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第二十六話

68

一方、その頃、ルナは石棺のある石室の中で仏頂面で座り込んでいた。


『腹減った……』


意外にも落ち着いていて、ルナの精神には不思議と恐怖感はなかった。


『新月ってことは……明日の晩……それまでは大丈夫……』


ゴルダ卿の実験まで時間があるためルナの精神には若干の余裕があったのだ。


だが、現状は芳しくない……四方を覆う石壁は敢然とルナのまえに立ちふさがっていた。


『どうしよう……』


 ルナがそう思った時である、石室の隅の方から妙な物音が聞こえてきた。ルナは一瞬、その身をこわばらせたが、『ビビッててもしょうがない』と思いなおすとそちらに目をやった。


そしてなその視野にはにやら震える存在が目に入った。


                                 *


 ルナが恐る恐る近づくと柱の影に二人の子供が隠れていた。ルナよりも年下の男の子と女の子で小さな体を石室の隅で寄せ合い、青白い顔で絶望に打ちひしがれていた……


「あんたたち、どうしたの?」


ルナが問いかけても二人の子供は震えるばかりで沈黙し続けた。


『この子達、おびえているんだ……』


ルナはそう思うと二人に近づいた。


「大丈夫?」


 男の子の方がルナを見た。おにいちゃんなのだろう、震えながらも妹を気にする配慮がある。ルナが何者なのかを判断しようと懸命になっていた。


それを察したルナは兄の隣に座ると頭を撫でた。


「えらいねぇ、おにいちゃん……妹を守ろうとしているんだね」


 ルナがそう言うと兄の少年(7歳くらい)はルナを敵ではないと判断したらしく。その場にへたり込むとポロポロと涙をこぼした。


「……パパもママも殺されちゃったんだ……」


 兄がそう言うと隣でいた妹(5歳くらい)もつられて泣き出した。その顔にはどうにもならない現状に『ただ泣くほかない』という苦しい胸のうちが現れている……


ルナは二人を見ると何とも言えない表情を浮かべた。


「そうか……つらかったね……」


ルナはそう言うと二人の肩に手を置いた。


「でもね、泣いてても始まらないんだ。」


ルナはそう言うと厳しい表情を浮かべた。


「ここから出ないと始まらない!」


だが親を殺され、理解できない状況に追いやられた彼らにはルナの言葉は響かなかった。


『そうだよな……こんな厳しい状況に追い込まれたら……まともな反応なんてできないよな……』


ルナはそう思うと話の切り口を変えた。


                                   *


「じつはね……お姉ちゃんにもパパもママもいないんだ……」


 ルナはそう言うと一人で生き抜いてきたことを淡々と述べた。喰うに事欠きひもじいおもいをしたこと、騙されて持っていた金銭を盗まれた事、魔女であるがゆえに友達ができなかったこと……孤独で厳しかった過去を吐露した。


「でもね、生きてるといいこともあるんだよ。おいしいもの食べられたり、綺麗な景色が見れたり、それに船に乗って外国にも行けるんだよ」


 ルナはそう言うとケセラセラ号に乗ってダーマスに行ったことや、ポルカのカジノで散在した話をした。そして最後にロイド邸で食べたいちじくのタルトに触れた。


「生のイチジクを使ったタルトはね、とってもおいしいんだよ。カスタードと生クリームの二つが合わさって、それから外の生地かカリカリで……」


 ルナが続けようとするとシクシク泣いていた妹が顔を上げた。そして鼻水を垂らしながらその眼をルナに向けた。


「……食べてみたい……」


妹はそう言うとお腹をグウッと鳴らした。それを聞いたルナは元気な声を上げた。


「ここから出たら、お姉ちゃんが食べさせてあげる!」


ルナが元気よくそう言うと妹は小さく頷いた。


 一方、泣いてばかりの妹が少し元気になると兄の方も落ち着きを取り戻した。その顔はいまだ恐怖心が消え去らないがその瞳にはかすかな希望が宿っている……


ルナはそれを見ると二人に声をかけた。


「生きて3人でここから出よう、私たちは今からチームだからね!」


ルナがそう言うと二人はコクリと頷いた。


                                   *


 両親が亡くなった衝撃は甚だしいものがあったが、ルナの存在で勇気づけられた二人はその苦しみから逃れるためにも、現状を打破せんと小さな体を必死に揺り動かした。


 石壁を手探りで調べたり、据え付けられた燭台に仕掛けがないか確認したり、子供なりの発想をいかして状況をとらえようとした。


 『子供は強い』と言う人がいるが目的を見つけた彼らはまさにその通りで、ルナの指示のをうけながら閉じ込められた石室の状態を確認する姿は一人前の冒険者のようであった。


 一方、ルナは二人に指示を出しながら、石室の隅に置かれていた執務机のような台座に目をやっていた。豪奢な造りの木製台座は3段になっていて、細かな細工が幾重にも施されている。


