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第三十四話

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一方、その頃(ルナが気を失った時)、ベアーと炭焼き小屋の主人は石室へと続く道を歩んでいた。通路には鉄仮面にやられたと思われる兵士達が壁面にもたれかかり、不具の生じた体を昏い表情で見ている……


 ベアーたちは未来を潰された若い兵士たちの姿に何とも言えないものを感じたが、今は彼らに時間を割くことはできない……ベアーたちはそれを横目で見ることさえなく、目的地にむかって足を進めた。最優先事項はゴルダ卿の人体錬成を妨げ、ルナとアルを助けることである。


「この先何が起こるかわからん……だが未来を見定める必要がある」


 炭焼き小屋の主人は静かだが厳しい口調でそう言うと、この先、進むことには死を賭す覚悟がいることを仄めかした。


「無理だと思うなら、ここで待っていても構わんぞ」


炭焼き小屋の主人が優しげな口調で言うとベアーはかぶりを振った。


「ここまで来たら、最後まで見届けたいです」


ベアーはそう言うとルナとアルの事を思い浮かべた。


「それに友達を助けたいです!」


それに対して炭焼き小屋の主人は横目でベアーを見た。


「魔女であってもか?」


炭焼き小屋の主人がわざと試すように言うとベアーは即答した。


「はい!」


 炭焼き小屋の主人はベアーの顔を見ると小さく頷いた。そして壁にもたれていた兵士の持ち物の中からベアーに仕えそうな武器を物色した。


「これを持て」


炭焼き小屋の主人はそう言うと矢をつがえたボーガンをベアーに渡した。


「引き金を引かなくとも牽制にはなる」


そう言うと炭焼き小屋の主人は大きく穿たれた穴へとその足を向けた。


                                 *


 石室に入るや否や、息苦しさと軽い眩暈がベアーを襲った。紫色の香がもたらした負の効果は心身ともに悪影響を与えた。ベアーはあまりの不快感にしゃがみこんだ


『何なんだ、ここの空気……』


ベアーは石室を覆うよどんだ空気に吐き気を催した時である、炭焼き小屋の主人が声を張り上げた。


「ゴルダ卿!」


その声は良く通り、全て者を振り向かせるような威厳がある。


「貴様、これはどういうことだ!」


炭焼き小屋の主人がそう言うと石室の中央にいたゴルダ卿が声を上げた。


「アルフレッド、貴様には関係ないことだ。この場から去れ!」


それに対し炭焼き小屋の主人は変わらずの口調で続けた。


「何をしているのかわかっているのか、ゴルダ卿!」


 アルフレッドと呼ばれた炭焼き小屋の主人は奇怪なモニュメントに目をやった。そしてそこに10歳に満たない少年がその上体を埋め込まれているのを確認した。


「貴様、『獣道』に足を踏み込んだな……」


 そう言ったアルフレッドの口調は淡々としていたが、今までと異なる雰囲気があった。そこには人道を踏み外した人間に対する怒りがありありと窺えた。


ベアーはその様子を見ると息をのんだ。


『……めっちゃ、怖い……』


ベアーは自分の膝が無意識に震えているのを感じた。


 一方、言葉をかけられたゴルダ卿はそれ以上の反応を見せていた。体をブルブル震わせると異様な汗をかき、浅い呼吸を繰り返していた。そこには恐怖による自律神経の異常が現れていた。


それを見たアルフレッドは優しげな声色で話しかけた。


「最後にチャンスをやる、ゴルダ卿よ」


 アルフレッドはそう言うと射殺すような眼光をゴルダ卿に浴びせた、そこには『人体錬成をやめろ』という意志がくっきりと浮かんでいる……


 その眼を見たゴルダ卿は金縛りにあったように動けなくなると膝をガクンと落とした。アルフレッドの持つ眼力に浸食されたゴルダ卿は放心状態に陥っていた。


ベアーは思った、『これで勝ちだ!』と―――



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だが、そうはならなかった。揺らいだゴルダ卿の気持ちを断ち切るようにして2人の間に割って入った人物がいた。


