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第二十七話

70

置屋の地下で最初に口を開いたのはカルロスであった、カルロスはゴルダに来た理由を簡潔にまとめた。


「つまりお前はスターリングという広域捜査官を追ってゴルダに来たということだな」


 カルロスはゴルダ卿の館で見せた炭焼き小屋の主人の行動に感服した様でその口調には尊敬の念が込められていた。


「そうです、白金を持ち込んだ盗賊団がゴルダにいると踏んだスターリングさんを追ってここに来ました。きっとスターリングさんは単身で潜入捜査を試みたんだと思います。」


それを聞いたベアーは口を挟んだ。


「スターリングさんとは街で会いました。確か自由の鷹は危ないって……」


ベアーがそう言うとカルロスが飛びついた。


「スターリングさんは自由の鷹の捜査をしているのか?」


カルロスがそう言うとベアーは頷いた、そしてアルの在籍している自由の鷹の話をした。


「自由の鷹はゴルダ卿に反旗を翻そうとしている政治結社です。ゴルダ卿の横暴を『都』に告発しようとしていました……でもその証拠を握っていた会計士は館の牢の中で骸となっていました。それに……自由の鷹のリーダー、ユルゲンスはゴルダ卿のスパイです。」


ベアーがそう言うとカルロスは理解に苦しんだ。


「スターリングさんはもともとパトリックのいたブーツキャンプで盗掘された白金の案件でここにきているんだ……自由の鷹とかスパイとかあまり関係があるとは思えない……」


カルロスがそう言うと炭焼き小屋の主人が口を挟んだ


「そうでもないかもしれんぞ、自由の鷹が活動するためには資金がいる。その資金の出所を探れば白金にぶつかるかもしれん」


炭焼き小屋の主人がそう言うとカルロスは大きく目を見開いた。


「ゴルダ卿、自由の鷹、白金この3つが重なる部分があるはずだ。スターリングが広域捜査官ならそこに目をつけると思うがな。」


言われたカルロスは『それもそうだ』といった表情を見せた。


「だけど、その重なる所はどこなんですか?」


ベアーが素朴な疑問を呈すると炭焼き小屋の主人が虚空を睨んだ。


「盗賊団が白金をゴルダに持ち込む理由は清廉するためだろう……原石のままでは値がつかんからな……だが精錬した後、どこかに白金を保管しなければならない。だがゴルダ卿の息のかかった場所に保管するのは盗賊団も嫌がるだろう……」


炭焼き小屋の主人がそう言うとカルロスが思いついたような声を上げた。


「そうだ、キャンベル海運だ。スターリングさんと白金の行方を追っていた時に陸路の搬送ルートにその名前が出てきたんです。」


カルロスがそう言うと炭焼き小屋の主人は顎髭に手をやった。


「キャンベルは高級貴族だ。となると地元の治安維持官はその持ち物やテリトリーには手出しができない……ゴルダ卿でも無理だろう…………なるほど……そう言うカラクリか」


炭焼き小屋の主人はそう言うとその目を光らせた。


「私の予測だが、スターリングの追っている白金はキャンベルの所有している土地にあるはずだ。そしてゴルダ卿はその白金を手に入れるつもりだろう。自由の鷹に反旗を掲げさせて反乱分子を始末し、なおかつ盗賊団も同時に処理して白金も手に入れる、そういう算段だろうな。」


ベアーはそれを聞いて不愉快極まりない表情を見せた。


「安い給金の蛮族を使って領民の職を奪い、なおかつスパイを使って自分に反乱を起こすようにしむける……そんな領主、最悪じゃないですか!!」


ベアーが憤ると炭焼き小屋の主人は実に落ちついた表情で答えた。


「人体錬成を行おうとしている人間がまともだと思うか?」


 その口調は淡々としているがその眼は実に厳しい、見たものすべてを射殺すような眼光はベアーを一瞬で沈黙させた。


「いずれにせよ、ゴルダ卿の企みは最終的には人体錬成に帰結するはずだ。奴の最終的な目的はわからんが……禁忌を侵してまでも何を成し遂げるのかは確かめねばならない。」


ベアーはそれを聞くともう一つの気になる疑問をぶつけた。


「あの、アルはどうなるんでしょうか……自由の鷹の活動に夢中になっていました。もしかしたら……」


ベアーが友人を心配する声をあげると炭焼き小屋の主人は腕を組んだ。


「芳しくない……ユルゲンスというリーダーがゴルダ卿と呼応しているなら自由の鷹は潰されるだろうな」


言われたベアーは意気消沈した、その表情には友人を失うであろう未来が予見されている……


 一方、カルロスもスターリングの行方がはっきりしないためヤキモキしていた。


「ゴルダ卿はバカではない、我々が逃げたことにすぐに気付くはずだ。私兵を用いて我々の捜索を開始するだろうスターリングを探したい気持ちはわかるが下手には動けんぞ。」


言われたカルロスは口を開いた


「確かにそうですね……うかつに動けばゴルダ卿の息のかかった連中に見つかってしまう……そうすればスターリングさんを探すこともできない……」


カルロスが冷静な見解を述べるとベアーがそれに続いた。


「それに門番もグルになっているなら、外への救助要請も難しいですよ。あのゲートを抜けない限りはどうにもなりません。すでに我々の顔は分かっているでしょうし……武装した門番のいるゲートを突破できるとは思えません。現状の我々は袋の鼠です……」


