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第三十八話

108

この後、キャンベル海運の倉庫で起こった惨殺事件と自由の鷹による騒乱事件は広域捜査官の介入により収束の方向にむかった。


 甚大な被害が街で出たため、都からの応援も駆けつけて事後処理に当たるという事態になったがその結果、街の治安は2日ほどで回復した。


だが、その一方でゴルダ卿の館であったことは伏せられることになった。


 ゴルダ卿が領民を実験材料として人体錬成を行おうとしていた事実があまりに衝撃的だったことと、その事実が明るみに出た時の領民の反応を都の枢密院(貴族の犯罪を裁定する機関)が恐れたためである。


結局、尋常ならざる事態を迅速に解決するためにかん口令を引いて事実を隠ぺいする処理が行われた。


 一方、都の枢密院から派遣された執政官はゴルダ卿の息のかかった連中(賄賂を受けた都の行政官、地元業者、および行政官など)を厳しく取り締まった。領民に対して非道な行いをしたゴルダ卿の取り巻きを粛清することで領民感情をコントロールしようとしたのである。


 実際はゴルダ卿を監督する都の上級貴族の責任を回避するための狡猾な方便なのだが、為政者の判断とはそういうものなのだろう、ゴルダの街で起こった事態は一応の解決へと導かれた。



109

さて、ベアーとルナであるが………


一通りの事情聴取を終わらせるとベアーは頼まれた金細工の回収を済ませるべく工房へとその足を進めた。


「色々あったね……」


ルナがその道すがら、しみじみそう言うとベアーは頷いた。


「そうだね……あまり、良かったことはないけど……」


 鉄仮面との死闘、ゴルダ卿の人体錬成、ポーションを用いた騒乱事件、いづれも15歳の少年の想像をはるかに超える事態であった。


 ベアーはホッと息を吐くとゴルダの街を出られることが奇跡ではないかと思った。あの修羅場を経験して五体満足でいられることは幸運としか言いようがなかった。


そんなことを思った時である、背後から声がかかった。


                                 *


「やっと見つけた!」


声の主はカルロスであった、カルロスは二人に駆け寄ると開口一番にアルの処遇について口にした。


「色々あったんだけど、炭焼き小屋の御主人が嘆願書を出してくれてね、そのおかげで減刑が認められたんだ。」


ベアーが結論を急がせると、カルロスは指を3本たてた。


「ブーツキャンプで3年だ。あれだけの事件があったにもかかわらず。」


ベアーはそれを聞くととりあえずホッと息を吐いた。


だが、カルロスはその後、表情を一変させると苦虫を潰したような顔を見せた。


「だけど……白金の案件は駄目でね、精錬された白金は混乱に乗じて北方のゲートから出てしまったらしい……結局、強盗団も捕縛できなかった。それに奴らと内通していた門番も失踪してしまった……」


