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第二十四話

64

ルナはゴルダ卿に連れていかれた石室のなかで絶句していた。


『何これ……』


 ルナの目の前に展開していたのは明らかに人体の一部と思しきものであった。その数はおびただしく、老若男女問わず様々な部位が整然と置かれていた。


『……マジ……』


 棚ごとに納められた体の一部は人種別に分けられ、さらにその部位、大きさ、性別、年齢によって細かく分類されていた。棚に置かれた人体(大腿部、手、足 胴体)は整理整頓され図書館の書棚のようにアルファベットが振られている……


『本物の人体だわ……』


不思議と腐敗臭はしなかったが、ルナはその理由を一瞬で看破した。


「魔女の秘薬ポーション……」


ルナがひとりごちるとゴルダ卿が頷いた。


「さすが、魔女だ。この人体の鮮度を維持するために私は魔女の技法を用いた。かなりの費用は掛かったがな……だがエバーミング(死体の防腐処理)だけでは目的は達することはできない……」


 ゴルダ卿はそう言うと、ルナの袖をつかんで石室の中央部分にある妙なモニュメントまで引きずった。それは蝶のさなぎと動物の腸管が混合したような不自然で禍々しいものであった。


ルナはゴルダ卿に腕をつかまれてそれを見せられと、その脳裏にある言葉が浮かんだ。


『……人体錬成……』


 それは魔導を扱うすべて者が忌み嫌う単語であった。その言葉に対する嫌悪は僧侶や魔女といった垣根はなく、全てのものが禁忌と言って口をつぐむだろう……


「魔女の娘、お前ならこの石室に漂う空気、そしてこのかぐわしい命の躍動を感じられるだろう」


ゴルダ卿は異形のモニュメントの前で恍惚とした表情を浮かべた。


「この命の躍動は私の希望を現実化せしめるものだ!」


ルナはそれを見ると声を上げた。


「あんた、これヤバいってわかってるんでしょうね。やっていいことと悪いことがあるって……」


ルナは真顔で続けた


「人体錬成は闇魔法を使う魔女だってやらないんだよ、それを魔法もろくに使えない人間がやるなんて……あんた、どうかしてるわ!」


ルナが息巻くとゴルダ卿は嗤った。


「確かに……私は禁忌を破ろうとしてる……それは百も承知だ。」


ゴルダ卿は急に冷静な口調にもどるとルナにショートソードを突き付けた。


「お前には見せてやろう」


真顔になったゴルダ卿はそう言うと石室に隣接した小部屋に向かって歩くようにルナに指示した。


                              *


 背中にショートソードを突き付けられたルナは人体を納めた棚が並ぶ石室を歩かされた。異様であり異常な空間は形容しがたい雰囲気が覆い、時の流れさえ感じさせない非日常が支配している。