『……何かあるかな……』


ルナがその引出しをあけて中を確認すると最後に開けた一番下の段にワイン、水、チーズが入っていた。


『天は見捨ててないわ……』


ルナはそう思うと匂いを嗅いで腐ってないか確認した。


「よし、とりあえず、腹ごしらえだ!」


ルナはそう言うと二人を呼んで水とチーズを渡した。


『生』への渇望を見出した3人はチーズにがっついた。その様は野獣のようであったがその眼は生き生きとしている。


「次はどうするの、お姉ちゃん?」


兄のポップがそう言うと妹のハンナも顔を上げた。


 彼らの表情はしっかりしていて『姉』を見るような態度でルナを見つめている。その眼の中には全幅の信頼があり、そして希望があった。


ルナは二人を見て思った。


『お兄ちゃんプレイはお預けね……』


ルナはベアーとのやりとりを一時棚上げして、あらたな『プレイ』を行うべくその姿勢を転身させた。


『今度はお姉ちゃんプレイだ!!』


ルナは命を賭したガチのお姉ちゃんとして振る舞おうとその鼻息を荒くした。


そしてその眼を石棺に向けた。


「よし、あれの中を調べるよ!」


ルナはそう言うと鬨の声を上げた。


2人はルナの声に驚いたが、その勢いに圧倒されると両手をあげて賛同した。



69

ロバと炭焼き小屋の主人の活躍で館を抜け出た一行はソフィアの申し出を受けることにした。


「この近くにうちの置き屋(娼婦の待機所)があるわ。今週は誰も使ってないはず。」


ソフィアはそう言うとカンテラを手にして足早に3人と一頭を先導した。


                                 *


 鬱蒼とした林道を4人は進んだが、どうやら追手が来ることはないようで、その顔には安堵が浮かんでいた。


 ロバはそれを感知するとソフィアに寄り添い、実にだらしない表情を見せて尻尾を振りだした。鼻の下を伸ばしニヤニヤする姿は浅ましいこと甚だしい……


ベアーはそれを見て思った、


『……あいつ……楽しそうだな……』


 友人の母であるが故、ベアーはソフィアに対し不道徳な気持ちを持たないようにしていたが、やはりその美しさには惹かれるものがある……ベアーはロバに対し羨ましいという感情を持った。


 一方、ロバは時々甘えるようなしぐさを見せるとその表情を突然ガラリと変えてキリッとした目を見せた。


ベアーはそれを見て思った、


『アイツ、流し目、使いやがった』


 ロバはブサイクな顔が美しく見えるように体をはすに構えると、カンテラの光で陰影ができるポジションに顔をもっていった……計算された角度から展開する『流し目』は高等テクニックによって裏付けされていた。


『ソフィア、俺の背中にのってもいいぜ!』


ロバはその眼にそんなメッセージを込めソフィアを誘った。


 一方、それを見たソフィアは断るしぐさを見せたが、高いヒールを履いているため足元が危うい。おまけに林道は凸凹していて歩くのに難儀した。


……結局、ロバの背中に乗ることになった。


 ソフィアが背中をまたいで腰を下ろすとロバはご満悦の表情を浮かべた。背中にあたる臀部の感触を味わう姿はスケベおやじそのもので、倫理観のかけらもなかった。


『……コイツ……』


カチンときたベアーであったがその顔には敗北感がありありと浮かんでいた。


                               *


 30分ほど林道を道なりに歩くと置屋があらわれた。みすぼらしい掘立小屋で安い売春宿よりもはるかに見劣る建物であった。周りには野草やキノコが繁茂し、手入れされていないことが瞬時にわかる様相であった。


「ここよ」


カンテラを照らしたソフィアはそう言うと3人を招き入れた。


 内側も外観と同じくとってつけたような造りで、立てつけが悪く隙間風が吹き込んでいた。ソフィアはその小屋のちょうど真ん中で足を止めると土の地面に置かれたござをはがした。


そこにはなんと地下へと通じる梯子があった。


「こっちよ」


 ソフィアは素早く燭台に火をともすと3人をつれて地下へと降りた。そこは洞穴の様になった空間が広がり、ところどころ壁面がくりぬかれたように凹んでいた。そしてその凹んだ空間にはベットが置かれていた。


「ここなら気づかれないわ……」


ワケアリの売春宿と言えばそうなのだろうが、身を隠すには絶好の場所であった。


状況を鑑みた炭焼き小屋の主人はカルロスとベアーに声をかけた。


「よし、これからの作戦を練るぞ、まずは状況の確認からだ。」


 炭焼き小屋の主人が奥にあるテーブルに身を置いてそう言うと二人はそれぞれが持つ情報をだしあうこととなった。





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