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第三十話

79

ベアーと炭焼き小屋の主人は再びゴルダ卿の館を目指すことになった。


 だが陽が昇ったことでキャンベル海運の事件が明らかになるとゴルダ卿から非常事態宣言が即座にだされ、観光客どころか一般業者までその行動を制約される事態へと変化していた。


「速いな、動きが………」


 炭焼き小屋の主人は事件が起こってから1時間もたたぬうちに非常事態宣言が出されたことに驚きを隠さなかった。


「ゴルダの街は完璧にコントロールされているな……想像以上だな……」


 既に街の空気は通常時とは異なる緊張感が支配し、今から戦争でも起こるのではないかという雰囲気が漂っていた。


「これじゃあ、動けませんね……労働者に扮装して館に近づこうと思っていたのに……」


 ベアーたちは変装コスプレして館まで行こうと考えていたがすでに市民に対する外出禁止の呼びかけが始まり、治安維持官達が足しげく街中を馬で巡回していた。


 2人は館に近づくことができないどころか、変装するための衣服さえ手に入れられない状態に陥っていたのである。


「夕方まで身を隠すほかないな……だが、隠した所で館の警備が緩くなるわけではないしな」


知恵袋ともいうべき炭焼き小屋の主人でさえも現状を打破する方法はないようでその表情は暗い……


「誰か知己でもいればいいのだが……」


 炭焼き小屋の主人がそう言った時である、街中を小走りに駆けまわる体の大きな男がベアーの眼に入った。


『あれは……アルの親方……』


その人物はベアーに気づくと血相を変えて駆け寄ってきた。


                                 *


アルの親方はベアーを見るなり声を上げた。


「アルを見なかったか?」


息を切らして話しかけてきた親方に対し、ベアーは渋い表情を見せた。


 それというのも、アルが自由の鷹に参加してゴルダ卿の私兵とキャンベル海運の倉庫で衝突したこと、そしてポーションの影響下にあることを伝えていいのか、迷ったからである。


「昨日の夜から帰ってないんだ、何か変な活動に夢中になっていたみたいなんだ」


 親方はそう言うと真剣な表情でベアーを見た。そこには心底心配している親のような様子がある。ベアーはそれを見ると息を吐いた。


「アルは大きなトラブルに巻き込まれています。自由の鷹という政治結社に参加して………その結果、さらなる悪い方向に……」


ベアーがそう言うと親方はその場で立ち尽くした。


「俺のせいだ……俺のせいでアルは……」


親方はそう言うと悲壮感漂う表情を見せた。


「……どうしよう……どうしよう……」


 親方はそう言って、大きな体を丸めると実にバツの悪い表情を見せた。そこには明らかに思考が混濁している様子が見てとれる……


それを見た炭焼き小屋の主人はススッと親方に歩み寄ると、その頬を思い切り張った。


まさかの一撃に親方はきょとんとした表情を見せた。


「しっかりしろ、きちんと話すんだ!』


炭焼き小屋の主人に一括された親方は正気に戻ると素直に頷いた。


                                *


「10年前、アルの親父と俺はゴルダ卿の館の地下を掘削する作業に従事していたんだ……その時、アルの親父が妙なものを見たって……。なんでも岩盤をくりぬいた先に妙なこうをたいた空間があって……そこには実験室があるって……変な本とか……人体とか」