カルロスはスターリングのミッションが完璧に失敗したことに触れた。


それに対してベアーは気になる質問をぶつけた。


「あの……スターリングさんは?」


ベアーが恐る恐る尋ねるとカルロスが淡々と答えた。


「捜査の指揮に当たっているよ、あれだけの事があったんだけど……気丈にも現場に出ている……」


カルロスがそう言うと、ルナがそれに反応した。


「無理してるんじゃないの?」


言われたカルロスは微妙な表情を浮かべた。


「それはわかってるんだけど……どんな言葉をかければいいか……」


カルロスがそう言うとルナが即答した


「ほんとに、男ってバカね……」


ルナはそう言うと人差し指で鼻の穴をほじりながら言い放った。


「そう言う時は抱きしめてやればいいのよ!」


言われたカルロスは頭皮を輝かせながら、その目を点にした。



110

カルロスと別れたベアーたちは両脇にハンナとポップを伴ったロバとともに金細工工房に向かった。


                                   *


 ベアーは工房につくとその入り口の戸をあけて声をかけた。そうすると親方が注文していた商品を持ってやって来た。


「鎖骨の具合はどうですか?」


 ベアーが暗渠で起こったことを心配して尋ねると親方は『たいしたことない』とその眼で示した。一方、親方の眼中には弟子を心配する親心のようなものが浮かんでいる……


ベアーはそれを察すると先ほどカルロスの言ったことを伝えた。


「アルは3年で出られるそうです……街を騒乱状態に至らしめた罪としては軽い裁きだそうです」


親方はそれを聞くとホッとした表情を浮かべた。


「よかった……下手をすれば首をつらされるんじゃないかと……」


親方がそう言うとベアーはアルフレッドの嘆願書の話に触れた。


「そうか、あの爺さんが助けてくれたのか……」


親方は『フ~ッ』と息を吐くと肩の荷が下りたような表情を見せた。


そんな時である、工房の外でロバの鳴き声が聞こえた。


                                  *


ベアーと親方が外に出るとロバの背中で二人の子供が戯れていた。


「駄目よ、ほら、お姉ちゃんの言うこと聞きなさい!」


ルナはそう言ったがハンナとポップはロバの表情を見て笑い転げている。


「だって、このロバ、ブサイクなんだもん!!」


 ポップがそう言うとハンナはケタケタと笑い転げた。その顔には両親を亡くしたことを吹き飛ばすような快活さがあった。


親方は二人を見るとベアーに声をかけた。


「この子たちは?」


それに対してベアーが答えた。


「ゴルダ卿の不正を訴えようとして殺された会計士のお子さんたちです。ゴルダのシェルターは避難民で一杯なんでポルカのシェルターに連れて行こうと思っています。」


ベアーがそう言うとポップが元気な声を上げた。


「僕たち、お姉ちゃんにイチジクのタルトを食べさせてもらうんだ」


ポップがそう言うとハンナもそれに続いた。


「生のイチジクだよ!」


それを聞いた親方は実に気の毒そうな顔を見せた。


「親を殺されたのに……あんな元気な顔で……」


そう言った親方の心情はアルを思う気持ちと重なった。


そしてベアーを見た。


「なぁ、うちでこの子たちを預からせてくれねぇか。」


言われたベアーとルナは親方の思わぬ申し出に顔を見合わせた。


「この子たちはゴルダ生まれだ。つらいことがあった場所でもここが還る故郷になる。それなら、それを噛みしめて、ここで生きていくのも……」


 親方がそう言うとポップとハンナは困った表情を見せた。そこにはつらい記憶を忘れたいという思がありありと窺える……


親方はそれを見て静かに言った。


「お前たちの親はこの街をよくしようとして殺されたんだ。ゴルダの領民としての誇りがなければそんなことはできない。」


親方は朴訥した物言いで続けた。


「お前たちの血の中にはその親の血が流れているんだよ、ゴルダ領民の熱い血が」


親方は口下手であるものの、その訥々とした物言いにはゴルダ民としての魂がこもっている。


それを感じたポップとハンナはルナを見た。その表情は明らかに迷いがある……


ルナは二人を見ると声をかけた。


「そうね、ここはあなたたちが生まれた所だもんね……つらい場所でも故郷だもんね」


ルナがそう言うとポップが口を開いた、その顔には親方と同じくゴルダ民としての誇りが揺らいでいる。


「お姉ちゃん、僕、ここに残るよ……父さんが守ろうとしたところに」


ポップがそう言うとハンナもうなずいた。


「私もお兄ちゃんといる……ママのお墓がある所に……」


ルナは二人を見るとその気持ちを悟って小さく頷いた。


「わかったわ」


ルナはそう言うと二人の頭を撫でた。


「じゃあ、ここでお別れね」


 ルナがそう言うとハンナがルナの身に着けていたチェニックの裾をつかんだ。その様子にはまだ別れたくないという思いが滲んでいる。一方、ポップも同じ思いなのだろう、ルナを何とも言えない表情で見上げた。


