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第二十話

53

スターリングと別れた後、ベアーが民泊している宿に戻るとその厩では尻尾をパタパタさせているロバがいた。美味そうに人参を頬張る姿は実に牧歌的で一見するとのどかな一枚絵のようにも思える。


『うまそうに食ってるな……』


 ベアーがそう思うとロバはチラリと視線を移した。その顔には『主人よりも人参です!』という主張が浮かんでいる


ベアーはそれを見て口を開いた。


「お前ね、もう少し主人を『敬う』というか『立てる』というか、そういう態度はできんもんかね」


 ベアーが不満タラタラの表情でそう言うとロバはそれに構わず人参をむさぼった。相も変らぬ泰然とした態度はどちらが主人かわからぬ威厳がある。


ベアーはそれを見ると二度目のため息をついた。


「まあ、お前は言うこと聞くタイプじゃないよな……」


 ベアーがそう言うとロバは意味ありげにベアーを見た。その表情には『何か話があるんだろ』という含みがある。


ベアーはロバの顔を見ると先ほどの事を『話したい』という思いがもたげてきた。


「実はさ、さっきスターリングさんにあったんだけど……潜入捜査中らしいんだ。だけど、その捜査対象の中にはアルのいる『自由の鷹』っていう政治結社もはいっているみたいなんだよね……」


ベアーがそう言うとロバは人参を食むのをやめた。そして『それは芳しくない』という表情を浮かべた。


「だけどさぁ、俺に何かできるわけじゃないし……でもアルは思い込みが激しいだろ、何か起こるんじゃないかって……」


 ロバはそれに対して渋い表情を浮かべた。そこにはこれから一波乱起こるのではないかという予見が浮かんでいる。


                                *


 そんな時である、馬のいななきとともに鎧に身を包んだ3人の男が宿の前に現れた。そして入り口に駆け寄ると、そのドアを開けて『ダダダッ』と階段を駆け上がって行った。


思わぬ展開に『何事だ……』と思ったベアーはロバのもとを離れるとその後を追った。



54

ベアーが二階に上がると想定外の事態が起きていた。


「離してよ、私が何をしたっていうのよ!!」


後から羽交い絞めにされたルナが大声を出すと鎧を着た3人のうちの1人が声を上げた。


「とぼけたことを抜かすなこの性悪が」


ベアーはその声を聞いてハタときずかされた。


『この鎧の男、キノコ狩りの時にいたゴルダ卿の配下だ。』


ベアーはキノコ狩りの時にフライングしたゴルダ住民をボーガンで撃った男だと今になって気付いた。


「お前がアガリ茸を盗んだのはわかっているんだぞ!」


 ベアーはゴルダ卿の配下がそう言うのを聞いて驚いたが、『それはありえない』と思うと、毅然とした態度をとった。


「そんなことはあり得ません。ルナはキノコ狩りに行ったこともありませんし、アガリ茸を見たこともありません。ルナはアガリ茸の存在さえ知らないはずです!」


 ベアーがそう言うと3人のうちの1人がルナのポシェットをひったくりその中に手をいれた。そして、厳しい表情を見せて口を開いた。


「これでもか?」


なんと鎧男の手の中にはアガリ茸があるではないか……


「えっ……」


ベアーはまさかの展開に息をのんだ。


一方、それに対してルナが叫んだ、


「私、盗んでないよ、アガリ茸なんて知らないもん!」


ルナが泣きそうな声をあげるとボーガンで住民を撃った鎧男が声を上げた。


「白々しいことを言いおって、どうせ魔法を使って盗んだんだろ!」


それに対してベアーが反論した。


「ルナは魔封じの腕輪をつけています。魔法を使って盗む事なんてできません! こちらの言い分も聞いてください!」


「魔女の言い分など聞くものか!」


あまりに傲岸な言い方にベアーもカチンときた。


「あなたね、貴族に仕える身なんでしょ、それなら下々の意見にも多少は耳を貸すのが筋でしょうが!」


ベアーが憤ると鎧男がその眼の色を変えた。


「口のきき方を知らんガキだな……」


 そう言うや否やであった、その拳がベアーの脇腹を襲った。ベアーは思わぬ一撃に受け身も取れずその場で昏倒した。


「このガキもつれていけ、後で『しつけ』てやる。」


ボーガンで住民を撃った隊長は部下に命令するとルナだけでなくベアーも拘束した。


 こうしてベアーとルナは突然来襲したゴルダ卿の配下により拉致されるという事態に陥った。まさに青天霹靂、二人の未来には暗雲が立ち込めたのである……



55

ロバは拘束されたルナとベアーが宿から連れて行かれる姿を厩からつぶさに見た。そしていつもと変わらぬ泰然とした態度を見せた。


『また、あいつら捕まったな……』


ロバはそんな表情を浮かべると大きな欠伸を見せた。


『何か裏があるんだろうな……』


 ロバはそう思うと器用に鼻と舌を使って厩の扉(木製の引き戸)の掛金を外して外に出た。そしてトボトボと歩くと入り口近くにゴルダ卿の配下が落としていったルナのポシェットを見つけた。そしてそれを咥えるとうまいこと首にかけた。


