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第二十一話

57

ゴルダ卿は不可思議な石室に身を置いていた。紫色にけぶるこうがたかれ、薄暗くなった空間には部屋とエメラルド色の石棺が鎮座している。


『あと少しだ、もう少しでパズルのピースがそろう。そうすれば……わが望みが現実となる……』


ゴルダ卿はその石棺のふたを撫でるとその耳をあてた。


『もう少しだ、あと少し』


 守銭奴とも策士とも思えぬその顔には人間らしさがにじみ出ている。それはゴルダ卿が誰にも見せぬ一面であった。


『10年に渡る、実験もこれで最後だ、これで……』


ゴルダ卿は石棺に頬ずりした。


『数多くのニエを用いても実験はあと一歩の所で失敗していた。だが、今度のニエは違う……必ずうまくいくはずだ』


 ゴルダ卿がそう思った時である、部屋の中にある金属製のパイプから音が漏れた。どうやらそれは電話のような機能を有しているようである。


『親方様、『彼奴』が来ております。』


ゴルダ卿はパイプから漏れる執事の声に不愉快そうな表情を浮かべると石棺から離れた。


                                *


ゴルダ卿が客間の席に着くとそこには小ざっぱりとした青年がいた。


「報告を聞こう」


ゴルダ卿がそう言うと街のどこにでもいそうな青年は口を開いた。


「親方様の言われたとおり、都に上奏(不正を告発)しようとする連中を焚き付けました。やつらは日々増加しております。もう少しで30人ほどになると思います。」


ゴルダ卿はそれに小さく頷いた。


「鉄仮面の動きは?」


言われた青年はそれに反応した。


「2時間ほど前、やつらは精錬を終えるとキャンベル海運の倉庫に白金を持ちこみました。」


「……そうか、思ったよりも動きが速いな……」


青年はさらに続けた。


「それからもう一つ、お耳に入れたいことがございます。」


青年はそう言うとキャンベル海運の倉庫で捕まったスターリングのことに触れた。


「広域捜査官の犬か……」


だがゴルダ卿はその内容に眉一つ動かさなかった。


「門番から広域捜査官の情報はすでに入っている、白金を追ってきていることもな。だが奴は外部との連絡を取れない状態だ。こちらが手を下さなくても盗賊団の方が勝手に始末するだろ」


ゴルダ卿はすべてを把握しているという尊大な表情を浮かべて青年を見た。


「それよりも、この後の奴らの動きだ」


ゴルダ卿がそう言うと青年がそれに答えた。


「明後日の早朝、キャンベル海運の倉庫に集まり決起集会を起こす算段でございます。鉄仮面はそこでいくばくかの軍資金を『自由の鷹』に渡すと言っております。」


青年がそう言うとゴルダ卿はほくそ笑んだ。


「よくやった、トーリ。いやユルゲンスと呼んだ方がいいか?」


ゴルダ卿は実に嫌らしい笑みを浮かべた。


「明朝の朝、その集会の後に決起しろ。私に対して反旗を翻すんだ」


ゴルダ卿がそう言うとかしずいていた青年が『はい』と頷いた。



『決起したところを一網打尽だ。私に対する不満分子を排除し、そして……鉄仮面と盗賊団を潰して白金も根こそぎ頂く』



ゴルダ卿の脳裏には一石二鳥という言葉が浮かんでいた。



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そんな時である、トーリと呼ばれた青年が口を開いた。


「親方様、例の『御約束』、間違いないでしょうね」


念を押すように青年が言うとゴルダ卿は含み笑いを漏らした。


「ああ、約束は守る。こたびの一件が無事に解決したら蛮族の自治区をゴルダの街の中に造る。そして、鉱夫の賃金を2倍にしよう」


それを聞いたトーリは深く頭を下げた。


「トーリ、いや、ユルゲンスよ、『自由の鷹』に確実に反乱を起こさせろ。我々が反乱分子を『処理』するには大義名分が必要になる。」


ゴルダ卿はそう言うと実に不遜な表情を浮かべた。


「革命の芽は早めに摘んでおかなくてはな、たとえそれが意図的な方法であったとしても」


ゴルダ卿はそう言うとトーリに『下がれ』と目で合図した。


                               *


 トーリと呼ばれた青年はゴルダ卿の館から出ると、その出で立ちをユルゲンスへと変貌させた。いかにもインテリという演出をしたその格好は誰が見ても『トーリ』という蛮族の青年には見えないだろう。


ユルゲンスに変貌したトーリは鏡で自分の恰好を確認すると大きく息を吐いた。


『誰も俺には気づかんだろう……』


 蛮族には『擬態』という伝統的なスキルがある。相手の言語、慣習、文化性など学習して敵地にもぐりこみ、敵対する相手に成りすますという行為である。諜報活動を行うことがその目的だが、それ以上の事を行うことも少なくない……


そしてユルゲンスは蛮族の中でも擬態に特化した人材であった。


『ゴルダの街に俺たちの居場所を造る……貧しい『山』の暮らしともおさらばだ。そうすれば一族も生き延びることができる』


 ゲートの向こう側の蛮族の暮らしはお世辞にも楽ではなかった。気候の厳しい北方の山脈の盆地では小麦や米といったモノは収穫できず慢性的な食料不足に陥っていた。喰うに事欠く蛮族の暮らしでは教育や文化も程度が低く、ダリスやトネリアのような初等学校さえなかった。