ベアーが冷静に現状を分析すると炭焼き小屋の主人がポーカーフェイスで答えた。


「たしかにお前らの言うとおりだ、だが『窮鼠猫を噛む』という言葉もある」


炭焼き小屋の主人はそう言うと朗らかな表情を浮かべた。


「うまくいけば、アルという少年もスターリングも助けられるかもしれんぞ」


その顔は好々爺そのものだったが、その眼には知己に富んだ年寄りの老獪さが浮かび上がっていた。


ベアーとカルロスはその顔を見て大きく目を見開いた。


「とりあえず、飯にしよう、話しはそれからだ!」


                                 *


 置屋の台所には砂糖や塩といった調味料のほかベーコン、たまねぎ、小麦粉がのこされていた。それを見た炭焼き小屋主人は柔和な表情を浮かべた。そしてベアーたちに微笑みかけた。



そして、それから小一時間後……



 食卓替わりにしたベッドの上には大なべに入ったパスタが湯気を立てていた。その中にはベーコン、玉ねぎ、岩茸が入っており、実に美味そうな香りを振りまいている。


 ベアーが捏ねた生地、カルロスが採集した岩茸、たどたどしい手つきでソフィアが炒めたベーコンと玉ねぎのソース、それらが三位一体となり黄金の輝きを放っていた。


                                 *


 九死に一生という状況下を切り抜けてきたこともあり、4人の空腹感は異常であった。ベアーたちはそれぞれの取り皿にパスタを盛るとすさまじい勢いでがっついた。そこには『生』謳歌する生命の躍動があった。


『食すこと、それすなわち、生きること』ある賢人はそう言ったが、彼らの姿の中にはその言葉の本質が浮かび上がっていた。


 4人はパスタを口に放り込んで至福のひと時を過ごすと、その後、すぐに作戦を立てた。エネルギーを補充したことで脳の回転はすこぶるよく、炭焼き小屋の主人の口調は先ほどよりもキレがあった。


「ゴルダ卿もスターリングも白金を追っている、そして自由の鷹という政治結社はキャンベル海運をスポンサーとしてその資金をあてにしている。皆、三者三様だが必ずキャンベルの倉庫にあつまるはずた。」


炭焼き小屋の主人はそう言うと静かな声で続けた。


「相手の出方が読めない上に、我々はゴルダ卿の私兵からも見つからぬようにして動かねばならない、大変難しいことだ。だがこの作戦が成功すればゴルダ卿の奸計は打ち砕けるかもしれぬ」


2人は頷いた。


「まずは全力でユルゲンスの企みを阻止する。そしてキャンベル海運と白金盗賊団の関係を暴く。それがうまくいけば必ず綻びが生じる。そこがチャンスだ、我々はそこに乗じてゴルダ卿の館に再び乗り込み、人体錬成を阻止する」


言われた二人は強く頷いた。


それを見ていたソフィアが声を上げた。


「あの、私は何をすれば……」


ソフィアがそう言うと炭焼き小屋の主人は嗤った。


「あなたは切り札だ。」


炭焼き小屋の主人はさらに何かを考えているようだが、それ以上は口にしなかった。



71

ユルゲンスことトーリは自由の鷹の同志を集めると、日の昇らぬ早朝、キャンベル海運の倉庫へと向かった。


『このまま事が運べば……』


ユルゲンスの脳裏にはミッションが成功した時の未来が思い描かれていた。


『俺たちの自治区がゴルダにできる、それに鉱夫たちの給金も上がる……暮らしが豊かになるはずだ。ひもじい思いをしていた我々がゲートの外に出て温暖な大地でくらせるんだ』


 ゴルダの領民に擬態してゴルダ卿と裏で手を組んだ蛮族の青年は自らが率いる自由の鷹を死地へと追いやろうとしていた。


『そのあとは鉄仮面とその取り巻きを始末して、白金を奪う……たいしたことじゃない』


 ゴルダ卿から精錬した白金がキャンベル海運の倉庫に運び込まれたことを知らされていたユルゲンスはその回収も同時に命じられていた。


『自由の鷹を扇動して殲滅、そして盗賊団の白金を回収、これができれば……明るい未来が……』


ユルゲンスはゴルダの領民を犠牲にしてでも蛮族の隆盛をなさしめんと考えていた。


『あと少しだ、あと少しで願いがかなう』


ユルゲンスの脳裏には虐げられてきた蛮族が北方のゲートから南方へと移り住む姿が映っていた。


                                   *


まだ日が昇らぬゴルダの街を自由の鷹は進んだ。


ゴルダ卿の悪政を打ち砕こうとする彼らの心づもりは実に純真で裏がない。だがその精神性は擬態したユルゲンスにとって極めて都合のいいものだった。


『悪いな、お前たち、蛮族の肥やしとなってくれ!』


ユルゲンスことトーリは息巻く自由の鷹の若人たちを見て声をかけた。


「同志諸君、着いたぞ!』


自由の鷹の前にはキャンベル海運の倉庫が現れた。



 ユルゲンスの意図を知らぬ自由の鷹の同志たちはキャンベル海運の倉庫に入った。その士気は高く、顔は紅潮している。ゴルダ卿の執政を暴くうえでのスポンサーがついたことにみな興奮していた。


 ユルゲンスはそれを見届けると、ゴルダ卿があらかじめ配置していた私兵たちに合図を送るタイミングを計った。


『キャンベル海運から俺たちに金が渡された時点でゴルダ卿の私兵が現場に踏み込む……計画は完璧なはずだ』


ユルゲンスはキャンベル海運から自由の鷹に金が渡る瞬間を待つことにした


『完璧だ、一分の狂いもない』


ユルゲンスはそう思うとその表情を今まで以上に引き締めた。



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