第六話
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ガンツが不愉快そうな表情を見せた時である、看守長が食堂にやって来た。そして辺りを見回すとパトリックを見つけておもむろに近づいてきた。
「この前の事故では大きな手柄を立てたな」
看守長はそう言うとニヤリとした。
「だが、お前の助けた看守から当時の状況説明を受けたがかなりの危ない方法をとったと報告があった。」
「何のことですか?」
パトリックがあいも変わらず美しい顔で答えると看守長は続けた。
「坑道が崩れかけていた時に塞いでいた岩盤を割るためにハンマーを使ったそうだな……もしその時の衝撃で支えになっていた岩盤がすべて崩れていたらどうなったと思う、その場にいた全員がすべて死んでいたかもしれんぞ!」
弱みを握ったような口調で看守長がそう言うとパトリックは涼しい顔で切り返した。
「職務を放棄して逃げようとした看守の証言にどの程度の客観性があるかわかりませんが、少なくとも閉じ込められていた看守が助かったのは紛れもない事実です。」
パトリックがそう言うと看守長はそれを鼻で笑った。そして事故でパトリックが助けた看守を呼び出した。すごすごと若い看守が現れると看守長は口を開いた。
「リックはお前が道を塞いだ岩盤を割らなくても自力で抜けられるスペースを見つけていたと証言した。それどころか、お前がハンマーで衝撃を与えたことでその空間が崩れたと言っている」
看守長はそう言うとリックを見た。リックという20代前半の看守は看守長を見ると大きく頷いた。
「お前がハンマーを用いて岩盤を砕かなくともリックは助かっていたんだよ、むしろお前の行動で危険性が増したんだ!」
看守長がそう言うとパトリックは涼しい顔で『そうですか』と答えた。
それを見た看守長は不愉快な表情を見せると声を上げた。
「何だ、その面はパトリック!!」
看守長がその目を三白眼にするとパトリックは落ち着いた顔で切り返した。
「あの修羅場で客観的な判断ができるほどリックさんに落ち着きはありませんでした。お目付け役の看守の方に見捨てられかけて大声で泣き叫んでいましたけど……」
知能の違いを見せつけられた看守長は激高すると声高に叫んだ。
「看守に対する冒涜行為は懲罰に値する。さあ、立て!!!」
それに対してパトリックはフフッと笑うとその眼を看守長からそらしてリックに向きなおった。
「経験のない看守は受刑少年の監督がおぼつかないことがあります……ひょっとして事故で亡くなった少年はあなたのせいで死んだのでは?」
パトリックの思わぬ問いかけにリックは一瞬ビクッとなった。そこには人生経験の少ない人間の見せる『裏のなさ』が現れていた。
パトリックはそれを見逃さなかった、そして畳み掛けるようにして指摘した。
「ひょっとして、あなたのせいでテッド ギブンスは死んだのでは?」
パトリックが試すように言うとリックはその眼を泳がせた。その表情は明らかに落ち着きがない……
「どうやら、図星のようですね」
パトリックが確信をもってそう言うと看守長は話を遮るようにしてパトリックの頬を張った。
「言動を慎め、貴族の息子でも許さんぞ!!」
一方、それに対して憤ったのはミッチであった。
「ヒィヒィ、言いながら穴から這い出てきたのはそっちの方だろ、パトリックが助けなかったら、おっ死んでたくせいに!」
ミッチの発言は実際その通りなのだが激高した看守長にその言葉は響かない。それどころか火に油を注ぐ事態へと変化した。
「口答えするならお前も懲罰だ!!」
理不尽極まりない物言いでミッチに近づくと看守長はその頬を張った。ミッチは体が小さいため、ふんばれずに後ろへと吹き飛んだ。
それに対して、今度はガンツが怒りの声を上げた。
「今のはやり過ぎだ、看守といえども許されねぇ!」
ガンツはそう言うとかつての派閥の少年たちに目配せした。
「ふざけやがって、舐めてんじゃねぇぞ、コラ!!」
脳筋DQNそのものの表情でガンツは詰め寄ると看守長の胸倉をつかんだ。太い腕の上腕二頭筋が盛り上がる。看守長はあまりの強さに顔をしかめた。
「……やめろ……」
看守長が苦し紛れにそう言った時である、タイミングを計ったように食堂の中に武装した看守たちがなだれ込んできた。
