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第十六話

41

スターリングの隠密スニーク行動は思わぬ展開を向けていた。


『へぇ~、こんな所に……』


 ターゲットとして後をつけたインテリの青年は下水道と思しき暗い暗渠の中に入り、その奥に拡がった空間で複数の人間たちと挨拶をかわした。


『何をたくらんでいるのかしら』


 スターリングは退路を確認すると安全な位置にその身を置いた。そして生まれつきの聴覚(エルフの血が入っているため普通の人間よりも鋭い)をいかして男たちの会話に耳を傾けた。


                               *


『ゴルダ卿の横暴はゆせねぇ。これ以上、蛮族の奴らがでかい顔をするのはみてられねぇ!』


若い亜人が憤ってそう言うと青年は深く頷いた。


『私兵をつかってゴルダ卿は集会の自由を妨げるようになってきた。都で認めている言論の自由もここでは封殺される。俺たちが自由闊達に議論する事をいやがっているんだ。』


そう言ったのは一番年上の男で薄くなった頭頂部を真っ赤にしていた。


『都の執政官はゴルダ卿から接待漬けだ、まともな仕事なんかしてないぞ。あいつらに告げ口しても都には何一つ伝わらない!』


先ほどの若い亜人が付け足すとインテリ風の青年は強く頷いた。


「もっと情報が欲しい、確実な証拠がないと都の枢密院には書簡を送れない……」


インテリ風の青年がそう言うと禿上がった男が反応した。


「だけどよ、ユルゲンス、ゴルダ卿お抱えの会計士が家族ともども姿を消しただろ……下手に動くと、おれたちも……」


 ゴルダ卿の私兵ともいうべき傭兵たちはゴルダ卿に仕えていた帳簿係とその一家を始末したらしく、一家は行方不明という形で処理されていた。


「あの会計士とは秘密裏に連絡を取っていたんだ。そしてゴルダ卿の裏帳簿を渡す約束を取り付けていた。」


ユルゲンスがそう言うと二人の男は驚いた顔を見せた。


「実は裏帳簿の写しを手に入れてあるんだ。」


ユルゲンスがそう言うとそこにいた二人の青年は色めきたった。


「じゃあ、それを書簡にして都におくれば……」


禿げ上がった男がそう言うとユルゲンスはニヤリと嗤った。


「もう送ってある!」


ユルゲンスがそう言うと二人はユルゲンスの素早い行動に舌を巻いた。


「さすがだ、ユルゲンス、上級学校首席で卒業は伊達じゃないな!」


2人が声をあげてそう言うとユルゲンスと言われた青年はインテリチックな知性のある表情を見せた。


「だが、これだけじゃ駄目だ。あの書類はあくまで『写し』なんだ、本書じゃない。証拠能力としては低い。だが、帳簿に記されていたゴルダ卿の不正の証が見つかれば話は別だ。」


ユルゲンスはそう言うと息巻いた。


「あの裏帳簿には秘密裏に採掘していた鉱物資源の在庫が記してあったんだ。つまりゴルダ卿はその鉱物をどこかに隠しているはずなんだよ。もし、それがみつかれば、俺の送った写しの書類も生きてくる……」


青年がそう言うと禿げ上がった男が腕を組んだ。


「そう言えば、うちの弟が言ってたんだが、北のゲートと鉱山の間で大きな発掘工事みたいなのが行われるって……だけど、そこの鉱夫はほとんどが蛮族の奴らなんだ。亜人も人間もあまりいねぇらしい。でも何をやってるかは定かじゃない……」


