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第八話

26

一方、そのミッチの姿を遠眼鏡で覗いている人物がいた。


『直訴状を出すことぐらい、こっちもお見通しだ。』


二重あごをプルプルと震わせるとその人物はこの上ない悦びの表情を見せた。


『診療記録まで添付しようとするとはなかなかキレるようだが、先に直訴状を出してしまえば、それも意味がない』


 直訴状の提出は半年に一通とプロシージャー(手続き上の決まり)で定められている、つまり同時に二通は出せないのである。


男が困ったミッチを見てニヤついていると、その後ろから1人の少年が声をかけた。


「バラク館長、僕の刑期はこれで短くなるんですよね」


 声をかけたのは目をクリッとさせた少年である。小柄だが筋骨が逞しく二の腕は盛り上がっている、鉱山の採掘作業で鍛えられたその腕は体に似つかわしくないほどに太かった。


「僕の情報がなければ、あなたたちの横暴は都に知られていたかもしれませんよ。それにあの手紙は僕が代筆したんですから」


少年がクリクリした目でそう言うとバラクはフフッと笑った。


「確かにそうだな、刑期の短縮に関しては考慮しよう。サルタン」


バラクが思わせぶりに言うとサルタンと呼ばれた少年はそれに対して邪な眼を見せた。


「刑期の短縮がなければどうなるかわかりますよね、今度の視察の時に都の行政官に洗いざらい真実をぶちまけますからね」


 少年はそう言って釘を刺すと再びクリッとした目でバラクを見た。その容姿は一見すれば前科者とは見えない人柄の良さを感じさせるが、その眼はバラクと同じく性質の悪いもので、そこには倫理という感覚が欠如していた。


                              *


少年が館長室から出ると看守長がバラクに声をかけた。


「ろくでもないガキですね、我々を恐喝するなんて……」


「ああ、だが、ああしたゴミに『エサ』をやって情報をとるのがガキどもの実情を知るには一番なんだよ」


 バラクはサルタンを使ってミッチの行動を観察させ、ミッチの行おうとしていることをあらかじめ察知していた。


「しかし、死んだ少年の名をかたってサルタンに直訴状を出させるなんて、バラク様も知恵が廻りますな」


看守長がそう言うとバラクは嗤った。


「死んだ人間であれば何も証拠を残さない、我々が手心を加えたとしても誰も気づけんだろう。おまけに死体さえ出ていないんだから……」


 バラクは亡くなったテッドという少年の名で直訴状をサルタンに作成させて、ミッチの行動を合法的に握りつぶしていた。


「これで枕を高くして寝られる。」


バラクはそう言うとフフッと笑った。



27

ミッチは焦りに焦った、


『どうしたらいいんだ……』


 直訴状に診療記録という確実な証拠と暴行を受けた少年たちの証言録を添付し、バラクと看守長の監督責任を告発できるとたかをくくっていたが、まさかの展開がミッチの前に待ち受けていた。


『とにかく、パトリックに相談だ』


ミッチはそう思うとその日の晩、再び懲罰室に向かった。



だが、



 懲罰室の警備は厳重で近寄ることは厳しいものがあった。以前とは全く異なる警備体制にミッチは驚きを隠さなかった。さらには別の新たな問題も生じていた。それは地下の懲罰室に続く床扉のカギが変わっていたのである……


『あの錠前はこの前のヤツじゃない……』


ミッチは盗賊団の使い走りをしていた時に簡単な錠前を外せるスキルを身に着けていたが複雑な構造の錠前に関しては対応するスキルはなかった。


『この錠前……《道具》がないと無理だ』


 道具とはピッキング用の細い針金のことをさすが、ミッチの目に入った新たなカギはその程度の道具で何とかなる代物ではなかった。


『俺じゃ道具は作れない……どうしたらいいんだ……』


 厳重な警備そしてはずすことのできない錠前、状況は一変しミッチはパトリックの指示を仰ぐことさえできなくなっていた。



28

それから二日……


パトリックとガンツはミッチからの連絡がないことに状況が悪いのではないかという思いに駆られていた。


「ミッチ、失敗したんじゃ……」


 ガンツがそう言うとパトリックは沈黙した。そこにはミッチを信じたいという思いと同時にミッションの遂行が頓挫したのではないかという疑念がある。だがパトリックはその思いをガンツに見せることはなかった。


