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第三十六話

100

死神がベアーの首にその鎌を当てた時である、ベアーは大地を揺らすような振動を体に感じた。そしてその重厚感のある音は近づくにつれて雪崩が起きたような爆音へと変化した。


「どうやら間に合ったようだな」


炭焼き小屋の主人がそう言った時である、石室の入り口から怒涛の勢いで隊列を組んだ兵団が飛び込んできた。


ベアーはその兵団を目にすると思わず呻った。


『何だ、この騎士たちは……』


ベアーがそう思った時である、アルフレッドがベアーに声をかけた。


「ソフィアに託した手紙が無事に着いたということだ」


 言われたベアーは置屋の地下でパスタの生地を捏ねていた時に、アルフレッドが書き物をしていたことを思い出した。


『そういうことか……』


ベアーは今になりソフィアの存在のありがたみを痛感した。


                                 *


 アルフレッドが兵団の隊長に目で合図を送ると、兵団の隊長はその意味をすぐに理解して兵団の騎士たちに人差し指を見せた。


騎士たちはそれに合わせて隊列を変化させると鉄仮面を覆うようにして陣形を組んだ。


その時である、ルナがベアーの袖を引っ張った。


「あいつら、何?」


ルナが素朴な疑問を呈するとベアーがそれに答えた。


「魔導兵団だと思う」


ベアーが銀色に煌めく鎧とその盾に記されたひばりの紋章を見てそう答えるとルナは素っ頓狂な声を上げた。


「……マジ……」


 魔導兵団とは300年前、魔人との戦いの中で生み出された人間兵器のことである。当時、兵団の騎士たちは魔人の放ったモンスターをものともせずに血祭りにあげ、人々からは破壊者クラッシャーと呼ばれていた。


 一方、魔女もその名を知らない者はいない。なぜなら魔導兵団は魔女狩りにも参画した歴史があるからである。魔導兵団により屠られた魔女の数は少なくない……その名を聞いたルナは目を泳がせると、かなりビビった表情を見せた。


「もうなくなったんじゃないの、魔導兵団って……」


「うん、とっくの昔に解散になったって……」


 時代が変わり太平の世が続くようになると魔導兵団は解散となり、今ではおとぎ話でしか耳にしない存在となっていた。だが二人の前には明らかに魔導兵団とおぼしき連中が陣取っている……


