ミッチはそれでも必死になって荷車の取手にしがみつくと振り落とされまいと歯を食いしばった。


リックはその様子を見ると声を震わせた。


「お前がサルタンを突き落したことにする。そして、その後、自殺したことにしよう……そうすればすべてが丸く収まる。」


リックはそう言うと荷車を揺らすのをやめた。


「これごと落せば速いな」


ひとりごちたリックは荷車ごと落そうと腰を入れた。


                                  *


再び絶対絶命の状況がミッチを襲う……


『クソ、クソ……こんな終わり方なのか……』


車輪が徐々に動き出し、荷車は谷へ向けての軌跡を描き始める。


ミッチは思った、


『終わった……俺の人生……』と、


一方、リックは絶望するミッチを見てその表情の中に希望を見出していた。


「悪いが、サルタンともどもあの世に行ってくれ。お前が死ねばすべては解決だ。」


リックは実にさっぱりとした物言いで言い放つと荷車を谷に落とすべく力を入れた。


「この件をうまく処理すれば事故は完璧に隠蔽される。そうすれば俺の地位も上がるんだ!」


リックは看守長に言われた出世の話をした。


「お前が死ねば、俺は……ここで……看守長に」


リックが感極まってそう言った時である、予期せぬ声が天から聞こえてきた。



42

「聞きましたよ、すべて!」


実に凛々しい声がゴミ捨て場に響く、


「バラク館長と組んでサルタンを殺害し、その罪をミッチに着せようとは不届千万ですね。看守としての倫理にもとるその浅ましさ、鬼畜にもとる人外の所業、この目でしかと見届けましたよ!!!」


