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第三十三話

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さて、話はゴルダ卿の館の地下、石棺の置かれた部屋に戻る―――


 石棺の淵にかけられた白い手を見たゴルダ卿は体を震わせると大きく目を見開いた。


「エリー、エリー!!」


 ゴルダ卿は尋常ならざる声をあげて石棺に向かって走り込んだ。その眼は血走り、我を忘れている。それを見たルナは想像以上の反応を見せるゴルダ卿に内心驚きを隠さなかった。


だが、それは逆にチャンスだと思えた、


『ほんとにいかれてんのね、この貴族……』


ルナはそう思うとエリーに扮装したハンナに思いをやった。


『うまいこと時間を稼いで……お願いハンナ!』


 ルナはそう思うと素早く石棺のある小部屋を出た。そして奇怪なモニュメントのある実験室で待っていたポップに声をかけた。


「どう、通路に通じる扉は?」


 ルナが尋ねるとポップは首を横に振った、何やら特別な仕掛けが入口の扉にはあるらしくうまく開けられなかったらしい……


ルナは『やむを得ない』と思うとプランBへと変更した。


「何か武器になるものを探すのよ、隙をついてゴルダ卿を攻撃、ハンナを奪還するの」


 ルナがそう言うとポップは明るい表情を見せた。そして役立ちそうなものを物色するため実験室の棚の方に向かった。


                                 *


一方、石棺に駆け寄ったゴルダ卿はその中を確認すると能面のような表情を浮かべた


なんと、そこには白骨化した骸しかない……


「どういうことだ……」


 ゴルダ卿はそう思うと石棺の四隅を見回した。そしてその一画で体を小さくして縮こまっている存在に気付いた。


「そういうことか……」


ゴルダ卿はエリーに扮したハンナの姿を見てすべてを察した。


「私の娘に対する気持ちを利用してたばかったのか……」


 ゴルダ卿はそうひとりごちると『ハハッ……』と自虐的な笑いを浮かべた。そしてハンナの腕をつかむと石棺から引きずり出した。


「舐めた真似をしてくれるではないか!」


ゴルダ卿はそう言うと声を荒げて二の句を告げた。


「出て来い、魔女の娘、私をだました咎をお前の体に刻んでやる!!」


激高したゴルダ卿は怒りの鉄槌を下すべく、ルナのいる空間へとその足を延ばした。


                                *


 ゴルダ卿はハンナの手をつかみ引きずるようにして実験室ラボに向かった。あまりの強さにハンナは涙を見せた。


「ちょこまかせずに出て来い、魔女よ!」


ゴルダ卿は叫ぶとルナに向かって呪詛と思える言葉を吐いた。


「わが娘を装い、死者を蹂躙するとは不届き千万、下種ゲスが調子に乗るな!!」


エリーに対する愛情は闇の波動で増幅し、常人の思考とはかけ離れた考えをゴルダ卿にもたらしていた。


一方、ゴルダ卿の死角に身をひそめていたルナはその様子を見て下唇をかんだ。


『全く、面倒なおっさんね!』


ルナはハンナの状況を確認しながら次の一手を考えた。


『ハンナが捕まってるし、下手に危ないこともできない……』


 ルナは実験室の中にあった妙な液体を納めたガラスの小瓶を手にしていたが、中身が何かわからないため、ハンナに当たった時のリスクを考える必要があった。


『どうしよう……』


ルナがそう思った時である、想定外の事態が突然、生まれた。



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なんと引きずり出されたハンナを見たボップが逆上してゴルダ卿に襲いかかったのである。その顔は親の仇を取らんとする少年の純粋な思いが重なり、復讐の鬼と化した形相であった。