「茶番はやめろ!」


そう言ったのは鉄仮面であった。鉄仮面は炭焼き小屋の主人にショートソードを向けた。


「この実験を私は最後まで見届ける。この不道徳な行いがもたらすわざわいをこの目にするのだ!」


そう言うと疾風のごとく鉄仮面はアルフレッドの襲いかかった。


                                  *


アルフレッドは鉄仮面の一撃を見事な体捌たいさばきでかわすとベアーを見た。


「お前は魔女の娘と少年を助けろ!!」


 鬼気迫る声が耳に届くとベアーは我に返って辺りを見回した。そしてモニュメントから少し離れたところにある台座に気づいた。


『ルナ……あそこか!』


 ルナは大理石の台座に寝かされていた。まだ息があるようで呼吸している胸が上下動している。ベアーはそれを見ると未だ震えているゴルダ卿をボーガンで牽制しながらルナ所に向かった。


                                *


大理石の台座に横たわっていたルナをベアーが揺り動かすとルナは薄目を開けた。


「…………」


夢の世界から急に覚醒したような表情は10歳の少女そのもので、そこには58歳の面影はない。


「大丈夫?」


ベアーが恐る恐る尋ねるとルナはその眼を大きく見開いてガバッと起きた。そして開口一番に叫んだ。


「ハンナとポップ!!!」


ベアーは何のことかわからずルナの気が振れたのかと思った。


「人体錬成の材料にされかけてる子供がいるの!」


ルナはそう言って立ち上がるとモニュメントに埋め込まれたポップを助けようとするハンナの姿を確認した。


「あれよ、あれ!!」


 ルナの指差した所には兄の体を引きずり出そうとするハンナの姿があった。小さな体で一生懸命ポップの足を引っ張っている……


ベアーとルナはそれを見ると互いに顔を見合わせてモニュメントに向かって走った。



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ポップの上体を飲み込んだモニュメントはまるで生き物のようであった。脈打って胎動する様はまさに子宮のようで、その子宮はポップを胎児のごとく扱っていた。


 ベアーは手にしていたボーガンを置くとポップの腰回りに手をかけた。一方、ルナはハンナと逆側の足に手をかけて引っ張った。


 3人が力を合わせて引っ張るとビチビチというゴムがちぎれるような音がしてポップに巻きついていた管が裂け始めた。


3人はその音に勇気づけられるとさらに力を込めた。


ベアーは思った、


『いける、いけるぞ!!』


 渾身の力を込めて3人はうずもれたポップを引きずり出そうとした。そしてポップの後頭部がモニュメントの中から現れ始めた。


『よし、やったぞ!!』


ベアーがそう思った瞬間である、思わぬ展開が待ち受けていた。


何とゴルダ卿がベアーの置いたボーガンをその手にしていたのである。


「甘いな、お前ら」


ゴルダ卿はそう言う悪魔的な笑みを見せた。



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一方、鉄仮面と対峙していた炭焼き小屋の主人はすさまじい速さで繰り出す鉄仮面の攻撃を紙一重で交わしていた。その様は実に優美で、一切の無駄のない回避行動は美しいとさえ思える。


「やるではないか、老いぼれ。だがけているだけではらちが明かんぞ」


 鉄仮面は相変わらずのくぐもった声で愉しげに声をかけた。そこには骨のある相手を見つけたことに対する悦びのようなものが浮かんでいる……だが鉄仮面の醸す雰囲気の中には勝利を確信するオーラが滲んでいた。