親方はそう言うと大きく息を吐いた。


「その次の日だ、落盤事故でアルの親父が死んだってしらせが……でも危険な作業はすべて終わってたから……そんな事故が起こるはずがないんだよ……」


親方の話を聞いた炭焼き小屋の主人は顎に手をやった。


「口封じだな……」


親方はそれを聞くとその身を震わせた。


「ひと月前……俺が酔っぱらってその時のことを……かみさんの前でしゃべっちまったんだ……多分、それをアルが聞いてたんだと……」


それを聞いたベアーは、ゴルダ卿に対して異常な敵意を見せたアルの顔を思い出した。


「そう言うことだったのか……アルがゴルダ卿にたいして並々ならぬ思いを持っているのは」


一方、それを聞いた炭焼き小屋の主人は別の切り口から持論を展開した。


「ポーションの力は人の感情により左右される……アルという少年の恨みが強ければ、それは……芳しいことではないな」


 炭焼き小屋の主人はそれ以上の言葉を濁した。そこには最悪の事態も想定しなくてはならないという含みがある……


それを察した親方はその身を震わせた。


「何とかアルを助けてやってほしい、俺の親友の息子なんだ。アイツまで死んじまったら……墓に入ったアルの親父にになんて言えば……」


それに対してベアーが淡々と答えた。


「ゴルダ卿の館に入れれば、何とかなるかもしれません……ですが、街は非常事態宣言が出ていますし、それに館の警備が厳重で……入れないんです。」


ベアーが真摯な表情でそう言うと、ふさぎ込んでいた親方がその顔つきを一変させた。


「バックドアがあるかもしれない……」


バックドアとは工事用に造られた作業員専用の裏口である。


「10年前の工事の時にバックドアを造ったんだ。あそこの岩盤は硬くて……掘った時の記念にしようってアルの親父が言ってな……それで塞がなかったんだ……」


そう言うと親方はベアーと炭焼き小屋の主人を手招きした。


「案内する……ついてきてくれ……」


そう言うと親方はベアーと炭焼き小屋の主人を連れて暗い暗渠へと足を延ばした。



80

早朝におこったキャンベル海運の事件はあまりに衝撃的でゴルダの治安維持官達は明らかな恐怖感を抱いていた。100名を超える死傷者を見た治安維持官達は浮足立ち、その内心は甚だしくかき乱されていた。一方、幹部連中もそれは同じで適切な指示を出せず、命令系統も混乱していた。。


 だが鉄仮面はそれを逃さすほど優しい存在ではない、さらなる混乱を与えるべくポーションで狂らんした自由の鷹の青年たちを街に解き放った。


「さあ、諸君、君たちの街で悪政を行う根源を断つのだ、我々は尊き志のもとにゴルダ卿に対し天誅を下すぞ。」


 その声を聞いた自由の鷹の青年たちは街に散らばると散発的にゲリラ活動を展開した。治安維持官の詰所、行政官の役所、そしてゴルダ卿の息のかかった商工業者、彼らは憎しみと怒り持って襲い掛かった。


 領民はその様子を見て硬く窓を閉じるとおびえた表情を見せた、そこには昨日までの平穏な生活が一変したことに対する驚きとおののきがあった。


 街の治安が崩壊し、人々の間に不安感が募っていく………鉄仮面はそれを感じて悦びの表情を見せた。


「さて、この位でいいだろう、そろそろ挨拶に行くか」


 鉄仮面がそうひとりごちた時である、1人の少年が鉄仮面を見た。赤光を放つ眼、震える唇、異様に深く刻まれた額の皺、少年の顔は明らかに人外のそれであった。


鉄仮面は少年を見ると微笑みかけた。


「お前は他の者とは少し違うようだな………いいだろう、私と来い!」


鉄仮面はそう言うと一人の少年を連れてゴルダ卿の館へと向かった。



81

暗渠の中は暗く、ドブの臭いが蔓延していた。時折ネズミと思われる小動物が足元をかけていく……ベアーは正直、気持ち悪くてしょうがなかった……だが、そんなことに気をかけている状態ではない、気を強く持つとヌメリのある道を必死に進んだ。


「ここだ、ここのはずだ……」


親方はそう言うと暗渠と岩盤の境目の部分に目をやった。


「間違いない……」


親方はそう言ったが指摘したその空間にはドアのようなものはない……


ベアーと炭焼き小屋の主人は怪訝な表情を見せた。


「心配すんなって……」


そう言うと親方はレンガを積み上げたブロックに向かって突然ショルダータックルをかました。


                               *


 何度か親方がタックルをかますと音を立ててブロック壁が崩れ、そこから鉄製の扉が現れた。親方は錆びついたドアを押し込むようにして蹴り上げると軋んだ音がして扉が徐々に開き始めた。そして扉の先に岩壁をくりぬいたような道が現れた。


「ここは物資の搬入用の通路だったんだ、館の地下に直接通じている、道なりに進めばいい」


親方がそう言った時である、暗渠の入り口の方から声が上がった。



「そこに、誰かいるのか!!」



 扉を蹴り上げた音に気付かれたのであろう、見回りをしていた治安維持官たちが小走りで走り寄る音が3人の耳に入った。


「……マズイな……」


親方はそう言うと二人を見た。


「俺がここは誤魔化すから、あんたたちは行ってくれ!」


ベアーはそれを見て『捨てておけない』という表情を見せた。だがそれに対し親方は首を横に振った。


「誰かが捕まらなきゃ、あいつらも納得しねぇ、それに………」


親方はそう言うと肩を見せた。


「鎖骨が折れちまったんだ……」


それを見た炭焼き小屋の主人が声を上げた。


「行くぞ、ベアー」


ベアーは炭焼き小屋の主人の意図を察して頷くと親方に声をかけた。


「申し訳ありません……」


「いいんだ……それより、アルを頼む!」


 親方はそう言うと二人の背中を押した。その顔はどことなく不安そうだったが、同時に自分の行動に対する小さな誇りも滲んでいた。


「お二人さん、たのむぜ!!」


 親方は明るい声を出してそう言うと鉄製の扉を閉めて、振り返った。


『さあ、ひと暴れするか!』


その思いにはこの場を死守することを厭わぬ男の決心が刻まれていた。





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