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第二十二話

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母屋に着くとベアーは老婆にルナを紹介した。


「さあ、座んなさい、二人とも」


老婆はそう言うとカフェラテを入れてくれた。砂糖がたっぷり入っていて甘いものであった。


ルナはそれに口をつけると状況を説明した。


老婆はその様子を見るとルナに言葉をかけた。


「今日は疲れているだろうし、具体的な話は明日にしよう」


 時間が遅かったこともあるがルナの疲れた姿を見た老婆が気を利かせたのだろう。ルナはその言葉に甘え寝所に入った。


                              *

 

 翌日は今までと同じサイクルに戻った。ベアーは5時半に起床し、牛乳の配達を受け取った後、チーズ工房へ向かった。いつものように牛乳を釜に入れて温めながら攪拌し、その作業が終わると母屋に戻り老婆と朝ごはんを食べた。


「まだ、起きてこないんですね、起こしてきます」


ベアーはルナを起こしてくると言ったが、老婆は首を横に振った。


「留置場でしばらく居たんだから、休ませて上げなさい。」


老婆はそう言うと食器を片付け始めた。


                              *


それからベアーがもう一仕事終えると、昼過ぎになっていた。


「ベアー、昼ごはんよ」


呼びに来たのはルナである、ちょうどいいタイミングであった。


「昼を食べながら、裁判のことを話すって。」


ルナはそう言うとベアーと一緒に並んで歩いた。


「あんたさあ、何で助けたの?」


「えっ?」


「あたしのこと……裁判だって大変だろうし……別に借りがあるわけじゃないだろうし」


それに対してベアーが答えた。


「だって、君、まだ子供だろ、それに両親もいないだろうし…」


 通常、子供があんな事件に関われば保護者が出てくるのが当然だ、それが出てこないというのは彼女に家族がいないということの証明である。両親のいないベアーにとってルナはは捨て置けなかった。


「昔はいたけど、今はもういない。私は一人で生きていくって決めたから、べつに家族なんて関係ない!」


ルナはぴしゃりと言った。ベアーはルナの口調からそれ以上たずねるのは止めることにした。


                                *

 

 老婆が用意していたのはいつもと同じくチーズとパンであった。二人はそれを食べながら暖かいミルクを飲んだ。


「さあ、話を始めましょう」


そう言うと老婆が切り出した。


「ルナの状態は正直よくないと考えていいわ、一般的に攻撃魔法は使用が禁止されているし見せるだけでも罰せられる。今回は正当防衛として認められるかどうか…」


「ルナはまだ子供です。初等学校に通う年齢なら罪が軽くなるんじゃないんですか?」


「初等学校に通う子がどうして魔道書を換金するために骨董屋に行くわけ?普通なら学校で授業を受けてるでしょ、おまけに事件が起こったのは普通の日。学校は休みじゃないわ」


老婆は淡々と語る、だがそれは明らかに的を射た発言だった。


「ルナ、あなたのことを教えてもらえるわね」


ルナはしょんぼりしていたがポツポツと話し始めた。


「あたし、魔女なんです」


「えっ?」


ベアーは驚いた、魔法を使える人間だと思っていたからだ。まさか魔女とは…


「嘘……魔女……」


「ベアー、黙って!!」


老婆に言われたベアーは首をすくめた。


「私、はぐれ魔女なんです」


 はぐれ魔女とは魔女の世界から人間世界や亜人世界に飛び出した魔女のことをさすが、ルナはどうやらそれらしい。


「両親とは縁を切りました、あっちの世界に私の居場所はありません」


「人間の世界に下りてきたのは、ここ最近ということ?」


「はい」


老婆の目は鋭く、今までで一度も見たことが無い厳しさがあった。


「ダリスの法律や習慣に関して質問するけど、あなたは学校やシェルターに通ったことはある?」


シェルターは孤児を預かってくれる施設のことだがここには亜人やエルフの子供も含まれる。


「ありません」


「じゃあ、私たちの世界のことはほとんど知らないということね」


「いえ、あっちに居たときにエルフ、人間、亜人、それからモンスターに関しての知識は勉強しました。」


「それなら、魔法が禁止されていることは知っていたの?」


「いいえ、今も使っていいと思ってました。」


老婆はため息をついた。やはりこの世界の常識を彼女は知らないのだ。


「ルナ、30年前と違って魔法の使用は現在、禁止されているの。ベアーのような僧侶の回復魔法は除くけど…」


ルナは驚いた顔をしていた。


「魔法禁止なんですか?」


「ええ、魔女にとっての30年や50年はどうだかわからないけど、人間の世界では大きく変化するの」


「だって300年前は私たちと一緒に魔人と戦って……それにそのとき魔法を使ったって」


「その通りよ、でも今は違うの」


老婆は落ち着いた声で諭すように言った。


「裁判の話に戻るけど、今回のことは魔法を使わなければ事件になっていなかったと法律官は糾弾してくるわ」


「でも、最初に騙したのは骨董屋です。首を絞めて殺そうとしたのも見ています。」


ベアーが発言した。


「ええ、わかっているわ、正当防衛として認められる可能性はあるでしょう、だけど取り返すときに魔法を使ったんでしょ?」


老婆はルナが炎をちらつかせ骨董屋に魔法書を返すようにせまったことを指摘しているのだ。


「はい」


「ここが最大の争点になる、この点を法律官はついてくるわ。この点をうまくそらさないといけないの」


ルナは黙っていた。


「ルナは刑務所に入るんですか?」


「裁判に負ければ最悪、若年刑務所へ収監、よくても社会奉仕活動ってとこね……後は相手の法律官次第ね」


「法律官で変わるんですか?」


ルナが心配そうにたずねた。


「ええ、功名心が強いタイプの法律官は事実よりも有罪にできる証拠を見つけたがるの、証拠さえあればいくらでも話を組み立てられる。面倒な実地調査よりも確実に落とせる都合のいい証拠を見つけようとするわ。有罪にできるなら手段は選ばないでしょうね。」


 弁護士や法律官を嫌がる人が多いのは知恵に任せて自分の利益を最大限にしようとする輩がいるからだ。法律官は出世を望み、弁護士は金銭を求める。事実の調査よりも都合のいい証拠だけを選び、裁判の行方を自分の求める方向へと持ち込むのだ。


『冷徹に事実を見つめ客観的な結論を出す。』


法律家としての心得だが、これをすべての人間が守っているとは言いがたい。


「明後日になれば裁判の予定が張り出される。それを見ればわかるでしょ。」


ベアーもルナも神妙な顔をした。


                                *


 翌々日、ベアーとルナは裁判の予定を掲示板で確認すると帰って老婆に内容を報告した。老婆は少しの間、目を閉じていたが、おもむろに目を開けるとルナを見た。


「これから審理までの一週間、裁判に関してのイロハを教えるからしっかり頭に叩き込むんだ、いいね!」


ベアーもルナも老婆の見せる厳しい表情に驚きを隠せなかった。


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