第二十四話
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裁判官が部屋に入ってきた。
「被告人、前へ」
ルナは緊張した面持ちで台座の前に立った。裁判官は懐から羊皮紙を取り出した。正式な判決は紙ではなく羊皮紙に記される、昔からの慣行である。
「被告人の正当防衛は認めるが魔法を使ったことは許されない。被告人が人間社会に無知な魔女ということを考慮し社会奉仕活動1ヶ月を命じます。そして、その間に現在の人間社会のルールや仕組みを勉強するように。不服があるなら3日以内に上告してください。なお保釈金は骨董屋の治療費として活用する。以上」
裁判官は席を立つと厳かな足取りで部屋を出ていった。
「社会奉仕活動って、何するんですか?」
「いくつか選択肢があって、その中から選ぶんだ。町の清掃、羊の毛皮刈り、ジャガイモの収穫の手伝いなんかだね」
老婆がそう言うとベアーが口を開いた。
「あの保釈金は全額没収ですか?」
「無事に活動を終えたら、治療費を除いて戻ってくるが、あれだけの怪我なら難しいだろうね。」
それを聞いたルナはシクシクと泣き出した、張りつめていた緊張感が途切れホッとしたのだろう。
「さあ、帰ろう。」
老婆はそう言うとルナの肩に手を回した。
*
夕方になると老婆は夕食を作り、ベアーは店番をした。チーズを買いに来る客はいつもより多く、売り上げは良かった。ベアーが売り上げの計算をして母屋に戻ると食事の用意が整っていた。
「どうしたの? ルナ、一ヶ月頑張れば晴れて自由の身だよ…」
ルナはじっと下を向いていた。
老婆は野菜たっぷりの乳清のシチュウをよそいながらルナを見た。
「この娘は人間の嫌な面にきづいたんだろう、あたしのような法律官が功名心にかられて、必要以上の罪を魔女に与えたんだ、不信感を持ってもしょうがない」
ルナは暗い表情をしていた。
「裁判って公正なものだと思ってた…」
「手続きは公正かもしれない、でも裁判には限界がある。実際、濡れ衣を着せて罪を免れた人間もいれば嵌められて服役した者もいる。人が人を裁くというのは時として間違いを招くものさ。」
「人間て馬鹿ね……何でそんな理不尽な制度をつくったの」
ルナはぽつりと言った。
「そうだね……これに変わる方法が無いんだよ」
老婆は目をつぶって答えた。
「魔法を使えば嘘をついているかどうかすぐわかるのに…」
「たしかにね……でも悪い人間が魔法を使えばもっと酷い事件を起こすことがある…」
老婆がそう言うとベアーが反応した。
「それって70年前の第三帝夫人事件ですね」
ベアーが閃いたように言うとルナが興味を見せた。
「かつて、旅芸人に扮した魔女が魅惑の魔法を使って帝の第3婦人になろうとしたんだよ、だけど帝の脇を固める魔道士はそれが見破れず、女を帝の側女にまで認めてしまったんだ」
ルナは驚いた表情を見せた。
「その後、女は周りの人間も懐柔し第三夫人まで成り上がった。そして帝が病でたおれると自分の息子を帝にするため、第一婦人の嫡男を暗殺しようとした。」
「嘘、マジで?」
ルナは大きく瞳を見開いた。
「結局、この一件は隣国から帰ってきた宮廷僧侶によって暴かれて事なきを得たんだけど…」
老婆の話にベアーが質問した。
「それって宮廷魔道士とその第三夫人が裏で手を組んでたんじゃないですか?」
「そうかもね、だけど女の魔力が強く宮廷魔道士が操られていたという節もある」
「それで第三夫人はどうなったんですか?」
「第三夫人とその息子はダリスから追放。そのあとの二人の消息は不明だけどね」
この一件を聞いた後、ルナは難しい表情を見せた、魔法を悪用した魔女が権力を持てば当然のごとく問題が生じ、最後には大きな事件となる。よくある話だが、こうした事件で魔女に対し人間が疑心暗鬼になるのは当然かもしれない。
ルナは急にシチューに手をつけ勢いよく食べ始めた。老婆に対しては不信感が芽生えたが、助けてくれたのも彼女である。複雑な心境だが、今は食べることに専念した。
食べ終わるってしばらくするとルナは急にしおらしくなって、涙をテーブルにこぼした。10歳の女の子が泣く姿というのは実に可哀想に見える。
「どうしたの? ルナ」
ベアーが声をかけた、ルナは涙でグジャグジャの顔で答えた。
「保釈金~ パアじゃない~」
それを聞いた老婆は何とも言えない表情をしていた。




