第十九話
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『……僥倖だわ……』
スターリングは白金の行方を追いかけていたものの、ゴルダの街ではその手がかりさえ見つからない状態に陥っていた。PUBで得られる情報はそのほとんどが意味をなさず、いたずらに時間だけがすぎていた。
だが現在、鉄仮面と話している富裕な商人を装う男は間違いなく指名手配犯のリチャードであった。
『……身柄を拘束……』
スターリングの中で『逮捕』という言葉がちらついた。だがそれと同時に『まだ、早い』という思いも生じた。
『いや、白金の場所を突き止めてから……』
潜入捜査中の判断は実に難しい。リチャードを拘束して地元の治安維持官に引き渡すことはもちろん可能である。だが、それで白金の場所を吐くとは限らない。それに今は鉄仮面がいる……相手の力量がわからない時点で動くのは危険があった。
『それに、キャンベル海運と白金の盗賊団の関係を知りたい』
スターリングはケセラセラ号をシージャックした事件の一端にキャンベル海運の名が出ていることを思い起こした。
『ゴルダで白金の案件とキャンベル海運のかかわりがつかめれば、大きな事件につながるわ……それを解決できれば、私の出世も……』
スターリングの中で功名心がもたげてきた。
『これはチャンスよ!』
スターリングはそう思うとさらなるスニークミッションへと足を踏み入れた。
*
ユルゲンスとの会話を終えた鉄仮面はその陰で控えていたリチャードと会話を交わした。
「どう思う、あのインテリ小僧?」
リチャードがそう言うと鉄仮面は沈黙した。
「お前もうすうす気づいているんだろ?」
リチャードの物言いは犯罪者のそれそのもので、そこにはユルゲンスに対する明らかな不信感を示していた。
「キャンベル海運の寄付金を期待しているんだろうが、本当にゴルダ卿の不正蓄財を告発する気はないんじゃないのか?」
リチャードの眼にはユルゲンスが行動力のない口先だけの人間に映っているようでその口ぶりは明らかに厳しい……
「あの手の坊ちゃんは、最後に日和って終わりだ。インテリなんてそんなもんだ。とどのつまり信頼するほどの人間じゃねぇ」
リチャードが自分の経験説を唱えると鉄仮面がそれに答えた。
「いい読みだ、リチャード……だがお前は間違っている」
「どういう意味だ?」
自分の見解を否定されたリチャードは不愉快な声を上げた。
「ユルゲンスはただのインテリじゃない」
鉄仮面がそう言うとリチャードは訝しむ目を向けた。
「やつの指を見たか?」
言われたリチャードは頷いた。
「小指の第一関節の所に妙なタコがあった、だが別におかしいものじゃないだろ」
それに対し鉄仮面は即答した。
「あの位置にタコできるのはナイフを逆手に持ち替えた人間だけだ、それも毎日のように扱っている。つまり修練を日々しているということだ。」
言われたリチャードは表情を一変させた。
「ナイフ……そんなものを扱う素人はダリスにはいねぇぞ……まさか……」
リチャードはそう言うと鉄仮面を見た。
「そうだ、ユルゲンスは蛮族だ」
鉄仮面はユルゲンスの小指のタコからユルゲンスが一般のゴルダ市民でないことを看破していた。
一方、ユルゲンスが蛮族だとわかったリチャードはその額にしわを寄せた。
「確かゴルダの一般市民と蛮族の関係は悪いはずだ。鉱山の仕事もそのほとんどが蛮族に取られている……ゴルダの鉱夫は商売あがったりだろ。なんでゴルダ卿に反旗を翻そうとしている奴らのリーダーが蛮族なんだ?」
リチャードがもっともな質問を口にすると鉄仮面がそれに答えた。
「ユルゲンスは策士だ。奴は奴なりの意図があって動いているのだろう。」
鉄仮面がくぐもった声で言うとリチャードがそれに反応した。
「まさか、俺たちの白金を横取りしようと!」
言われた鉄仮面は『ククク……』と嗤った。
「そうかもしれんし、そうでもないかもしれん……」
鉄仮面の物言いには理解できない状況下を楽しむような余裕がある。リチャードはそれを感じると鉄仮面を睨んだ。
「あんた、一体……何を考えているんだ?」
リチャードが不安げな表情を見せると鉄仮面は淡々と答えた。
「我々は白金を精錬してゲートから出ることが目的だ。それを貫徹するためには『駒』を使わねばならない。たとえそれが信用できない相手であったとしても」
「信用できない人間を駒として使う……そんなことができるのか?」
リチャードがそう言うと鉄仮面がそれに答えた。
「すでに手はうってある」