『自由の鷹に革命を起こさせる。そうすれば俺たちはゴルダで暮らすことができる。』


 ユルゲンスはもう一度大きく息を吐くと、その脳裏に自由の鷹のメンバーを思い描いた。そこには亜人の青年や禿げ上がった青年、そして自分の給金から必死になってカンパ金を持ってきたアルの姿が浮かび上がった。


『悪いな、俺たちの肥やしになってもらう』


トーリが擬態したユルゲンスは『疑似革命』を煽る先導者として最後の仕事を迎えようとしていた。



59

一方、同じころキャンベル海運の倉庫では拘束されたスターリングが鉄仮面の尋問を受けていた。


「お前が『犬』であることはわかっている。広域捜査官であることもな」


 鉄仮面はそう言うと縛り上げたスターリングに近づいた。そしてその細いおとがいに手を当てると含み笑いを漏らした。。


「ゴルダの門番はキャンベル海運と内通している。お前はわざと見逃され、我々の手のひらで泳いでいたにすぎんのだよ」


スターリングは自分の間抜けを知らされるとその唇を噛んだ。


「どの程度の情報を探り当てた。素直に話せば命はとらんぞ」


鉄仮面がそう言うとスターリングが鼻で笑った。


「どうせ話しても、殺すんでしょ、覚悟の上よ!」


「そうか……」


 鉄仮面はそう言うとその指をスターリングの首元から胸元へと這わせた。そしておもむろにレザースーツ(スニークミッション用の伸縮性に優れたモノ)の留め具を引きちぎった。


胸元が大きく開くとスターリング白い肌がむき出しになった。鉄仮面はその肌に指を這わせた。


「どうするつもり?」


スターリングは気丈にも鉄仮面を睨みつけた。


「お前の体にきかせてもらおう」


鉄仮面はそう言うといつの間にか用意していた刺繍用の針をスターリングの指先に突き刺した。


凄まじい痛みがスターリングを襲う。


「指先は敏感だ、それに爪の間もな」


そう言うと今度は2本目の針を親指と爪の間に突き刺した。


スターリングはあまりの痛みにその身をよじった。


「美しいものが苦しむ姿はたまらんな……」


 鉄仮面はもがいて絶叫するスターリングの姿をみて淡々と答えた。その声は無機質でからくり人形のようなひびきがある。


『……この男……普通の犯罪者じゃない……』


 鉄仮面の表情はその仮面で隠され窺い知ることはできないが、この男の持つ異常性は体全体から放たれるオーラから推し量ることができた。


『一体、何者なの……』


数々の犯罪者を尋問してきたスターリングでさえも鉄仮面の分析は容易でなかった。


                                 *


 この後、針を用いた拷問は延々と続いた、凄まじい激痛が断続的に襲う……すでに10本の指には至る所に針が突き刺さっていた。


スターリング拷問を必死になって正気を保とうとしたが、徐々にその精神は崩れ、体力的にも限界が訪れていた。


鉄仮面は実に淡々とした声を上げた。


「たまらんな……その姿」


相も変わらず感情のこもらない声色は独特の異様さを醸している。


「お前が死ぬまで嬲るのも一興だな」


鉄仮面はそう言うとスターリングの唇に針をあてがった。


「唇は実に敏感だ、手先と同じくらい痛覚が発達している」


 鉄仮面がそう言った時である、スターリングはこれ以上の苦痛を逃れる方法を選ぼうとした、舌を噛み切ろうとしたのである……


 だが、その瞬間、鉄仮面はそれを許さぬ一言をスターリングに言い放った。それは初めて感情のこもった言葉であった。


「私の趣味は、死者とまぐわうことだ。お前が自ら命を絶つことは実に喜ばしい、さあ、舌を噛み切れ!!」


その声には愉悦とも性的興奮とも取れる感情が湧き出ている。


「この糞変態野郎!!」


スターリングが息も絶え絶えにそう言うと鉄仮面は『クククッ』と嗤った。


「まだ、感情を失わない強さを持っているようだな」


鉄仮面はそう言うとスターリングに近づいた。


「お前のそのガッツ気に入ったぞ」


鉄仮面はそう言うと先ほどと同じく無機質な声で語りかけた。


「わがしもべとなれ」


 そう言うと鉄仮面はその鎧に据え付けられた仮面に手を当てた。そして仮面を固定した金具をおもむろに外した。ガチャリという独特の金属音がスターリングの耳に響く……


「……嘘……」


 スターリングがそれを見た瞬間である、拷問の苦痛も、広域捜査官としてのプライドも消し飛んだ。そして感情がうすれ、人としての尊厳が消失した……


「……そんなはず……」


 想像を超える現実が目の前に現れたスターリングは人としての矜持を失った。そして体を小刻みに痙攣させるとその口から泡を吹き、失禁していた……





次回は今までのまとめを書きたいと思います。人物関係が複雑なので少し整理したものを箇条書きで記したいと思います。


よろしくお願いします。

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