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第二十八話

73

ユルゲンスの率いる自由の鷹がキャンベル海運の倉庫に入るや否やくぐもった声が響いた。


「ようこそ」


鉄仮面が恭しくそう言うとユルゲンスがそれにたいし実に丁寧に答えた。


「30人の同志が集まりました。彼らはゴルダ卿の不正を暴くべく、日々その活動にまい進していました。」


 ユルゲンスがそう言うと亜人の青年や禿げ上がった青年が胸を張った。その眼は輝き、ゴルダ卿の企みを阻止せんと言う意志が煌々としている。


ユルゲンスは二人を紹介するとその後、1人の少年の肩を抱いた。


「このような若人もいます」


 ユルゲンスはそう言うとアルを鉄仮面の前に引き出した。アルの表情は紅潮してその鼻息は荒い。そこには大きな志を持った少年の純朴な思いが凝結していた。


「そうか……素晴らしい……このような若者もゴルダ卿の不正を暴こうと」


鉄仮面はそう言うと実に感心した声を出した。


「あなたたちの心意気には感動させられる、じつにすばらしいことだ。」


 鉄仮面がそう言って指をパチンと鳴らすと大きな布袋を高級商人に扮装したリチャードが持ってきた。鉄仮面はその袋をおもむろに開くとユルゲンス達に見せた。


「これは……」


ユルゲンスがそう言うと鉄仮面が答えた。


「白金です。これを用いて是非ゴルダ卿を追い落とす証拠を集めて下さい」


そう言われるとユルゲンスはニヤリとした。


『よし、いまだ、この瞬間だ!』


そう思ったユルゲンスはあらかじめ配置していたゴルダ卿の部下に合図を送ろうとした。


 だが、その時である、鉄仮面はそれを遮るようにしてユルゲンスの手を握った。無理やり握手すると興奮した声を上げた。


「誓いのしるしに盃をかわしましょう!」


有無を言わせぬ口調で鉄仮面がそう言うとリチャードの配下があらかじめ用意していたグラスを持ってきた。


「我々は『ビジネス』の門出をワインで祝うんです!」


 鉄仮面がそう言うとすべての人間がワインの入ったグラスを渡された。鉄仮面はそれを見渡すと雄々しい声を上げた。


「我々の前途が明るいことを祈って、乾杯!!」


 鉄仮面は絶妙のタイミングで乾杯の音頭を取った。白金を見せられ興奮した自由の鷹の同志はそれに煽られると皆ワインを一飲みにした。


「さあ、ユルゲンスさん、あなたも!」


ユルゲンスは思った、


『ワインぐらいならいいだろ、どうせ、これを飲んだら……作戦は完了だ』


ユルゲンスはワインに口をつけると、その手を掲げた。その手の中には合図を知らせる手鏡があった。


『これで終わりだ!』


 ユルゲンスがそう思った瞬間である、予定していた通りゴルダ卿の私兵が怒涛のごとくキャンベル海運の倉庫になだれ込んだ。


その数は80名を超える、武装していない自由の鷹の若人など紙くず同然であろう。


ユルゲンスは思った、


『勝ったな』


そう、勝つはずであった……



74

陽が昇り始めた頃、炭焼き小屋の主人とベアーとカルロスがキャンベル海運の倉庫に向かうと、そこには凄惨な状況が展開していた。


「何だ、これ……」


 至る所に血が飛び散り、その血臭が3人を襲う。彼らの眼には虫の息となった兵士たちとすでにこと切れた者が死屍累々の山を築いていた、


それを見たベアーはあまりの惨状に言葉をなくした。膝が振るえ、足元がおぼつかない。初めて見る戦場さながらの現場は15歳の少年に衝撃を与えていた。


一方、カルロスと炭焼き小屋の主人はその惨状を見て、その目を光らせた。


「被害者は自由の鷹だけじゃないようだな」


炭焼き小屋の主人がそう言うとカルロスが頷いた。


「鎧兜に身を包んだ連中もいます、これは明らかに兵士です」


カルロスは治安維持官としての嗅覚を働かせ現場に目をやった。


「……おかしい……これだけの装備の差があるのに倒れているのは民間人の方が少ない」


カルロスの指摘はその通りでその場に倒れている者のほとんどは鎧兜を身に着けたゴルダ卿の私兵であった。


カルロスは息のある兵士に駆け寄ると声をかけた。


「しっかりしろ、何があった?」


カルロスが状況を確認すると私兵の男は唇を震わせた。


「あいつらは……化物だ……」


明らかにおびえた表情は訓練された兵士とは思えぬものであった。


「……急に態度を……変えたんだ……それで……『リィリィ……』って叫び始めたんだ……」


それを聞いた炭焼き小屋の主人は急に眉をひそめて厳しい表情を浮かべた。


「何かあるな……」


炭焼き小屋の主人はそう言うとカルロスとベアーを手で制した。そして倒れていた自由の鷹の青年に目をやった。


「これは……」


その吐息を嗅ぐや否や、炭焼き小屋の主人は渋い表情を見せた。


「……バッカスの酒か……」


ベアーとカルロスが何のことかわからず首をかしげると炭焼き小屋の主人は二人を見た。


「ポーションの一種だ」


炭焼き小屋の主人がそう言うとベアーが顔色を変えた。


「そんな……ポーションなんて、現在のダリスでは許されていなはずです」


「ああ、現在のダリス、いやトネリアでもその製造は禁止されている。そのレシピを読む事さえな」


炭焼き小屋の主人が吐き捨てるように言うとベアーはただ沈黙した。


「『人体錬成』だけでなく『ポーションの使用』という暴挙がゴルダでは生じている……一体……ここはどうなってるんだ……」


ベアーがそう思った時である、カルロスが口を開いた


「……あの、よくわからないんですけど……ポーションって何ですか」


魔導の知識が全くないカルロスが申し訳なさそうに尋ねると炭焼き小屋の主人が答えた。


「様々な香草や香木、そして生物の肝や心臓、そうしたものをレシピと呼ばれる製造方法にのっとり創造したものだ。その効き目は様々だがポーションは人の心身に影響を与える……この場合は狂戦士化だろうな……」