『魔導兵団、ほんとにあったんだ……』


ベアーは目の前にした兵団の存在に驚きを隠さなかった。



102

アルフレッドが声をあげると27名の兵団は陣形を組んて鉄仮面を取り囲んだ。個人としては対峙せず一斉に責める算段である。


「鉄仮面よ、この兵団から逃れるすべはないぞ!」 


アルフレッドは息を吹き返したように言うとその手を上げた。


「呪いをその身に宿した者に容赦はせん、覚悟しろ!」


アルフレッドがそう言や否やであった魔導兵団の騎士たちは一斉にとびかかった。


                                 *


 各個であれば鉄仮面にも勝機はあったであろうが、27名の兵団が入れ代わり立ち代わり休まず攻撃すれば、さしもの鉄仮面も受け流すことで精一杯であった……


程なくすると鉄仮面は石室の壁際に追い詰められていた。


「どうやら勝負あったようだな」


アルフレッドは変わらずの厳しい表情そう言うと鉄仮面に語りかけた。


「投降しろ、悪いようにはせん」


それに対して鉄仮面はククッと嗤った、そこにはいまだに余裕がある。


「老いぼれ、笑わせるな!」


そう言うや否や鉄仮面はショートソードを鞘に戻すと腰だめに構えた。


「この一撃、耐えられるかな?」


ベアーはその物言いに不吉なものを感じた、


『もしかして、わざと壁際に追い詰められたんじゃ……』


そう思った瞬間である、鉄仮面は気合を込めた一閃を放った。


そして、つぎの瞬間―――


 ベアー達は10人以上の騎士が宙を舞うのを目撃した。180度の弧形となって陣を組んだ屈強な騎士たちが鉄仮面の素振りで吹き飛んだのである。


ベアーはまさかの一撃に言葉をなくしたがアルフレッドはそれに対して飄々とした態度を見せた。


「『かまいたち』か……やるではないか……だが、その程度の技では騎士たちには通用せんぞ」


 その言葉通り吹き飛ばされた兵士たちはすぐに立ち上がると、再び陣の中へとその身を寄せていく……その姿は不死身とさえ思える……


 それを見た鉄仮面は舌打ちした。さらには自身の持つショートソードに大きな亀裂が入っていることに気付いた。


「ちっ、なまくらが!!」


 鉄仮面は吐き捨てるようにそう言うと剣を捨てた。そして軽業師の様にして壁を使って跳躍すると取り囲んでいた兵団を難なく飛び越えた。


「命拾いをしたな貴様ら、だが次の機会はないぞ!!」


鉄仮面は実に不道徳な声を残すとその場を滑空するようにして走り抜けて入り口へと消えていった。


 ベアーは魔導兵団の騎士たちが鉄仮面を追う姿を眺めたが、27名を相手にして傷一つ追わない鉄仮面の能力に空恐ろしいものを感じた。


それに気づいたアルフレッドがベアーに声をかけた。


「奴は捕まらんよ」


アルフレッドは実に厳しい表情でそう言った。



103

石室を覆っていた嫌な空気は鉄仮面が消えたことにより正常化された。その場にいた一堂はホッとした表情を浮かべてへたりこんだ。


一方、アルフレッドは残した兵団の騎士たちにテキパキと指示を与えるとポップの救出を成功させた。


 ポップは意外にも元気なようでその意識もはっきりしていた。ポップが助ると妹のハンナは嬉しそうな顔をして兄に抱き着いた。その様子はその場の雰囲気を明るくして何とも言えないほんわかした空気が生まれた。


「よかった……」


ベアーがそう言うと隣にいたルナもそれに同意した。


「ほんとよかった、でも、今回は無理だと思ったよね……」


ルナが心底疲れた表情でそう言うとベアーも同意した。


「色々あったけど、今回はガチでヤバかった……」


 ルナがベアーの腰に手を回すとベアーもルナの肩に手を回した。その距離感は兄妹でもなければ恋人でもない、二人ならではの独特のものであった。だが厳しい環境を助け合って乗り越えたという事実は二人の中に今まで以上の信頼の絆を紡いでいた。


                                 *


そんな時である、アルフレッドが二人に近寄り声をかけた。


「今回はよくやった、お前たちの活躍で危機は回避された」


アルフレッドはそう言うとベアーの方に顔を向けた。


「あの状況でお前とロバが『間』をつくらなければ、兵団は間に合っていなかった。紙一重のタイミングで助かったのはお前たちの『掛け合い』だ」


アルフレッドはそう言うと魔導兵団の女騎士にちょっかいを出すロバに目をやった。


「人生とは不思議なものだ、あのようなロバに助けられるとは……」


アルフレッドがそう言うとベアーがそれに反応した。


「でも、誰も死ななかったし、良かったです。」


ベアーが朗らかな顔でそう言うとアルフレッドも同意して深く頷いた。


だがその時、ベアーの視野にはまさかの人物がとらえられていた。



104

何とベアーの眼にゴルダ卿に襲い掛からんとするアルの姿が映ったのである。そしてアルの右手には鉄仮面の捨て置いたショートソードが握られていた……


『マズイぞ……』


ベアーは直感的にそう思うと友人を助けるべくゴルダ卿のもとへと走った。


                                 *


 だが、ポーションの効果が冷めやらぬアルの行動は実に素早く、気を失っているゴルダ卿に向けてその一撃が振り下ろされた。


そして―――


ショートソードはゴルダ卿の腹部に突き刺さった。


 気を失っていたゴルダ卿はその衝撃で目を覚ますとアルを見た。その眼は憑き物が落ちたような純朴なもので今までの行動を悔いるような光がある。


一方、アルはそれに構わず、咆哮した!!