「遊びは終わりだ!!」


 鉄仮面はそう言うと鋭い一撃を下段へと向けた。アルフレッドはそれを予期して跳躍すると見事に中空でバランスをとって剣をかわした。


たが……


 着地した瞬間であった、アルフレッドはその右脚に鋭い痛みが走るのを感じた。それはベアーが回復魔法で治療した部分であった。


「……クソッ……」


 アルフレッドの足はベアーの回復魔法で一時的にその具合が緩和されていたものの、激しい動きには耐え切れず、踏ん張りがきかなくなっていた……


「お前が足をかばいながら立ち回っていたのはお見通しだ!」


鉄仮面がそう言って追撃を加えた時である、アルフレッドは体勢を崩しその場に白餅をついてしまった。


「老いぼれよ、楽にしてやる。お前のような知恵者はいずれ私の敵になるであろうしな」


鉄仮面は『ククッ』と嗤うとアルフレッドに向けて剣を向けた。


その切っ先を見たアルフレッドは自身の肩に死神が下りてくるのを感じた。



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ボーガンを構えたゴルダ卿はアルフレッドが死の淵に追いやられたことをその眼にした。


「どうやら、お前たちの希望も潰えたようだな」


形勢が完璧に逆転したゴルダ卿は実に愉快そうな声を上げた。


「新月までの時間はさほど残されていない、儀式を始めようではないか」


ゴルダ卿はそう言うとその思いをエリーに向けた。


「エリーが、娘がこれで再誕する……実に……すばらしい」


ゴルダ卿が歓喜するとベアーはそれに対し反応した。


「あなたは何か勘違いしていませんか、死んだ人間はよみがえることはありませんよ!」


ベアーがそう言うとゴルダ卿は嗤った。


「子供の体、そして魔女の血肉、これらを糧としてそのモニュメント作動させればエリーは蘇るのだよ!」


それに対してベアーは辛辣な一言を浴びせた。


「たとえ人体錬成が成功して新たに肉体が生まれようとも、魂までは造れません。僕は僧侶ですからそのぐらいのことはわかります。」


ベアーが祖父の話していたことを言うとゴルダ卿が目つきを変えた。


「蘇生の魔法を用いない限り、死んだ人間は蘇らない。冥界の扉を抜けた魂はこの世には戻らないんです。ですが……この世界に蘇生の魔法を使える術者はもういないんです、つまりあなたの娘は蘇りません。」


ベアーが力説するとゴルダ卿は顔を真っ赤にした。


「いや、蘇る、エリーは蘇るんだ!!」


ゴルダ卿はそう言うとベアーを見た。


「エリーには蘇ってもらわないと困るんだ……絶対に……」


感極まったゴルダ卿は感情をおさえられずポツリとこぼした


「エリーは私のせいで死んだんだ……わずか10歳で……だが、私はその事実に耐えられない」


それに対しベアーは僧侶としての言葉を投げかけた。


「子を失った親はあなただけではありません」


ベアーが強い口調で言うとゴルダ卿は激高した、


「お前に子を失った親の気持ちがわかるのか、自身の過失で子を失った親の気持ちが、お前にわかるのか!!」


ゴルダ卿が魂の叫びをあげると、ベアーはそれに対して冷徹な声で返した。


「ならば、あなたは親を失った子供の気持ちがわかるのですか、あなたに親を奪われたこの子たちの気持ちがわかるのですか?」


ベアーはハンナとポップの事を引き合いに出してそう言った。


「自身の過失で娘を失ったことはあなたの責任でしょう、それを埋め合わせるために領民の子供の命をあてがうなど、許しがたい暴挙です!!」


ベアーは一切、ひるまなかった。そこには僧侶の尊厳をかけた少年の思いが凝縮している。


「ゴルダ卿、あなたは絶対的に間違っている!」


 ベアーが確信に満ちた表情でそう言うとゴルダ卿は唇をワナワナとふるわせた。そして話を一方的に打ち切るとボーガンの照準をベアーに合わせた。


「まずはお前からだ!」


ゴルダ卿はそう言うと引き金に指をかけた。


炭焼き小屋の主人だけではなく、ベアーのもとにも死神が訪れていた……


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