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第十一話

29

2人は魔道研究所までのみちすがら、互いのことについて情報交換した。ベアーは自分がポルカの貿易商見習いであることや、実家が寺院であることを伝え、一方、アルはゴルダの初等学校を卒業した後、すぐに現在の工房に就職し、その見習いとして日々を過ごしていることを口にした。


「そうか、お前も初等学校卒か……それに齢も同じだな」


 年齢も同じで『見習い』という経歴も同じ、職種こそ違うが少年たちには共通項が多く、2人の関係は気兼ねないものになった。


そしてその話の中でも両親についてのことは互いの距離をさらに近づけることになった。


「そうか、お前も親がいないのか……」


「物心つく前には死んじゃったから……記憶も残ってないよ……」


ベアーがそう言うとアルが答えた。


「俺も小さい頃におふくろが死んで……その後、親父も事故で……親の顔はあんまり知らねぇんだ……」


 そんな話をしていると二人の前に亜人の親子が映った。3歳くらいの亜人の幼子は母親の足に抱き着きグズりだした。どうやら抱っこして欲しいらしく、両手をあげて母親にアピールしている。


 母親が『しょうがないわねぇ』と言う表情を浮かべて子供を抱き上げると、子供は実に満足げな表情を浮かべた。


二人は親子の何気ない日常の一端を目にしたが、二人の目にはそれが特別に映った。


「いいよなぁ、ああいうのしてみたかったな……」


アルがそう言うとベアーもそれに同意した。


「いいよね、ああいうの……」


 子供の成長に与える親の影響は計り知れない、特に幼少期の母親の存在は男の子には特別である。その人間の精神を形成する核になると言って過言でない。


 だが2人にはその部分がすっぽりと欠落していた。それゆえ、亜人の幼子が母親に甘える姿は何とも言えないものがあった。羨望と嫉妬の入り混じった感情が二人の中で渦巻いた。


だが、アルはすぐに視線を移すとあっけらかんとした声を出した。


「まあ、いまさら母親がどうだって言っても始まらねぇし、湿っぽい話も嫌だしな」


 アルはその場の空気を切り替えるように言うとサクサクと歩き出した。ベアーはその後ろ姿を見てアルの持つ『さっぱり』とした引きずらない姿勢に共感を覚えた。


『そうだよな、羨んでも何かあるわけじゃないし、あるがままをそのまま受けいるれしかないしな……』


ベアーはそう思うとアルの背中を追った。



30

一方、同じころゴルダの堅牢な門前には一人の少女と1頭のロバが佇んでいた。


「ここね……」


ルナはそう言うとロバを見た。


「いい、作戦通りにやるのよ」


 ルナがそう言うとロバは胡散臭さそうな目を向けた。そこには『この作戦、失敗するんじゃねぇの……』という猜疑心さえ浮かんでいる。だがルナは鼻をツンとさせると鼓舞するような声を上げた。