『さて、どうするか……』


 主人が拉致されたものの一頭のロバではどうにもならない、手足も短く、顔もブサイクである。ゴルダ卿の館に乗り込んでどうにかなるものではない……


『ボーガンで撃たれると痛そうだし……』


『槍で刺されるのも嫌だし……』


『もう、あきらめちゃおうかな……』


 ロバがそんなことを思っていると、その耳に馬蹄の音が入った。ロバは先ほどの連中とは違う人間が来たことをその馬蹄の振動から感じると、その身を宿の裏口の方にひそめた。


そして馬から降りて宿に近づく人物に目をやった。


『こいつか……』


ロバの眼には初老の門番が映っていた。


                                 *


初老の門番が宿の戸を叩くとでっぷりとした亜人の女が顔を出した。


「ご苦労だった」


 初老の門番はそう言うと女主人に皮袋を渡した。女主人は袋の中を見てニヤリとすると初老の門番に声をかけた。


「あの娘が用を足している隙にアガリ茸をポシェットに入れたんだけど、こんなにうまくいくとは思わなかったわ」


「ああ、よくやってくれた」


 門番がそう言うとでっぷりとした女主人は実にイヤラシイ眼を向けた。そこには悪人として確立された人間の負の側面が浮かんでいる。


「また、よろしくお願いしますね」


女主人が意味ありげにそう言うと門番は小さく頷いて踵を返した。


                                *


二人の死角から聞き耳を立てていたロバは『なるほど……』という表情を浮かべた。


『門番と宿の主人がグルか……まんまと嵌められたわけだな……』


ロバはベアーとルナがでっぷりとした亜人と門番によりゴルダ卿に『売られたこと』に感づいた。


『さて、この後、どうするか……』


ロバは不細工な顔を歪めて思案した。


『取りあえずケジメはつけとかないとな』


ロバはそんな表情を浮かべると厩に戻った。



56

『これ、使えるな……』


 ロバは大きめの石を短い足で転がすと厩に運んで干し草の上に設置した。そしてもう一つ、別の石つぶてを咥えると、先ほど転がした石にぶつけ始めた。


5分ほどその作業を繰り返すとロバはニヤリとした


『いい感じだ』


 ロバがそう思った時である干し草から煙があがった。石の擦れた時の摩擦で火花が起こりそれが干し草に引火したのだ。


ロバはさらにそこに息を吹きかけた。


『うん、完璧!』


ロバがそう思った時である煙の量が一気に増え、干し草が燃えだした。


ロバはそれを見届けると厩を出た。


                                *


妙な匂いが鼻に突いた亜人の女主人は何事かと思って外に出た。


「ああ……か…かっ……火事!!!」


悲鳴とも絶叫ともつかない声が上がる。でっぷりとした亜人の女主人は血相をかえて必死に叫んだ。


「誰か、火事よ、火事、うちが燃えてるの!!」


だが無情にも厩で上がった火の手は風にあおられ母屋の方へと火の粉を飛ばす。


「止めて、家が、家が、燃える!!」


でっぷりとした亜人は発狂せんとばかりに声を上げた。


「あんた、見てないで、何とかしなさいよ!!」


ロバは半狂乱になって叫ぶ女主人を見ると首をかしげた。


『ぼく、よくわかないな~』


ロバがみょうにかわいらしい表情を浮かべると女主人は顔色を真っ青にした。


「どうしよう、みんな燃えちゃうわ……灰になる……今まで集めたアガリ茸が……全部」


 必死になって女主人は井戸の水をくみ始めた。その顔には筆舌に尽くすような悲壮感が沸き起こっている。


だがロバはそれを見てもシレッとした表情のまま微動だにしなかった。


                                *


 結局、火の手は衰えず、厩は跡形もなく全焼してしまった。近隣住民が必死の消火活動を行ったものの強風で煽られた火の粉は母屋も飲み込み、こちらも全焼した……でっぷりした女主人の前には灰となったデブリだけが残されていた。


ロバはそれを見ると、


『ちょっと、燃えすぎたな』


そんな表情を見せた。


『だけど、母屋を燃やしたのは風だし……』


ロバはそう思うと『しょうがないよね』という表情を見せた。


一方で、別の思いもロバの中で生じていた。


『しかし、あいつら、どうするかな……』


ロバはしおらしくベアーとルナに思いをはせた。


『ゴルダ卿の館は警備が厳重そうだし……私兵もいる……それにボーガンも』


ロバは30秒ほど耳をパタパタさせながら思案した。


そして……


『……とりあえず、そっちは置いとくか……』


 ロバは拉致されたベアーとルナの事をペンディング(そのままにしておく)にするとその不細工な顔をだらしなくほころばせた。


そして首にかけたルナのポシェットを覘くと、その中にある現金を確認した。


『これだけあれば、大丈夫だな……」


 厩と母屋を全焼させる原因を造ったロバはいつもの泰然とした姿をみせるすすり泣く女主人を尻目に元気よく街に向かって歩き出した。


もちろん行く先はいうまでもない、


『パーラー』


である。


主人公がピンチにもかかわらず『己の道』を突き進むロバ、そのメンタルは計り知れないものがあった。


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