「そこで止れ」


ゴルダ卿はなんら変哲のない石壁の前でルナを止まらせると、その石壁の一部に手を当てた。


『ゴゴゴゴッ』という音と同時に石壁が左右に分かれ、その中から紫色の香が流れてきた。


ルナはそのこうを感じるや否や背筋にゾクッとした悪寒が走った。


『何ここ……』


石室の中にはさらなる石室があり、その中央には石棺が鎮座していた。


ルナは背中を押しやられると棺の方につんのめった。


「開けてみろ」


ゴルダ卿はショートソードを突き付けたままルナに石棺の蓋を開けるように命じた。


「こんな重い蓋、私の力で開くはずがないでしょ!」


ルナがそう言うとゴルダ卿は嗤った。


「ふたに手を触れてみろ」


ショートソードがキラリと煌めくとルナはやむを得ないと石棺の蓋に手をかけた。


そしてその瞬間……


なんと蓋が勝手に開き始めたのである。


ルナは想定外の事態に恐れおののいたが、その恐怖はルナの体を金縛りにしていた。


そしてルナの眼に石棺の中の全貌があらわになった。


『何これ……』


ルナの眼には幼い子供と思われる人骨が映っていた。


「お前の血と肝臓を捧げる、そうすれば人体錬成は成功する。」


ゴルダ卿はそう言うと朗らかに微笑んだ。


「私は『宴』で都の馬鹿どもを相手にせねばならん、しばしお別れだ」


ゴルダ卿はそう言うと石棺のある小部屋からその身をひるがえした。


「新月の晩、私は戻ってくる。それまでそこでくつろぐがいい」


 ルナはそのあとを追おうとしたが、ゴルダ卿が部屋から出るや否や小部屋の石壁は無情にもそれを許さぬようにして音を立てて閉まった。


『どうしよう……』


石棺のある小部屋に取り残されたルナは呆然自失となっていた。



65

牢に入れられてからどのくらいの時間が立ったのだろうか、食事どころか水さえも与えられぬ環境で二人は意気消沈していた。


ベアーは牢の隅にある人骨をみて吐き気を催した。


『俺も、いずれは、ああなるのか……』


人骨の頭蓋骨には大きな亀裂があるため殴られたことは間違いない、会計士の男とその伴侶は明らかに殺されていた。


『こんな所で死ぬなんて……パーラーだって行ってないのに』


15歳の少年は万策尽きたという思いに駆られた。


そんな時である、炭焼き小屋の主人が声をかけた。


「少年、あきらめるな」


炭焼き小屋の主人の声は意外に明るい。


「この状況下で再び我々は顔を合わせることになった、こんな偶然はありえんだろう。協力すれば何とかなるやもしれんぞ」


炭焼き小屋の主人は続けた。


「恐れや恐怖は人心を曇らせる、いかにしてここから出るか考えようではないか」


 言われたベアーは『それもそうだ』と思いなおした。若さというのは『切り替えの速さ』だと言う人がいるがベアーの場合もそうなのだろう、遺骨を見たことによる恐怖は炭焼き小屋の主人の一言で消し飛んでいた。


「どうしますか、御主人?」


ベアーが尋ねると炭焼き小屋の主人はポツリと言った。


「ただ、待つんだ」


『待つ』という行為は実に単調で、こうした状況下では実に苦しい。だが食料も水もない状態で動いてもいたずらに体力だけが削られる……炭焼き小屋の主人はそれを看破していた。


そんな時である、牢の入り口の木戸が開くと鎧を着た二人の男が入ってきた。


                                *


「まだ生きていたか、ジジィ!」


声をかけたのはベアーを殴った男である、その顔は実に傲岸で貴族に仕える兵士とは思えぬ不道徳さがある。


「俺の殴った足の具合はどうだ?」


兵士はそう言うと炭焼き小屋の主人をねめつけた。そして腰につけていた牢の鍵を手に取り鉄格子をひらいた。


「相変わらず無礼だな、貴様は」


炭焼き小屋の主人がそう言うと鎧男はニヤついた。


「親方様は痛めつけた後、放りだせと言われたが、その口のきき方は許せんな」


鎧男はそう言うと炭焼き小屋の主人を睨んだ。


「お前は都のお偉いさんとコネがあるらしいな……」


兵士はそう言うとボーガンに矢をつがえた。


「生きていたら困るんだよ……ここで見たことを報告されてはな!」


そう言うとボーガンを炭焼き小屋の主人の眉間に照準を合わせた。


「最後に何か言い残すことは?」


言われた炭焼き小屋の主人は落ち着いた口調でボーガンを構えた鎧男に言った。


「ゴルダ卿はいつから、おかしくなった?」


相変わらずの眼光の鋭さに兵士は一瞬たじろいだがそれに対して発言した。


「お館様はおかしくなられていない!」


炭焼き小屋の主人はそれを見て続けた。


「魔導の知識を学んでいる者は現在のダリスにいない。まして闇の魔道書を詠み解ける人間はいないはずだ。」


炭焼き小屋の主人は畳み掛けた。


「ゴルダ卿は一般人と変わらぬ能力しかない……にもかかわらず闇の魔道書を詠むことができる……つまり誰かが教えたということだ」


炭焼き小屋の主人は鎧男を睨みつけた。


「誰だ、ゴルダ卿をたばかったのは?」


それを言われた刹那である、鎧男はボーガンの引き金に指をかけた。


「誰が教えるか!!」


 鎧男はそう言うと実に底意地の悪い笑みを浮かべた。そこには死を目前にした人間にさえ唾棄することを厭わぬ非人間性が浮かんでいる。


そして今度はベアーに目をやった。その脇に落ちている冊子に気付くと邪悪な笑みを浮かべた。


「どうやら、会計士の家族のことも気づいたらしいな……」


言われたベアーは鎧男を睨んだ。


「どうせ、俺も殺すんだろ。それならユルゲンスの事も教えろよ!」


ベアーが若干ビビりながらそう言うと鎧男は嗤った。


「いいだろ、覚悟ができているなら教えてやろう。アイツは親方様の『犬』だよ。自由の鷹の連中を一網打尽にするためのカギさ」


言われたベアーは自分の想像が当たったことに苦虫を潰したような顔を見せた。


『何てことだ……自由の鷹はゴルダ卿の手のひらで踊っているだけじゃないか……』


ベアーはそう思うとその脳裏にアルの顔が浮かんだ。


『マズイぞ……アル……』


そんな時である、鎧男がボーガンの引き金に指をかけた。


「サヨナラだ、爺さん!」


まさに絶体絶命、状況は最悪の展開を向かえた。



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