鉄仮面はそう言うとリチャードを見た。
「もうすぐ、白金の精錬が終わるだろう。いつでもゲートを抜けられるようにしておけ」
言われたリチャードはうなずいた。
「いいだろう、俺は白金の製錬作業の進捗具合を確かめてくる」
リチャードがそう言った瞬間である、鉄仮面はその身をひるがえし、その視界から消えた。それは重厚な鎧を身に着けているとは思えぬ速さであった。
何が起こったか理解できないリチャードは唖然とした表情を見せる他なかった。
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二階から聞き耳を立てていたスターリングであったが、ユルゲンスと鉄仮面、そしてリチャードの会話はこれからの捜査に進展を与えるものであった。
『なるほど、キャンベル海運と自由の鷹は同盟を結んでいるようで、その実は金銭だけの脆いつながりしかないのね……』
自由の鷹のリーダー、ユルゲンスとキャンベル海運の鉄仮面、この二人の間には人を出し抜いて『果実』を得ようとする人間が醸す『裏切り』のにおいが立ち込めていた。
『しかし、ユルゲンスが蛮族だなんて……』
この点に関してはスターリングも全く気付いておらず、鉄仮面の観察眼には舌を間がざるを得なかった。
『自由の鷹の連中はユルゲンスが蛮族だとはわかっていないはず……一体、これからどうなるのかしら』
スターリングがそう思った時である、その耳にリチャードの声が入ってきた。
「いいだろう、俺は白金の製錬作業の進捗具合を確かめてくる」
その情報を耳にしたスターリングは色めきたった
『……後はリチャードの後をつけて白金の隠し場所をおさえれば……』
スターリングがそう思ってほくそ笑んだ時である、その耳にあらぬ音が入ってきた。そしてそれは重たい金属がズシンと床に落ちたような衝撃を伴った
『何、この音……』
そう思った瞬間である、スターリングはその背中に殺気を感じた。スターリングは今までの経験から振り向くことなく回避行動に移った。
そしてその刹那、『ガツン!!』という音を立てて身を隠していた木箱が破壊された。まさに木端微塵、今の一撃を受けていれば即死であった。
*
「よく避けたな」
声をかけた相手を見てスターリングは言葉を失った。
『そんな、あの距離を一瞬で詰めるなんて……』
その眼には鉄仮面が映っていた。
「お前がそこに忍んでいたのは最初からわかっていた。そろそろ相手をしてやろう!』
鉄仮面はそう言うとショートソードを抜いてスターリングののど元に突きつけた。
『……マズイ……』
一瞬にしてスターリングは絶体絶命の状態に追い込まれていた……
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一方、スターリングがピンチに陥っているとき、ゴルダの門前では馬から降りる男がいた。太陽がその額にあたるとその反射光が何とも言えない輝きを見せた。
『スターリングさん、手伝いに来ましたよ!!』
潜入捜査に入ったスターリングを心配するカルロスであった。
『休暇もらったし……潜入捜査の手伝いができれば……』
スターリンと進展を求めるカルロスはのほほんとした表情で太陽を仰いだ。
『ここでスターリングさんを手助けできれば……チャンスがあるはず!』
キャンベル海運の倉庫でスターリングの身に危機が迫っていることを知らないカルロスは鼻歌をうたいながらゴルダのゲートへと歩みを進めた。そして意気揚々とゴルダの門番に身分証明書を見せた。
*
「治安維持官の方ですね、捜査ですか?』
初老の門番が慇懃に尋ねるとカルロスはかぶりを振った。
「いえ、観光です。』
『潜入捜査官を助けに来た』とは言えないカルロスはもっともらしい理由をつけてごまかした。
「そうですか……観光ですか……』
初老の門番はカルロスを気の毒そうな表情で見た。そして門前に掲げられた金属製の看板を指差した。
そこには、
『物資搬入、および搬出のため5日間、一般観光客の出入りを禁ずる』
と記してあった。
「捜査であれば、通すこともできるのですが……観光となると、今は無理ですね……」
初老の門番は実にすまなさそうにカルロスにそう言った。一方、そう言われたカルロスは口をポカンと開けた。
『あれ、ひょっとして……俺……通れないの……』
カルロス門前払いをくらうという事態に遭遇していた。
『しっぽり、ニャンニャン大作戦 with スターリング』を思い描いていたカルロスはそのしょっぱなから計画が破たんするという状態に陥っていた。




