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第三十七話

ちょっと長くなったので、分割します。今回は前篇となります。


次回が後編、ゴルダ篇の再終話となります。

105

そんな時である、魔導兵団の女騎士(ロバがまとわりついていた人物)が声を上げた。


「アルフレッド様、ゴルダ卿の容態が!」


 その声は実に厳しい、明らかに状況が悪転していること知らしめている。アルフレッドは状況を確認するべくゴルダ卿のもとに近寄ると声をかけた。


「ゴルダ卿よ」


アルフレッドが呼びかけるとゴルダ卿は青白い顔で答えた。


「……夢を見ていたようだ、アルフレッド……」


その顔には禍々しい雰囲気はなく、かつて名領主と呼ばれた時の面持ちがあった。


「何をしたかわかっているのか?」


 アルフレッドがそう言うとゴルダ卿は「ああ」と答えた。そこには『取り返しのつかないことを成さしめた』という後悔の念が滲んでいる……


アルフレッドはその様子を見ると、先ほどの女騎士に治療するように目で合図した。


だが……ゴルダ卿はそれを拒否する仕草を見せた。


「このまま、死なせてくれ、私はあまりに非道な行いをしてしまった……」


今までの狂人と思しき姿は影をひそめ、ゴルダ卿は貴族の矜持を見せた。


「生き恥を晒すのは勘弁してほしい……」


ゴルダ卿が小さな声でそう言うとアルフレッドはその手を握った。


「何が起こったんだ、お前の身に……」


アルフレッドがそう言うとゴルダ卿は青白い顔で答えた。


「発端は10年前だ、私が鉱区の検分するために公務で出かけた時のことだ……」


ゴルダ卿が浅い息で話し出すと、ベアーとルナは気になってその身を寄せた。


                               *


「私は工事の状況を確認するためにいつも遠眼鏡とおめがねを使うんだが、その時はうっかりと忘れてな……だがそれに気付いたエリーが遠眼鏡を私に届けようとしたんだ……」


ゴルダ卿は腹部の痛みに顔を歪めながら続けた。


「エリーは気を利かせて速く届けようとしたのだろう、ショートカットするために支え柱のない坑道を使ったんだ……だが、それが間違いだった。」


それを耳にしたベアールナは顔を見合わせた、その表情には不吉な思いが浮かんでいる。


「エリーは馬が得意でな……急いで走り抜ければいけると思ったんだろう……だがそうはいかなかった……走り抜けた所で事故が起こった。」


ゴルダ卿はそう言うと涙を流した。


「馬が落盤の崩れる音に驚いて暴れたんだ……そして……エリーは馬から落ちた。」


ゴルダ卿は声を震わせた。


「普通なら、受け身も取れただろう……だが、エリーは私の遠眼鏡を壊すまいとして……」


ベアーがゴルダ卿を見るとその表情には苦悶が浮かんでいる……


「……エリーは即死だった、首の骨を折って……右脇に抱えていた遠眼鏡は傷一つなかった……」


それを聞いた炭焼き小屋の主人は大きく息を吐いた。


「そういうことか……」


炭焼き小屋の主人はゴルダ卿の娘に対する異常な執着が10年前の事故に起因していることを悟った。


「それからだ、私は心の隙間を埋めるために『研究』に興味を持つようになったのは……」


ゴルダ卿がそう言うとアルフレッドがそれに反応した。


「お前が人体錬成に興味を持った理由は分かった。だが闇の魔道書やあのモニュメントは素人で手に入れられるものではない、あれはどうやって手に入れたのだ。」


アルフレッドが核心に迫る質問をするとゴルダ卿はアルフレッドを見た。


「門番だ、門番が連れてきた女が私にすべて教えてくれた。」


「女?」


アルフレッドが興味深げに言うとゴルダ卿が小さく頷いた


「ああ……だが……その部分の記憶は薄れているんだ……どうやっても顔が思い出せない……本当に女だったのかも……」


 ゴルダ卿はそう言うと暗く沈んだ表情を見せた。そして、我に返るとゴルダ卿はその瞳に涙を浮かべた。


「私はなんという過ちを……娘だけでなく、領民にも……酷いことをしてしまった、もう取り返しがつかない……」


 ゴルダ卿はそう言うとすがるような視線をアルフレッドに向けた。そこには『楽にしてくれ』という思いが浮かんでいる―――アルフレッドそれを見ると思案した。


『この腹部の傷、出血が多い。それに腸管も傷つけているはずだ。このままならもたんだろう……楽にしてやるのも情けかもしれん……』


アルフレッドは安楽死という選択肢を脳裏に浮かべた。


だがその時であった、その思いとは全く逆の行動に出る人物がススッと前に出た。



106

1人の少年がゴルダ卿のもとに身を寄せると、おもむろに回復魔法(初級)を詠唱したのである。


アルフレッドはそれを見て声をかけた。


「死なせてやらんのか?」


それに対してベアーはきっぱりと答えた。


「いかなる咎を持とうとも、その罪を悔い改める気持ちがあるのなら、その人間はこの世界で生きていく必要があります。たとえ人から疎まれ、指を刺され、恨まれたとしても―――」


