第四話
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パトリックが坑道に向かうべくカンテラとつるはしを持つとガンツが声をかけてきた。
「俺も行く!」
それに対してパトリックはおさえた声で言った。
「お前はここで待機だ。後ろから援軍として待っていてくれ、何かあった時の保険だ」
パトリックはそう言うとミッチに声をかけた。
「ミッチ、お前は俺と一緒に潜る」
『潜る』というのは少年たちが坑道の奥で作業する時に使う隠語だが、その裏には危険がともなうという意味がある。新しい区画や、危険の伴う場所での作業は『潜る』という言葉で表されていた。
『潜る』と言われたミッチは緊張した面持ちを見せたがパトリックに全幅の信頼を置いているようで決死隊に選ばれたことを誇りに思う表情を見せた。
「よし行くぞ!」
こうして二人は状況を確認するため先ほどの看守とともに落盤現場へと向かった。
*
崩落は坑道の奥で起こった鉄砲水が原因らしく、支えとなっている木柱の合間からポタポタと水が垂れていた。
「マズイよ、パトリックこれ……」
ミッチが不安な声を出すと。二人を監視するためについてきた看守もその顔をこわばらせた。そこには任務を放棄してでもさっさとここから出たいという思いが湧き出ている。
「あれだけの事故だ……どうせ生きてないってよ……」
カンテラを持った看守がそう言うとパトリックはそれを無視した。
「死んだことにしちまおうぜ……埋まっててどうにもならなかったって……」
おびえた表情で看守がそう言うとパトリックは冷静に答えた。
「中途半端な業務は職務放棄とみなされます。遺体の確認を怠ればあなたの査定に響きますよ」
言われた看守は一瞬、真顔になったがそれでも食い下がった。
「死んじまったら、もともこもねぇだろ……査定なんて関係ねぇよ……なぁ、口裏合わせして誤魔化そうぜ……」
その口調は死ぬかもしれないという状況から逃れるためには手段を択ばないという意志がくっきりと浮かんでいる……
それに対してパトリックがキリッとした表情で答えた。
「自分の仲間を見捨てるんですか?」
パトリックがそう言うと看守は何食わぬ顔で答えた。
「看守同士のつながりなんてあるはずねぇだろ、前科もちのガキの面倒を見る役人なんてクズに決まってんだよ!」
看守が激高してそう言った時である、前方の方から物音が聞こえてきた。
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それは明らかに人の声であった、
パトリックとミッチはその声の方に駆け足で向かうと彼らの眼前に崩落した岩の塊が現れた。道を封鎖するようにして鎮座した一枚岩はわずかな隙間を残して完璧に坑道を塞いでいる……
パトリックは声の聞こえてくる僅かな隙間を見つけると声をかけた。
「大丈夫か?」
パトリックがそう言うと岩の向こうからアルの声が聞こえた。
「駄目だ、1人やられた……助けられない……」
アルの悲壮感のある震え声は既に犠牲者が出たことを示している。パトリックはそれを察すると、アルに声をかけた。
「必ず助ける、心配するな!」
パトリックは小さいがはっきりと聞こえる声で続けた。
「そっちはどんな具合になっている?」
パトリックが状況を確認しようとすると半狂乱になった別の声が聞こえてきた。
「俺を助けろ、まず助けろ!!!」
それは取り残された看守であった。アルのことなど眼中にないような声でわめき散らした。
「死にたくない、速く助けてくれ!!」
それに対してパトリックは一喝した。
「これだけ狭い空間で大きな声を出せば次に何が起こるかわかるんじゃないですか!」
パトリックが小さな振動さえも次の崩落を引き起こす引き金になることを暗に知らしめると半狂乱になった看守は急に沈黙した。
パトリックは再びアルに小声をかけた。
「そっちはどんな状況だ?」
パトリックがそう言うとアルが震え声で言った。
「水がちょろちょろ出てる……デカい岩がおっこてきてそれがせき止めてるけど……水は止ってない……」
アルがそう言うとミッチが反応した。
「鉄砲水が引き金で落盤が起こったんだ……」
「ああ、そうらしい」
パトリックはそう答えると塞いでいる岩の状態をカンテラで照らしながら確認した。
「岩目があればいいんだが……」
岩目とは異なる岩石のつなぎ目のことである。一般的に岩石は一種類の石でできているわけではなく性質の違うものが長い時間をかけて接着し、なおかつ絡み合うようにして成り立っている。岩目はその継ぎ目の部分といってよい。
パトリックは目を凝らすと異なる岩石の接点がないかを確認した。