「妹を放せ!!」


 泣いているハンナを見たポップは顔を真っ赤にするとゴルダ卿に向かって走って行った。その手には燭台が握られている。


「おにいちゃん、痛いよ……」


 それを見たハンナが叫ぶとポップはさらに怒りを倍増させ、速くない足で必死に駆けた。そして気合のこもった一撃をゴルダ卿に加えようと燭台を振りかぶった。


『あちゃ~……マズイよ……』


ルナがそう思った瞬間である、案の定の展開が目の前で起こった。


殴りかかった燭台をかわされたポップがそのすれ違いざまに足をかけられて、すっ転んだのである。


もちろん、ゴルダ卿はそのチャンスを見逃さなかった、


「馬鹿な兄弟だ」


ゴルダ卿はそう言うと転んだボップに素早く近寄ると素手で一撃くわえて昏倒させた。


「残念だったな、せっかく小部屋から出られたのに」


ゴルダ卿はククッと嗤った。


                                 *


 一方、それを見たルナは苦々しい表情を浮かべた。だがそれと同時に7歳の男子が状況を客観的に理解して行動できると判断した自分の間違いに気づかされた。


『そうだよね……目の前で身内が捕まってりゃ、行っちゃうわよね……』


ルナはそう思うと次の策に頭を巡らそうとした、


……だがそれほど都合よく次手が出てくるわけではない……


『……どうすんだよ、これ……もう作戦ねぇよ……』


ルナはどうにもならない状態に陥っていた。


                                  *


ゴルダ卿は状況が再び自分の方に向いてきたことにほくそ笑んだ。


「魔女の娘よ、お前の目論みは破たんしたぞ、どうする?」


ゴルダ卿は実に余裕のある声で言い放った。


「人体錬成の余興としては実に面白かった、だがお遊びはもう飽きた」


そう言うとゴルダ卿は昏倒したポップを引きずりあの不気味なモニュメントの所に向かった。


「このモニュメントは子宮と同じなんだ。ここで肉が溶け合い、新たな命が育まれる。わが娘が再び生誕するのだ……」


 ゴルダ卿は焦点定まらぬ眼でポップを見るとモニュメントの正面、腸管のような管が幾重にもまきついた部分にその体を押し付けた。


ルナはその様子を眺めていたが、思わぬ事態が展開した、


なんとボップの体が泥沼に沈んでいくようにしてモニュメントの中に埋もれていくではないか……


『……どうなってんの、あれ……』


 ルナが本能的な嫌悪感をもった時である、突然、その耳につんざくような音が突き刺さった。ルナはあまりの音の大きさにその耳ををふさいで座り込んだ……



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それは石室の扉が吹き飛ぶ音であった、そしてぽっかりと空いたその空間から砂煙とともに鎧に身を包んだ人物と一人の少年が現れた。


「厳重なカギをかけ、何をしているかと思えば……こんなことを……」


くぐもった声とともに独特の金属音が石室に響く、それはゴルダ卿が以前に聞いたことがある音であった。


「鉄仮面……貴様!!!」


ゴルダ卿はまさかの人物に怒り心頭といった表情で鉄仮面を睨みつけた。


「お前には礼を言わねばならん。あの白金は素晴らしい精錬の具合だった、あれなら高く売れる」


鉄仮面がそう言うとゴルダ卿は舌唇を噛んだ。


「だが、ユルゲンスを用いて私を欺こうとしたことはゆるし難い」


 鉄仮面がそう言うとその脇にいた少年が咆哮した。そしてその体を獣のように四つん這いにするとゴルダ卿に襲い掛からんとした。


「お前に対する怒りを持つ者は少なくないぞ、この少年のようにな!!」


鉄仮面はククッと嗤うと少年を猛獣の使いの様にしていさめた。


「しかし、とんでもないことを考えていたみたいだな……」


 鉄仮面はそう言うとその眼をモニュメントのほうに移し、上半身を吸い込まれたポップを見て実に興味深そうな声を上げた。


「まさか、人体錬成を行おうとするとはな」


鉄仮面が愉快そうにそう言うとゴルダ卿がポップから手を放して向き直った。


「それがどうした、お前に何がわかる!!」


ゴルダ卿は鉄仮面を睨み付けた。


「わが娘を再びこの世に生誕させるのだ、平民の犠牲ごときはたしたものではない。」


ゴルダ卿が『気が振れた』としか思えぬ声をあげると鉄仮面は『ククッ』と嗤い、思わぬ言葉を投げかけた。


「この余興、面白いではないか、ゴルダ卿よ!」


鉄仮面はそう言うとゴルダ卿に向き直った。


「人体錬成など不可能な所業だ。だがこれがもしできるなら、それはそれで面白い」


そう言った鉄仮面はゴルダ卿をねめつけた。


「見せてもらおうでないか、ゴルダ卿、人体錬成を!!」


ゴルダ卿はそれに対してその眼を白黒させた、そこには明らかな驚きがある……


「私はね、倫理に背く行為の中に本質があると考えている。禁忌と呼ばれるものの中にこそ事物の眼目が揺蕩たゆたっているんだよ。」


ゴルダ卿は鉄仮面の不遜な言葉の中に自信の歪曲した思いと通ずるものがあると直感的に感じた。


そして、その眼を鉄仮面に移した……


「いいだろう、立会人オブザーバーとしてこの奇跡をその眼にするがよい!」


 2人の異常者は思わぬところで意気投合していた。許さざる行為の中に真髄を見出した者が見せる狂気の饗宴が幕を開けたのである……


                               *


一方で、その会話を棚の陰から聞いていたルナはその体を硬く強張らせていた。


『何なの、あの鉄仮面……ド変態じゃん……』


石室のドアをぶち破り侵入してきた存在はゴルダ卿以上に不遜な存在であった。


『こんなの……聞いていないし……』


 石棺のある小部屋からゴルダ卿を欺いて脱出したものの、3分と経たずにポップとハンナは囚われの身となった……そして轟音と共に扉をぶち破って現れた鉄仮面はゴルダ卿と意気投合し人体錬成を成さしめようとしている……


『このままだと、殺される……』


ルナの直観は『死』を嗅ぎ取っていた。。


『……これ、私ひとりじゃ、もうどうにもならないよ……』


 ルナがそう思った時である、その思いを現実化せしめるような事態が展開した、何とルナの隠れていた棚がドウツという音を立てて真っ二つに裂けたのである。


ルナはあまりの出来事に驚き、その身を硬直させていた……


「……嘘……」


ルナの眼前にはショートソードを持った鉄仮面が立っていた。


「お前が人体錬成、最後の材料のようだな」


鉄仮面はそう言うとルナの腕に目をやった。


「魔女か……なるほど……」


鉄仮面はそう言うとククッと嗤った。


「面白そうだ」


鉄仮面がそう言った時である、ルナの意識は飛んでいた。


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