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第二話

アルが作業を終えて夕食をとるべく食堂に向かうと様々な少年たちが黙々とベーコンの入ったスープを口に運んでいた。アルはその様子を見ながら空いている席につくと早速スープと胚芽パンに手を付けた。


『意外にうまいな……』


 ジャガイモ、人参、厚切りベーコン、味付けは塩と胡椒だけだがベーコンから滲み出た肉の出汁は思いのほかにうま味があった。


『パンはマズイ……』


 傷んでいると思える妙な酸味は今までにないもので、ゴルダで美味い飯を食っていたアルにとって胚芽パンを咀嚼する事は苦行であった。


そんな時である、アルはその肩にドスンとした衝撃が走るのを感じた。


 アルが振り向くと、そこには先ほどのガチムチがいた。ガチムチはアルをねめつけるとその耳元でささやいた。


「飯食ったら、ツラをかせや」


その物言いは静かだが反駁を許さぬ厳しさがある。


アルが恐怖に飲まれた子犬のような表情になるとガチムチの少年はそれを見てニヤリと嗤った。


「いいケツしてんじゃねぇか?」


 ガチムチに凄まれたアルは『この世の終わりだと』一瞬おもったが、断ったところで道が開けるわけではない。そして何よりも周りの少年たちが睨みを利かせ、アルが逃げられない状況を作り上げていた。


『下手に逃げても危ないな……』


アルはそう思うとガチムチの少年の顔を思い浮かべた


『狙いは俺のケツか……』


アルはブーツキャンプの噂話の中に同性愛のくだりがあったことを思い出した。


『ガチムチにやられるのか……俺のケツ……もつのか……』


それと同時に別の考えも浮かんだ


『……新しい世界が開いたりして……』


同性愛者として扉が開くのかと思うとアルの心中は穏やかでなかった。



 アルが指定された場所に行くとそこには3人の少年が待ち受けていた。一人は先ほどのガチムチ、もう一人は小柄な少年、そして最後の1人は二人に挟まれるようにして佇んだイケメンであった。


『なんだ、こいつ……』


アルは二人の間にいた少年の顔を見て生唾を飲み込んだ。


『ひょっとして、貴族か……』


 ブーツキャンプにいる少年とは思えぬその雰囲気は明らかに異彩を放っている。平民とは異なる独特の高貴さが体全体から滲み出ていた。


『それに、めっちゃ、イケメンじゃねぇか……』


 涼しげな眼、すっと通った鼻梁、形の良い唇、それらが神のいたずらともいうべき絶妙の加減で配置されている。誰が見ても美少年だと口をそろえるだろう……


アルは思った、


すーぱーイケメンだ……』


アルは声にこそ出さなかったが見目麗しい少年を見て言葉を失った。


                               *


その時である、その美しい少年がドスのきいた声でアルに話しかけた。


「お前がゴルダから来た新人か?」


尋ねられたアルはドキッとした、それというのも美しい少年の声が想定外の声色だったためである。


アルは思わず頷いた。


「名前は?」


美しい少年が目を細めて尋ねるとアルは唾を飲み込んでから答えた。


「アルです……金細工の職人見習いでした」


美しい少年は睨みながらアルに近づいた。


「何をやったんだ、ゴルダで?」


 アルはその問いに対して沈黙した。それというのも広域捜査官と司法取引を行う条件として犯罪の詳細を他人に吹聴しないことを条件とされていたからだ。ポーションという秘薬が使われた事実を隠ぺいしようとした当局はアルにゴルダで起こった騒乱をしゃべらないように釘を刺していた。


『ポーションの話はマズイ……話せば刑期が延ばされる……』


アルはそう思うとポーションの事を伏せてゴルダの街で起こったことを話すことにした。



話を聞いていたガチムチと小柄な少年はその内容に驚きを隠さなかった。街全体が騒乱状態になるような事態がゴルダの街で発生していたとは思っていなかったからである。


 堅牢な城壁で囲まれたゴルダの街で領主の乱心と革命を夢見た青年団とが衝突するとは想定外の事態であった。


だが、パトリックはそんなアルに対して冷たい視線を浴びせた。


「お前の刑期は何年だ?」


言われたアルは指を2本たてた。


パトリックはそれを見るとアルに詰め寄った。


「騒乱事件を起こした加害者が2年の刑期で済むと思ってるのか、国家転覆や革命を行おうとした首謀者は死罪が当たり前だ。ダリスの法律は少年であってもそれほど甘くないぞ」