『ない……見つからない……』
不幸なことに一枚岩と思える岩盤は実に頑丈で岩目と思える箇所は皆無であった。
*
刻一刻と時間が過ぎる中、パトリックたちの方にもちょろちょろと水が漏れだしてきた……状況は悪くなるばかりである。
「おい、あきらめようぜ……もう無理だって……」
パトリックとミッチを監視するべくついてきた看守は状況が悪化すると声を上げた。
「俺は撤退するぞ!」
お目付け役の看守がそう言うと岩盤の向こう側に閉じ込められた看守にもその声が届いた。
「ふざけるな、逃げんなよ、おい!!」
閉じ込められた看守は見捨てられる恐怖に絶望の声を上げた。そこには看守としての威厳など微塵もない。哀れな仔羊とさえ思える……
「しょうがねぇだろ、水があふれてきてるんだ。諦めろ!」
修羅場に現れる人間の本質は十人十色だが、2人の看守の見せる反応は人間の品性を欠くものであった。
一方、パトリックはそんな二人をよそに立ちふさがる岩盤の特徴を観察していた。パトリックは腰のベルトからウッドハンマーを取りだすとコツコツと岩盤を叩いてその響き方とその音を確認した。
そして程なくすると美しい顔が破顔した。
ミッチはその表情を見ると怪訝な顔を見せた。
「どうかしたの?」
ミッチがそう言った時である、パトリックはウッドハンマーを振りかぶると思い切り岩に向けて打ち付けた。ミッチはパトリックの気が振れたのではないかとゾッとした表情を浮かべた。
「パトリック、そんな衝撃を与えたら……」
ミッチは二度目の落盤が起こると思い気が気でない声を上げた。
だがパトリックは何食わぬ顔で岩盤の表面を叩いた。その叩き方は実にリズミカルで小気味いい―――強弱をつけて叩く姿は打楽器をかなでているようだ。
ミッチも看守もそれを唖然として眺めたが、岩盤の天井部分が『ゴゴッ』と音を立てるとその音を聞いた看守が悲痛な声を上げた。
「止めろ、崩れるぞ!」
看守は心底、焦った表情を見せてパトリックを止めに入ろうとした。だがパトリックはそんなことなど気にもせずウッドハンマーを壁に打ち付けた。
*
その時である、パトリックの叩いていた部分にビシッという音とともに亀裂が走った。
『思った通りだ』
パトリックはそう思うとその亀裂むけて渾身の力でウッドハンマーを打ち付けた。
そして―――
坑道を塞いでいた一枚岩の一部が音を立てて崩れたのである。そしてふさいでいた坑道の壁面にスペースが生じた。
ミッチと看守が口を開けてそれを見ているとパトリックはミッチに穴の穿った部分をカンテラで照らすように言った。
「アル、ここだ、この明かりが見えるか?」
パトリックが岩の向こう側に向けて声をかけるとアルが答えた。
「見える!」
「急げ、崩れ始めてる!!」
パトリックがそう言うや否や岩の向こう側で足音が聞こえた。
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縦横50cmほどの穴は人が通るには十分な大きさであった、最初に閉じ込められていた看守が出てくるとその看守はパトリックを見ることもなく出口に向かって駆け出した。言わずもがな、パトリックとミッチを監視していた看守も脱兎のごとくその場から逃げだしている……
取り残されたアルのことなど関係ないのであろう、看守としての仕事を放棄して逃げ去る姿はあさましく見えた。
一方、2人の走り去る姿を尻目にミッチとパトリックはアルの救出に乗りだした。パトリックの穿った穴からは先ほどよりも多くの水があふれ出し、その色は茶色へと変わっている……
『……マズイ……』
鉄砲水の第二陣が刻一刻と確実に起こる状況が近づいている。
だが、アルは穴から出てこない……
「アルどうしたんだ!!」
パトリックが声をあげるとやっとのことでアルが頭を出した。
「何やってんだ、バカ野郎!!」
ミッチがそう言うとアルはその手に少年の識別番号を記したリストバンドを見せた。
「……何かあいつの記憶を残すものを……」
アルは亡くなった少年の事を配慮したらしく遺体から識別用のリストバンドをずぶぬれになりながらも手にしていた。
「馬鹿野郎!!」
パトリックは怒鳴りあげたがその眼に怒りの感情は沸いていない。死んでしまった少年に対するアルの気持ちはパトリックにも痛いほどよく分かった。
そんな時である、ミッチが鬼気迫る声を上げた
「ちょっと二人とも……やばいって!」
ミッチの声で平静に戻った二人は一瞬で状況を感知した。そしてミッチのことなど気にもとめず脱兎のごとく走り出した。
「おい、ちょっと、俺だけおいていくなよ!!」
出し抜かれたミッチは二人の背中を必死になって追いかけた。