「親父の仇!!!」


アルはそう言うと再びショートソードを振り上げた。


                                 *


その時である、追撃を加えようとしたアルを後ろからベアーが羽交い絞めにした。


「駄目だ、アル、それ以上は!」


ベアーは続けた、


「こんなやつ殺したって……」


ベアーはそう言ったがアルは聞かなかった。


「こいつが全部悪いんだ、こいつが!!」


 未だポーションの効果が続いているようでその力は尋常ではない、アルはその眼を赤々と輝かすとベアーを振り払った。


だがその時である、思わぬ事態が生じた。


 何とロバがアルに対してヒップアタックをかましたのである。大した一撃ではなかったがアルは体勢を崩すとその場に倒れた。


ベアーはそれに乗じて右手のたショートソードはねのけると、そのまま馬乗りになった。


「人殺しは駄目だ!!」


ベアーはそう言うと熱意のこもった表情でアルを見た。


「ゴルダ卿は裁きを受ける。人体錬成を行った罪、君のお父さん殺した罪、そしてポップとハンナの御両親を殺めた罪、いくら貴族といえども重罪は免れない……死刑だって十分あり得る!」


ベアーは真摯な表情で続けた。


「だが、これ以上の罪を犯せば、君もただでは済まない……」


 ベアーはそう言ったがアルは再びその眼を赤々と輝かせた。その眼に含まれる殺意は明らかで、増幅し憎しみは理性でおさえられるものではなかった、


それに気づいたベアーは実力行使に出た、なんとアルの頬を思い切り平手で張ったのである。


「いいかげん気付よ、アル!!」


ベアーはそう言うとその瞳に涙をためた。


「君のお父さんが殺されたのは、本当に気の毒におもう……だけど、憎しみに飲まれてゴルダ卿を殺せば、君もゴルダ卿と同じ人間になってしまう……僕は……友達に鬼畜の世界に堕ちてほしくない」


ベアーはそう言うと涙ながらにアルを見た。


「一緒にパーラーに行くんだろ……もう一度、パーラーに……」


言われたアルは唇を震わせた。ベアーはそれを見るとここぞとばかりに声を張り上げた


「ダーマスで下半身の異文化交流するんだろ、お風呂でニャンニャンするんだろ、まだ経験してない巨乳ビッグティッツだってあるはずだ!!!」


ベアーが魂の叫びをあげるとアルは急に真顔に戻った。


そして


「……巨乳ビックティッツ……」


と小さな声でこぼした。


                                 *


その直後である、アルは頭を抱えて突然、悶えだした。


「……痛い、頭が……」


 アルはそう言うとそのまま20秒ほど苦しみ、口から緑色の液体を吐きだした。強い酸味を放つその液体はこの世のもとは思えぬ匂いを放っている……


アルフレッドはそれを見ると静かな口調でベアーに語りかけた。


「もう大丈夫だ、バッカスの酒の毒が抜けた」


 言われたベアーがアルを確認するとその顔はいつもの表情に戻っていた。具合は悪そうだが大丈夫そうだ……


ベアーはそれを見て安心すると尻餅をついて大きく肩で息をした。


一方、アルフレッドはそれを見て思った。


『性の衝動が憎しみを越えたか……若さだな……老いぼれにはない特権だ』


 アルフレッドは含蓄のある表情を見せた、そこには老獪な年寄では成しえなかったことに対する羨ましさがのぞいていた。


                                 *


さて、その一部始終を見ていたルナであったがその表情は実に厳しい……


『何が下半身の異文化交流よ、何がお風呂でニャンニャンよ、バカじゃないの!!』


ルナは少年たちの見せたやり取りに不愉快な思いを持った、そして自分の平たい胸を見た。


『巨乳許すマジ!!』


ルナは妙な所で怒りの狼煙をあげることになった。





次回で7章の最終話となります。

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