「何か隠してるんじゃないか、そこに……もしそこに鉱物があれば……都の連中に物申すことができる。」


若い亜人が息巻いてそう言うと、禿げ上がった男が冷静な見解を見せた。


「だけど、調べるにしても人手がいるだろし、それに金もかかる……」


若い亜人が困った顔を見せるとインテリ風の青年が背負っていたリュックを下ろした。


「俺たちの活動に対して応援する者が増えてきている、蛮族の横暴に我慢できなくなった連中だ。」


そういうと青年は背中にリュックから皮袋を取り出して中を見せた。


「カンパ金だ、地元の労働者が俺たちの活動のためにあつめたものだ」


ユルゲンスがそう言うと二人の眼が輝いた。


「俺たちを陰で支えてくれる人間が少しずつ増えている。それだけじゃない、こうやって少ない給金から絞って応援してくれているんだ……これはきっと大きな力になる。」


ユルゲンスが力強くそう言うと禿げ上がった男と若い亜人は感動にむせんだ。


「それだけじゃない、まだ具体的には言えないけど……俺たちの活動に大口の資金を出してくる支持者の目途もついているんだ」


インテリの青年は上気した顔で続けた。


「証拠を見つけるんだ。そうすれば都の枢密院で精査されてゴルダ卿の横暴は明るみになる。」


青年は今まで以上に力強い口調で続けた。


「そうなればゴルダ卿は立場を失うだろう。そうすればこの街にも陽が昇る」


インテリ青年がそう言うとそばにいた二人が声を上げた。


『自由の鷹、万歳!!』


若い青年たちのゴルダ卿の圧政を何とかしようという純朴で熱い思いが暗渠の中に渦巻いた。


                               *


 傍からその様子を見ていたスターリングは白金の手がかりは得られなかったものの、ゴルダ卿に対するレジスタンス運動が草の根で始まっていることに驚きを隠さなかった。


『ゴルダ卿も問題が多いわね……蛮族を使って鉱物資源を盗掘してるなんて、それに執政官も見て見ぬふりか……これは後で報告しないと……』


一方、スターリングには一つの疑問が沸いた。


『大口のスポンサー……誰なのかしら……』


草の根活動であっても当然資金は必要になる。証拠を見つけるための費用も人員も少なくないだろう。


『ゴルダ卿の息のかかっていない業者なんていないはず……秘密裏に自由の鷹を応援するようなスポンサーなんて本当にいるのかしら?』


 スターリングは広域捜査官である、したがってその目利きは普通の人間ではない。ゴルダ卿の私兵が暗躍すれば、普通の業者なら『潰される』ことぐらいは見抜いていた。


『自由の鷹はゴルダ卿の失脚を狙っているんだろうけど、貴族はしたたかよ、それほど甘く事は運ばないだろうけど……』


スターリングは乾いた思いで彼らの白熱する議論に耳を傾けた。



42

ゴルダ卿は玉座に座り頬杖をついた。その前には鎧兜に身を包んだ男がかしづいている。


「お前の要求はわかった。だがそれをこちらが飲むかは別問題だ。」


ゴルダ卿は館の応接間でかしずく存在に向けてそう言った。その口調は淡々としているが明らかな圧力がある。


「白金の原石を精錬するのに2割、そして北のゲート通過に1割、盗品を扱う私のリスクを考えれば、3割では少々安い。私の取り分はその倍だ、それなら考える」


ゴルダ卿が『6割の取分』を要求すると、かしずいていた男はククッと嗤った。


「あまり欲をかかないほうがよろしいのでは?」


「何?」


相手がおもてをあげると全く表情の見えない鉄仮面がゴルダ卿の目に映った


「盗賊風情が貴族と交渉して主導権をとれると思うのか?」


ゴルダ卿がそう言うと鉄仮面は静かだがよく通る声で反応した。


「都から来た執政官達と夜な夜な宴を開いていると聞き及んでおりますが……その帰りに土産物を渡すそうですね。本人には直接渡さずその奥方や御子息に向けて……中にはいきのかかった業者をかます場合もあると」


鉄仮面は『土産物』という単語をわざと強調した。そこにはゴルダ卿と都の執政官の癒着をありありと匂わせていた。


ゴルダ卿はそれを察すると指をならした。そしてそれと同時に応接間の入り口から5人の兵士が現れた。


「鉄仮面よ、お前のように口のきき方を知らん男は、調教されるべきだ」


ゴルダ卿はそう言うと鎖帷子に身をつつんだ兵士に顎で指示した。その眼は『殺せ!』と示している……


「どうやら、やる気のようですな」


兵士たちの殺気を察した鉄仮面はスクッと立ち上がるとゴルダ卿を見た。


「遠慮はしませんぞ」


 乾いた口調でそう言った刹那であった、5人の兵士は同時に鉄仮面に襲いかかった。鉄仮面は迫りくる兵士たちを見ると平然とした態度をとった。


「笑止」


鉄仮面の表情は読むことができなかったが、そう言った言葉の意味は10秒と経たずにわかった。


                               *


ゴルダ卿は眼前に展開した光景に息をのんだ。


『……なんと……』


 兵士たちは手にしていた槍を鉄仮面にかすらせることさえできずその場に倒れていた。誰一人として息絶えたものはいなかったが、その手足はあらぬ向きを向いている。戦闘不能に陥っているのは一目瞭然であった。


「組手もおぼつかない兵士とは……安全面セキュリティーに関してはケチったようですね、ゴルダ卿」


言われたゴルダ卿は鉄仮面をにらんだ、その眼には怒りと恐怖の両方が湧き出ている。


「あなたが白金を独り占めしようというのはこちらでは想定内です。ですが我々もそれほど甘くはありません。」


鉄仮面がシレッというとゴルダ卿は苦虫を潰したような表情を見せた。


「我々の要求を呑んでいただけますね」


鉄仮面の口調は淡々としていたが表情が見えないだけにゴルダ卿にとっては異様に映る。


『剣を抜くことなく5人の兵士を血祭りに……』


ゴルダ卿は鉄仮面を見つめた。


『コヤツ何者だ……』


 ゴルダ卿の脳裏に様々な思考が浮かんだ。だがその中で鋭く本能に訴えかけたのは『このままでは死ぬ』という直感であった。ゴルダ卿は鉄仮面を睨むと大仰な声を出した。


「いいだろう、お前の要求をのもう」


ゴルダ卿がそう言うと鉄仮面は胸に手を当てて会釈した。


「お前は一体、何者なのだ?」


ゴルダ卿が不愉快そうにそう言うと鉄仮面は答えた。


「あなたと同じですよ」


答えの意味が分からずゴルダ卿が首をかしげると鉄仮面はククッと嗤った。


「私も守銭奴ですよ」


鉄仮面はそう言うと一礼して踵を返した。


ゴルダ卿はその後ろ姿を見て不愉快極まりない表情を見せた。


『喰えぬやつだ……だが、これで終わりにはせんぞ!』


ゴルダ卿はそう言うと玉座から立ち上がった。





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