ベアーは祖父の教えを口にした。


「苦しみながら生きていくこと、それが咎人にとってなによりもの罰になるでしょう。いばらの坂道でもだえ苦しむことがこの人に必要なことです。」


ベアーがきっぱりと言うとアルフレッドは渋い表情を浮かべた。


そして、しばし思案すると小さく頷いた


「あいわかった」


アルフレッドはそう言うと先ほどの女騎士に声をかけた。


「ここで手術を行う、何があってもゴルダ卿を死なせるな!」


アルフレッドがそう言うと女騎士は素早く鎧を脱いでオペに対応するべく反応した。


                                *


ゴルダ卿はその様子を悟ると切ない表情を見せた。


「……なぜ、お前は私を助けるのだ……」


ゴルダ卿が薄目を開けて少年を見ると少年は乾いた口調で言った。


「僕が助けるのはあなたではありません」


少年はそう言うとゴルダ卿を見つめた。


「貴族を殺した平民はいかなる理由があろうとも死罪になります。つまりあなたがここで死ねばアルは死刑として処されるでしょう。ですが僕はそんなことはさせたくない。父を奪われた友が死刑台に立たされる姿を見たくない!」


ベアーは断言するとゴルダ卿を見た。


「あなたには生きてもらいます。そして精一杯、生き恥を晒してもらいます。」


ベアーはそう言うと厳しいながらも慈愛のこもる表情をみせた。


「どうか残りの人生を悔やみながら、そして、苦しみぬいて生きてください!」


 少年がその瞳に熱い炎をたぎらせてそう言うとゴルダ卿はその体を震わせた。その瞳には己の所業を悔いる悔恨とこれから起こるであろう絶望が浮かんでいた。


 人を助けること、それは生易しいことではない。なぜなら咎人は生きて十字架を背負わなくてはならないからだ。そしてその重みに死ぬまで苦しむのである。


 ベアーはそれを分かっているのだろう、その眼には友を助けるという打算とともに苦しむゴルダ卿の未来を見据える厳しさがあった。



107

手術が無事に済むと、夜が明けていた。


ゴルダ卿が担架にのせられ医療施設に運ばれるのを確認するとアルフレッドがベアーに声をかけた。


「よくやった、縫合した腸管に直接、回復魔法を施すとはなかなかのやり方だ。」


アルフレッドはそう言うと肩をポンとたたいた。


「あの方法ならば初級の回復魔法でも十分な効果が得られる、ゴルダ卿が死ぬことはないだろう」


アルフレッドはそう言うと今度はルナに目を向けた。


「では、最後の仕上げた」


アルフレッドはそう言うとモニュメントを指差した。


「焼いてしまえ、あれが此度こたびの元凶だ」


 言われたルナはニヤリとした。そして魔法の言葉ルーンを唱えると人差し指に灯した炎を火球として放った。


                               *


 火球はモニュメントをとられえるとその全体に拡がった。そして同時に、たんぱく質が焦げるような異様な匂いが石室に拡散する……


『……オオオォォ……オオォ……』


モニュメントは人の叫び声のような音を立てて燃えた。


 ベアーは人体錬成の元凶をともなったモニュメントが崩れていく姿を眺めたが、それは断末魔の叫び声をあげる人間に思えた。


「これでいい……」


アルフレッドは疲れた声をあげるとルナの顔を見てその手首を握った。


「私、年寄りとのプレイはお断りしたいんですけど!」


ルナが鼻をツンとさせてそう言うとアルフレッドがそれに答えた。


「ああ、私も魔女には興味ない」


そう言ってアルフレッドが手を放すとルナの手首には再び魔封じ腕輪がつけられていた。


『……なるほど、そういうこと……』


ルナが58歳の魔女の表情を浮かべて見やるとアルフレッドはフフッと嗤った。


「これで一件落着だ」


この一言でゴルダ卿の館で生じた出来事は幕を閉じることとなった。





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