「ガンツ、俺たちはここから出られない。ミッチを信じる他ないんだ」


ガンツはその言葉に呻った。


「ただ待つだけだ」


パトリックの静かな物言いは実に落ち着きがある、ガンツはその言葉に沈黙した。


                                 *


そんな時である、看守が天井扉を開けて入ってきた。


「飯だ、屑ども!」


そう言ったのはリックと言う新人看守であった。


 リックはカンテラでパトリックとガンツの顔をわざと照らすとブリキの食器に入ったスープと胚芽パンを二人の前に差し出した。


ガンツがそれを受け取ろうとするとリックはわざとその手を滑らせた。


「おっと、済まない」


ガチャンという食器が石畳に落ちる音が響くとリックは二人の顔をカンテラで照らした。


「俺になめた口をきくからだ」


リックはそう言うとケタケタと嗤った。


「ゴミが看守になめた口をきくからだ」


 リックが繰り返してそう言うとパトリックは哀れな表情を浮かべた。そこには品性の低い人間に対する侮蔑と憐憫が浮かんでいる。


「何だ、その面は!!」


リックはそう言って憤るとパトリックの胸倉をつかんだ。そしてパトリックを睨み付けて凄んだ。


「どうせ、お前らは終わりだ。お前らの直訴状は握りつぶされたんだからな」


リックは興奮した面持ちで続けた。


「お前たちの中にはな、俺たちに情報を売るガキがいるんだよ。お前らの行動は全部筒抜けなんだ。何をたくらんでもこっちはお見通しなんだよ。」


その時である、パトリックが鋭い眼を見せた。


「直訴状の提出を阻むことはできませんよ、以前と違いそちらは検閲できないのですから」


パトリックがそう言うとリックは勝ち誇った表情を見せた。


「先に直訴状を出した奴がいるんだよ、俺たちの息のかかった人間がな!!」


その言葉にさすがのパトリックも言葉を失った。


「どうした、もうどうにもできんぞ。バカが!!」


リックは勝ち誇った表情を見せた。


「バラク館長も看守長もお前らの行動はお見通しなんだよ、視察が終わるまでここで犬のように這いつくばっていろ!!」 


リックはそう言うと二人をじつに嫌らしい眼で見まわした。


「ここでこぼれたスープでも舐めていろ、クソども」


リックは満足そうにそう言うと天井扉に開けて出て行った。


                                  *


残されたガンツとパトリックはリックの言葉に顔を見合わせた。


「受刑者の中に裏切り者がいるのか……」


ガンツがそう言うとパトリックが乾いた口調で答えた。


「所詮は前科者の集まりだ。人間としてまともに育っているとは限らない。ニンジンをぶら下げられたらそれに飛びつく奴もいるだろう」


パトリックが罪を犯した少年たちに対する彗眼を見せるとガンツは何とも言えない表情を見せた。


「お前の言うとおりだパトリック……だけど、この後、どうする?」


ガンツの顔には焦りが生じている、ミッチに託した直訴状の提出が破たんしたことに対する恐れである。


「さすがに今回は勝てないんじゃねぇか……」


ガンツが気弱な声を出すとそれに対してパトリックは相変わらずの表情で答えた。


「このまま引き下がってもまた事故は起きる。そうすれば誰かがテッドのように死ぬことになる。」


パトリックはそう言うと厳しい眼を見せた。


「次は俺たちかもしれない。」


 素行の悪い看守に監督されればテッドの二の舞になるのは間違いない。特にパトリックやガンツの様に反抗的な少年は意図的に危険な所に配置される可能性さえある……


パトリックの言葉にガンツは唇を噛んだ。


それを見たパトリックは静かに続けた。


「今度の館長は前のフラウとは違うタイプだ。だが功名心と出生欲に関してはそれ以上だ。俺たちを駒、いや消費財として作業をさせる……そして邪魔だと思う奴らはわざと危ない地域に配置するだろう……俺たちは刑期を終えることなく冷たい土の中に入ることになる。」


 パトリックがそう言うとガンツも頷いた、そこには明らかな同意がある。パトリックはそれを読みとると二の句を告げた。


「ここは『待ち』だ。騒いだところで労力の無駄だ」


パトリックはそう言うと石畳にぶちまけられたスープの残骸からうす切りのベーコンを見つけた。


「もったいないことしやがって」


パトリックはそれを手に取るとじっくり眺めた後、パクリと口のなかに放り込んだ。


「……お前……それ喰っちゃうの……」


まさかの行動にガンツが驚いた声を出すとそれに対してパトリックは飄々と答えた。


「堕ちるときは徹底的に堕ちるんだ、そうすれば次は昇りの階段しかなくなる」


パトリックはそう言うと再びベーコンを拾って口に放り込んだ


『まだ、やる気なのか……パトリック……』


ガンツはパトリックの不撓不屈の精神に言葉をなくした。


                                  *


そんな時である、まさかの事態が生じた……


 何とベーコンを口にしたパトリックが突然、倒れたのである……ほとんど受け身も取れず倒れたため頭部を石階段にしたたかぶつける結果となっていた。


『ひょっとしてスープに毒が……』


額から出血するパトリックの様子は甚だ異常であった。


『痙攣している……』


ガンツの背筋に悪寒が走った……そこには『絶望』という文字がくっきりと浮かんでいた




ミッチは直訴状を提出できず、パトリックも懲罰室で卒倒……少年たちは芳しくない状況へと追い込まれました。


果たしてここから逆転はあるのでしょうか、それともバッドエンドが……


次章から物語は後半へと入っていきます。


(ちなみに作者はこの後のどうするかは全く考えておりません……ノープランでございます)

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