状況を鑑みた炭焼き小屋の主人は吐き捨てるように言うと倉庫の奥に目をやった。そしてその目を細めた……


「まだ、誰かいるな」


それを聞いたカルロスはその脳裏にある人物の事がよぎった。


「スターリングさんかも知れない……」


カルロスはそう言うと開け放たれた奥の扉へと走った。



75

ユルゲンスは想定外の事態にたじろいだ。


『……そんな……』


鉄仮面の差出した杯を飲んだ瞬間から世界が変わったのだ。激しい頭痛と吐き気が襲うと手足がマヒしだした。


「ユルゲンスよ、お前が蛮族だということはとっくにわかっていた。そしてゴルダ卿と関わっていることもな」


鉄仮面はそう言うと苦しむユルゲンスに笑いかけた。


「お前が今飲んだワインにはポーションが入っている。憎しみを倍増させ、正常な思考を狂わせるものだ。飲んだ者は理性を一時的に失い、リビドーに任せた行動をとるようになる」


鉄仮面はそう言うとなだれ込んできたゴルダ卿の私兵に目を向けた。


「さあ、自由の鷹の同志たちよ、憎きゴルダ卿の手下どもを蹴散らすがよい!!」


 鉄仮面が声を張り上げると『自由の鷹』の連中は立ち上がった。その眼は常人と異なる光を放ち、その口からは奇声を漏らしている……


鉄仮面はそれを見るとユルゲンスに向き直った


「お前の計画はついえたようだな、ユルゲンス、いや、トーリと言ったほうがよいか?」


 鉄仮面はそういうとユルゲンスにショートソードを向けた。


「私を誅殺しようとしたそのとがは軽くはないぞ。その報い、ここで受けてもらう!」 


そう言うと鉄仮面は容赦なくその胸にショートソードを突き立てた。


美しい軌跡を描いた剣の切っ先はユルゲンスをとらえ、その返り血が鉄仮面の鎧に飛び散った……


『そんな……俺の……俺の、希望が……』


 ゴルダ卿の『犬』として擬態した蛮族の青年は鉄仮面の一撃によりその思いを貫徹できずに冷たい骸へとその姿を変えた。


                                 *


ユルゲンスの死体を見下ろす鉄仮面に対してリチャードが声をかけた。


「あんたは凄ぇよ……はなから全部わかってて、相手のてのひらで踊るふりをしていたんだからな……」


リチャードは続けた、


「ゴルダ卿がユルゲンスと手を組み白金を奪おうと画策したことを逆手に取り、ポーションを用いて自由の鷹の連中を手玉に取る。そして攻め入るゴルダ卿の私兵と戦わせる……」


リチャードは感嘆した表情を見せた。


「どうするんだ、あの広域捜査官は……殺るんだろ?」


言われた鉄仮面は首を横に振った。


「別の使い道がある」


それに対しリチャードは実に不徳な笑みを浮かべた。


「散々、嬲って楽しんだのに、まだ足りないのか?」


それに対して鉄仮面は淡々と答えた。


「まだ楽しみ足りん……それに、これからが本番だ」


 鉄仮面が誰よりも背徳的で、人倫にもとる口調で言うと、リチャードはその膝を地面につけてかしずいた。


「俺はあんたについていく、さあ、お頭、命令してくだせぇ」


リチャードが恭順の姿勢を見せると鉄仮面は呟いた。


「白金を北方のゲートから出せ」


鉄仮面はそう言うと懐から書類を出した、そこにはキャンベル海運の名が入っている……


「これでゲートは抜けられる、ゲートの向こうで白金を積み替えろ」


「お頭は、どうされるんですか?」


言われた鉄仮面はククッと嗤った。


「ゴルダ卿に挨拶に行ってくる」


そう言うと鉄仮面はゴルダ卿の私兵を素手で撲殺する自由の鷹の若人たちに声をかけた。


「お前達、ここにゴルダ卿はいないぞ。敵の『頭』は館にあり!」


鉄仮面がそう言うと『リィリィ……』と唇を震わせて若人たちが狂らんした。


「さあ、着いて来い!」


鉄仮面はその身をひるがえした。


 ポーションの効力によって我を失った『自由の鷹』の若人たちは鉄仮面の声に呼応するとその後を追った。その様は人外の生き物としか言いようがなかった。


倉庫に残されたリチャードはその様子を見て震え上がった。


『こいつは、本物の化物だ……』


 盗賊団の頭目として何人もの人間をその手にかけていたリチャードであったが、鉄仮面の見せる『ケジメ』のつけ方には息を飲ませるものがあった。


『ポーションを使って自由の鷹の連中を狂わせ、なおかつ、そいつらにゴルダ卿の命を獲らせる……最悪の策士だぜ……』


リチャードは鉄仮面の背中に『悪の神髄』を見ていた。




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