パトリックの眼はじつに鋭い、そこにはアルの嘘を許さないという意志が凄味となって浮き出ている。


それを肌で感じたガチムチと小柄な少年は絶妙のタイミングでアルを取り囲んで圧力をかけた。


「嘘じゃない、騒乱事件は実際にあった。だけどそれ以上のことは言えないんだ……刑期を軽くしてもらうための条件なんだ」


3人に凄まれたアルは小さな声だがはっきりとそう言った。


「そんな嘘が通用すると思ってるのか?」


パトリックは突き刺すような視線をアルにぶつけた。


「騒乱事件が司法取引されることはありえない、ただの傷害や窃盗事件とは違うんだぞ!」


 騒乱事件とは国家転覆や貴族の自治に対する反逆事件の総称である。一般の刑事事件とは異なり、死刑や終身刑という重い罪が課せられるのが当たり前である。そしてそれは少年であっても適応される……すなわち騒乱事件の関係者がわずか2年の刑期でブーツキャンプに収容されるはずがないのである。


「パトリックに嘘をつくとはいい度胸じゃねぇか!」


ガチムチはそう言うとアルの胸倉をつかんだ。


「ここで俺たちをカマにかけようなんて100年早いんだよ!」


それに続いたのは小柄な少年である、その少年はアルを実に嫌らしい眼で睨み付けた。


アルはそれに対して訥々と答えた。


「本当だ、友達が助けてくれたんだ。都の偉い人を知っていて……嘆願書を出すようにたち廻ってくれたんだ……」


アルがそう言うとガンツが凄んだ。


「通用するか、そんな嘘が!」


ガンツは拳を振り上げるとアルの腹部に一撃かまそうとした。


                                *


その時である、パトリックが乾いた声を上げた。


「友達とは誰だ?」


最後のチャンスと思える問いかけをパトリックがするとアルは素直に答えた。


「ポルカの貿易商の見習いでベアーって言うんだ。あいつが助けてくれたんだ」


ベアーという名を聞いた瞬間である、パトリックの表情が彫刻のように固まった。


その表情を見たガチムチと小柄な少年は思わぬ展開にその眼を見開いた。


「お前、ベアーを知ってるのか?」


パトリックがそう言うとアルはそれに答えた。


「ああ、アイツと俺は『パーラー同盟』を結んでる」


 アルが訥々とした口調で言うとパトッリックは驚きの表情を浮かべた。ベアーという僧侶の少年によりアルが命を助けられた過去はパトリックにとっては全くの想定外であった。



ベアーという共通の友人がいることを知ったパトリックとアルはその後すぐに打ち解けることになった。生死をかけた修羅場でベアーという少年が自分たちの人生に光明を当てたことが二人の間にあった距離感を一瞬で縮めたのである。


「そうか、お前もあいつに……」


パトリックが感慨深げに言うとアルが答えた。


「不細工なロバを連れてるんだけど、そいつがなかなかの奴で……」


アルがそう言うとパトリックはフフッと笑った。


「あのロバは、主人よりも賢いからな……」


 パトリックは護送馬車の鉄格子から見たロバの姿を瞼に浮かべ、ロバが祖父のロイドを火事から救ったことを思いだした。


そんな時である、ガンツが素朴な疑問を呈した


「パーラーって何だ?」


 それに対してアルはパーラーの仕組みを訥々とした口調で説明した。そして『ビッグティッツと三回戦』という自分の経験したことを伝えた。亜人の娘の行った官能マッサージの詳細を身振り手振りを交えて披露したのである。


『……亜人……ビッグティッツ……』


 婦女子に飢えたブーツキャンプの少年たちにとってビッグティッツと三回戦』の連語はあまりに衝撃的でパトリックたちは言葉を失った。


「詳しく話せ!」


 パトリックが珍しくその顔を上気させてそう言うとミッチとガンツもすべての集中力を傾けてアルに内容を話すようにけしかけた。


『ここでしくじったら……かわいがられるな……』


そう思ったアルは亜人の娘が行う官能マッサージを朴訥とした口調で丁寧に話した。


                              *


 聞き終わった後の三人は何とも言えない表情を見せた。亜人の娘が行う手技が想像をはるかに超えるものだったからである。さしものパトリックも鼻息が荒い……


『何か……腹が立ってきた……』


 パトリックはそう思うとアルに近寄りその腹に一撃くわえた。あまりの羨ましさに嫉妬した一撃である、そしてそれを横目に見たガンツとミッチも同じく一撃を加えた。


手加減した一撃とはいえ、アルは唐突な腹パンにその場に突っ伏した。


 パトリックはそれを見るとニヤリとした。新人に対する『かわいがり』という儀式を終えたことを暗に示しているのだろう、その表情を見たミッチとガンツはそれを察して一歩下がった。


パトリックはアルに近寄るとその手を取って朗らかな表情で声をかけた。


「ブーツキャンプへようこそ!」


アルは『……とんでもないところに来た……』と思うほかなかった。




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