そう言って暮れゆく夕日の中から現れたのは1人の少年であった。


たなびく金髪が風に揺れ、雅な雰囲気が全身から湧き出る。その立ち姿は犯罪者とは思えぬ優美さがあった。


「何故ここに……お前が……お前は頭がイカれて……」


全てを見られたリックがそう言うとその少年は凄味のある口調で答えた。


「協力者がいるんですよ」


そう言った少年の瞳は邪神が降臨したような昏い輝きをまとっている。


「どうされますか、リックさん、正直に非を認めるならあなたにチャンスをあげても構いませんよ」


 少年が意味ありげにそう言うとリックはその顔をひきつらせた。すべてを見られ、全てを聞かれたことで計画が一瞬にして破たんしたからである。


「………」


 リックはしばし沈黙するとサメの脳みそを振り絞った。そして周りを見回すと少年に向けて殺意を放った。


「こうなれば、お前もだ。サルタンの所に行け!」


逆上したリックは目撃者を排除するべく少年に向かって走り出した。


                                 *


その距離20m、少年は警棒を持って迫りくるリックを涼しい眼で見ていた。


                                 *

その距離10m、少年は相変わらずの涼しい眼でリックを見ていた。


                                 *


その距離5m、リックは何食わぬ顔で自分を見つめる少年に激怒した。



「パトリック、死ね!!!」


警棒は見目麗しい少年の脳天をめがけて軌跡を描く。


だが少年は警棒を避けるどころかリックの表情をつぶさに見ていた。その顔は哀れな仔羊を見る牧童のような雰囲気さえある……


「お前のその人を食ったような態度が許せないんだよ!!」


リックがそう怒鳴った時である、思わぬ事態が生じた。



43

なんと突然、枯れ木の間から囚人服に身を包んだ少年が出てきたのである。そしてその少年はその身を一瞬にして屈めるとリックの足元に転がった


「……何……」


 リックは屈んだ少年の体に突っかかってつんのめると中空を飛んでいた。そしてそのまま赤茶けた大地に肩からダイビングした。


嫌な音がするとリックは突っ伏したまま肩をおさえた。


パトリックはそれを見ると屈んだ少年に素早く指示を出した。


「アル、ミッチを頼む!」


 リックを転倒させたアルはパトリックの言葉を受けるとすぐに立ち上がりミッチのぶら下がった荷車の所へと走った。


                               *


一方、パトリックは肩をおさえたリックを見ると金髪をなびかせた。


「どうしましたか、リックさん?」


 したたか肩をぶつけたリックはその手をぶらりとさせていた。パトッリックは無様な醜態をさらしたリックを何の感慨もなく見下ろすと声をかけた。


「どうやら関節が外れたようですね」


 パトリックはそう言うとリックのはずれた肩に右足を置いて体重をかけた。リックはあまりの激痛に顔をしかめた。その表情はとらばさみにはさまれた小鹿のように憐れである。


「痛いですか、でもテッドはその痛みすら感じることはできない……」


パトリックはさらに足に力を込めた。


「あの時、テッドは苦しかったでしょうね……」


パトリックはそう言うとアルから聞いた現場でのやり取りをつぶさに話した。


「あなたがつるはしを振るえと言ったんでしょ、警棒で脅しながら!」


 パトリックは脱臼したリックの肩を踏みにじった。その顔はいかなるサディストも勝ることのできない狂気をはらんでいる。


「少しでも成果を出そうとテッドを急がせた。テッドは殴られるのが嫌で、よく確認せずにつるはしを振るった……そして運悪く水脈近くの岩盤を割ってしまった」


「やめろ、その話は……やめろ……」


肩の激痛と精神的な苦痛にリックは身もだえした。


パトリックはそれに構わずリックを正面から見た。


「あなたのせいですよ、全て!」


パトリックが力強くそう言うとリックは脱臼した肩の痛みさえ忘れて言い放った。


「俺は悪くないんだよ、看守長が黙ってろって……そうしないと責任を問われるからって……」


リックはむせび泣いた


「……俺は悪くないんだ……」


 あくまで自己保身に走るリックの姿はあまりに醜いものであった―――浅ましく、愚かしく、無様であった。


それを見たパトリックは言い放った。


「事故を正当化しても罪は消えません、テッドを死に追いやったことはあなたに一生つきまとうはずだ」


パトリックはリックの中にある小心者の片鱗をすりつぶすようにして言うとさらに畳み掛けた。


「良心の呵責に苛まれた人間が解放されるのは真実を話すほかありません。それを拒めばテッドの魂はあなたから離れない」


パトリックが僧侶のような口ぶりで話すとリックは頭を抱えた。


「あいつの横顔が……横顔が忘れられないんだ……眠ることさえできないんだ」


リックの苦しむ姿を見たパトリックは悪魔の微笑を見せた。


「リックさん、司法取引って知ってますか?」


言われたリックはパトリックを見た。


「主犯がバラク館長と看守長なら、あなたはあくまで実行犯です。バラクと看守長を告発すれば、あなたの罪は軽くなります。テッドに作業を急がせた原因がバラク館長と看守長の強いた圧力だと証言なさい。」


パトリックがそう言うとリックは顔色を変えた。


「テッドを死に至らしめた後悔の念を視察団に伝えれば情状酌量もあると思いますよ、せいぜいが減給処分でしょう。」


パトリックはそう言うとかつての事件で広域捜査官と司法取引したことを語った。


「正直に話せば、役人とは取引ができるんです。僕は経験してますから」


パトリックが思わせぶりにそう言うとリックは目を血走らせた。


「でも、俺はサルタンを突きとしてしまった……看守長の命令とはいえ俺は人を殺してしまった……」


リックが泣きそうな声をあげるとパトリックは微笑んだ。


「事故ですよ、あれは……あなたがミッチを助けようとしてサルタンの肩に手が当たっただけです。」


パトリックがそう言うとリックは大きく生唾を飲んだ。その眼は大きく見開かれて血走っている……


「僕がそうやって証言しますよ」


パトリックが意味ありげにそう言うとリックはすがるような目を見せた。


「あんな奴が死んだって、誰も構うことはありません」


パトリックが罪深い表情を見せるとリックは希望の眼差しを見せた。


「……本当か……」


「あなたがバラクと看守長の事を告発するならサルタンとのことは目をつぶります。」


パトリックが証言の交換条件を提示するとリックは『心ここに非ず』といった表情をみせた。


それを見たパトリックは実に罪深い表情を見せた。そこにはサルタン、否、バラク館長以上の悪辣さが浮かんでいた。




これからパトリックたちの逆襲が始まります。


この後、彼らはいかなる手段をとるのでしょうか?


そしてその逆襲は成功するのでしょうか?


(作者:この先どうなるかはまだ決めてません)

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