「あんたたち、元気でやるのよ」


ルナがそう言うと二人は感極まった。


「お姉ちゃん……ありがとう……」


 ハンナが涙ながらにそう言うとポップも涙をポロポロ流した。そこには言葉こそなかったが深い感謝の念が湧き出ている。


 地下の石室で、死の淵まで追いやれた二人にとってルナの存在は唯一無二のものであった。恐怖に打ち震えた彼らが息を吹き返したのはルナの毅然とした態度のおかげである、2人にとってルナはまさしく英雄ヒーローであった。


ルナは二人を抱き寄せた。


「サヨナラは言わないよ」


ルナはそう言うと元気よく二人の背中を叩いた。


「さあ、しっかりなさい!!」


言われた二人は泣きはらした目で頷くと、去りゆくベアーとルナに目をやった。


「お姉ちゃん、バイバイ!!」


2人は声をそろえてそう言うと、力いっぱい手を振った。


それに対してルナは背を向けたまま片手をあげた。


ベアーは以外にクールなルナの返事の仕方が気になったが、その表情を見てその理由がわかった。


『なるほどね』


ベアーの眼には涙をボロボロ流しながら鼻水をすすりあげるルナの姿が映っていた。


短い間であったが苦しい状況下を一緒に切り抜けたハンナとポップはルナにとっても特別な存在になっていた。それは血のつながりこそないものの本当の『妹』であり『弟』であった。


ルナが涙を見せまいとして振る舞う姿のなかには『姉』としての思いがあったのである。


ベアーはそれに気づくと何も言わずに肩を並べて歩いた。



111

ゴルダのゲートを抜けると荒涼とした大地が広がった。乾いた空気を大きく吸い込むとベアーがルナに声をかけた。


「帰ろうか」


ルナはいまだにシクシクしていたが小さく頷くと顔を上げた。


 その時である、ルナが思わぬ声を上げた。ベアーが『何だ?』と思ってルナ視線の先に目を向けるとそこにはルナのポシェットを首にかけたロバがいた。


ルナは『ダダダッ』と駆け寄るとポシェットをロバの首からひったくりその中身を確認した。


「……ない……中身が……」


 賢明な読者は覚えているだろうが、ソフィアに選別としてロバが現金を渡していたため中身はカラである。


だが、ルナもベアーもそんな事実は知らない……


「ねぇ、あんた、何で空なのよ?」


ルナが真顔でロバに詰め寄るとロバはシレッとした表情を見せた。


『……僕は……何も……知りません……』


ロバが何事もなかったような顔を見せるとルナは58歳、魔女の表情で詰め寄った。


「そんなはずないでしょ?」


それを見たロバは視線を合わせないようにすると突然、走り出した。


「あっ、逃げた!」


短い脚の回転速度はまさに神速、2人の視野からあっという間にロバは消えていった。


「あの、糞ロバぁぁぁぁぁ!!!」


先ほど見せた『姉』の姿など微塵も感じさせないルナの怒号は、明らかにいつもの守銭奴であった。


ベアーはそれを見ると半笑になって肩を落とした。








これでゴルダ篇は終わりとなります。ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。


それから途中で感想をくださった方、レビューを書いてくれた方、本当にありがとうございました。あれがなければ、たぶん途中で失踪していたと思います。


正直言いまして、今回は想像以上に作品を書くのに苦労しまして……『もうブン投げたい』という思いに駆られていました。


ですが、それせずに済んだのは、やはり感想の力でございます。本当にありがとうございました。


もしよければ7章の感想を残していただけるとうれしいです。この章は今まで以上に自信のない出来でして……正直、面白いのかどうかイマイチ自分でもわからないんですよね、客観的な意見を残してくれると助かります。


さて、次回ですが、外伝2章(パトリック編)を予定しています。10月中旬以降になると思います。


ではまた!

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