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「おや、夜の運動会は認めていませんよ」
飄々とした表情で入ってきたのは館長のバラクであった。
「騒乱罪の現場ですね、これは~」
わざとらしい口ぶりでそう言うとバラクはパトリックに微笑みかけた。それに対してパトリックは美しい顔を歪めた。
「あんたの狙いはこれか?」
パトリックがそう言うとバラクは声をあげて嗤った。
「何のことかな?」
バラクは看守長を使ってわざとトラブルが起こるようにけしかけていた。つまり理不尽な言動でパトリックたちを追い込み、間違いを起こさせようと画策していたのだ。
相手の意図を悟ったパトリックはガンツにこれ以上の暴力を慎むように合図を送った。だが激情に駆られたガンツはそのサインを見逃し、看守長に背負い投げをかましてしまった……
それを見たバラクはニヤリと嗤った。
「看守に対する暴行行為と煽動行為は懲罰に値する!!」
バラクは人差し指をたてるとガンツとパトリックを指した。
「拘束しろ!」
乾いた声が食堂に響くと少年たちの一部(ガンツの派閥の少年たち)が阻止するようなそぶりを見せた。
だがバラクはそれを見越したような発言をかました。
「お前達は刑期を延長されたいのですか?」
刑期延長はブーツキャンプの少年たちにとって一番厳しい足かせになる、もうすぐキャンプを『卒業』できる少年にとっては最悪の罰にである……
ガンツ派閥の少年たちはバラクの一言にしり込みした……
「それでいいんだよ」
バラクはほくそ笑むとガンツとパトリックを拘束させて高笑いを見せた。
殴られて吹き飛ばされたミッチはその一部始終を見ていたが拘束される二人の姿を見て下唇を噛んだ。
『見てろよ……』
ミッチは逆上したガンツとは逆に知恵を回す方策をとることを決心した。
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「まんまとはまりましたね、館長」
看守長がバラクにそう言うと小太りの体を軽快に揺らせてバラクはワインをグラスに注いだ。
「脳筋のバカを煽ればすべて解決、いくらパトリックが知恵の廻る受刑者でもその周りは知恵遅れと変わりませんよ」
バラクはガンツを暴発させたことに満足した表情を見せた。
「パトリックを懲罰室に入れておけば動きが取れないでしょう。他の少年を指揮することもこれでできない。それにあのガンツというバカがいなければ他の脳筋少年たちの統制が取れないでしょう。」
バラクはそう言うと実に不遜な表情を浮かべた。
「週末の視察まで奴らを懲罰室に入れておけば、事故の事を視察団に勘付かれずに済みますしね」
バラクはリックという新人看守が間違った指示を与えて鉄砲水を引き起こし、その結果、1人の少年が死んだことを握りつぶす選択肢を選んでいた。大きな事故であるが故に自分の査定に響くと判断したためである。
それに対して看守長が怪訝な声を上げた。
「あの、アルという受刑者はどうしますか、あの時のすべてを見ていますが……」
看守長がそう言うとバラクはニコリとした。
「エサを与えなさい。真実を黙っていれば刑期を軽くしてやると……」
バラクは続けた。
「景気短縮は少年たちにとっての何よりものエサです。ニンジンをぶら下げてやれば向こうの方から跳びつきますよ、所詮は罪を犯す少年たちです、その人間関係に信頼という文字はありませんよ」
バラクは自信を見せてそう言うと陰険な表情で続けた。
「私はここで汚点を造る気はありません。ここで結果を出せば中央に進出する足掛かりになります。それゆえ罪を犯した少年が死んだことぐらいで私の評価が下がるのは御免こうむります。」
バラクがそう言うと看守長はその出世欲に不快な思いを持ったが、その後すぐに『やむを得ない』という表情を見せた。
『下手をすれば俺の監督責任も問われる……新人の監督不行き届きから事故が生じたと知られれば減給では済まない……解雇もあり得るしな……』
新人看守の監督を怠った責任が課せられるリスクを鑑みた看守長は自分の責任を問われないためにバラクの指針に服従の姿勢を見せた。
「それでいいのですよ、看守長」
バラクは看守長の意図を読みぬくとワインを飲み干した。
したたかな館長と小狡い役人は事故の隠ぺいと自身の保身を貫徹する選択を無言の中に見出していた。