「大丈夫だから!!」


ルナは押し切るようにそう言うとゲートの前にいる衛兵の所に向かった。


                              *


「あの~」


ルナが門番に話しかけると若い門番はルナを見た。


「なんだね?」


「おにいちゃんにロバを届けに来ました。」


ルナがそう言うと衛兵は怪訝な表情を浮かべた。


「えっ、おにいちゃん?」


若い門番はルナとロバを見た。


「はい、おにいちゃんが街の中にいるんです」


ルナがそう言うと衛兵は身分証明書の提示を求めた。


「おにいちゃんが持っていると思います。」


ルナが何食わぬ顔で出まかせを言うと騙された門番の衛兵は確認するために街の来訪者を記した名簿を見た。


「兄の名前は?」


「ベアーです、フォーレ商会の、ベアリスク ライドルです。」


ルナがフルネームでそう言うと門番は名簿に目をやった。


「うん、これだな」


門番の衛兵はそう言うとロバの手綱を持った。


「ロバはこっちで預かろう、さあ、日の明るいうちに帰りなさい。今なら馬車に間に合う」


門番は時計を見るとルナにそう言った。


「えっ……」


それを見た門番がルナに答えた。


「今週は原材料の運搬があるから、一般旅行者が中に入るのは制限されているんだ。たとえ兄弟であっても、中には入れないよ」


まさかの言葉にルナは目を点にした。


だが、ここまで来て引くに行くわけにはいかない。


『どうしよう……とりあえず、あれでいくか……』


 ルナはそう思うと子供らしく、愛らしい態度を見せて、若い門番にアピールした。モジモジしたり、しゃがんでみたり、地面に落書きしてみたりと……


だが、若い門番は大きく息を吐いて首を横に振った。


『どういうこと……わたしの《おにいちゃんにロバを届けに来ました大作戦(キャピ!)》が通用しないなんて……』


一方、そんなルナをよそにロバは正面から堂々とゲートの中に入っていく……


『……あいつ、自分だけ……』


 ルナがそう思った時である、ロバはチラリと振り返った。その顔は相変わらず不細工でふてぶてしい。ロバはルナを見ると『ニカッ』と嗤った


『作戦失敗!』


ロバの顔にはそう書いてあった。


『……アイツ、私を置いて……舐めてるわ……』


ルナは怒り心頭になったが、門番の前でキレてしまえば今までの演技もパーになる……


『どうしよう、このままじゃ、中に入れない……』


ルナは如何ともしがたい状況にほぞをかんだ。


                              *


だがルナはバカではない、最悪を想定して『プランB』を用意していた。


ルナは帰るそぶりを見せると途中で立ち止まり大声を上げた。


『ない!!!』


あまりの大声に先ほどの門番が駆けつけてきた。


「どうしたんだ、おじょうちゃん?」


門番がそう尋ねるとルナは涙目になって訴えた。


「お金の入ったポシェットがないんです……」


ルナは目をウルウルさせながら続けた。


「あれがないと……帰れない……」


ルナはそう言うとギャン泣きした。


火のついたようなルナの泣き方に門番はおもわずたじろいだ


「どうしよう、お金がない……おにいちゃん~」


 周りでその様子を見ていた人々は興味津々な表情を二人を向けた。泣き叫ぶ10歳の少女、そしてそれに応対しない門番、2人の様子はその場に何とも言えない雰囲気を生みだした。


『これじゃあ、俺がいじめてるみたいじゃないか……』


若い門番は周りを見て、自分が追い込まれているような感覚に襲われた。


ルナはその様子を感じると今度は両手で顔を覆い、さめざめと泣いて見せた。


『ここが勝負、もう一度!!』


ルナはそう思うと周りに集まった人々を意識して再びギャン泣きした。


そして……ルナの泣きじゃくる姿は取り巻く人々の心境に変化を与えた。


『かわいそうに、あの女の子……』


『財布を落としたんですって……』


『じゃあ、馬車に乗れないわね……』


『そんな女の子をほっとくなんて……』


『ひどいわね、門番も……』


地元のゴルダ住民がザワザワとそんな話をしだすと若い門番は困り果てた。


『どうしよう……』


若い門番がそう思った時である、ざわめきに気付いた門番の上司と思しき初老の男が現れた。


「どうしたんだ?」


初老の上司に尋ねられた門番は今までの経緯を話した。


「なるほど……」


上司の老人は状況を認識するとルナを見てその頭を撫でた。


「しょうがない、おにいちゃんに会うまでの間は滞在許可を出そう。ただし、お兄ちゃんに会ってお金を借りたら馬車に乗ってポルカに帰るんだよ」


諭すようにして初老の門番が言うとルナは泣きはらした顔で頷いた。


初老の門番は微笑むともう一度ルナの頭をなでた。そこには孫を見るような暖かなまなざしがあった。


「さあ、行きなさい」


ルナは嬉しそうにするとぺこりと頭を下げてゲートの中を抜けて行った。


                                 *


ゲートを抜けた先にはロバが待っていた。


ルナはロバを見るとニヤリと嗤った。


「どう、私のプランBは?」


 ルナが考えた二番目の作戦、『ギャン泣きすれば、なんとかなるんじゃねぇの大作戦!』は功を奏しルナはその足をゴルダ領内にふみいれていた。


ルナはロバに近づくとおもむろにその腹巻の中に入ったものに手を伸ばした。


「まさか、この作戦のために隠してあるなんて、誰も思わないよね」


ルナは腹黒い表情でそう言うと腹巻の中からポシェットを取り出して肩にかけた。


「さあ、まずはおいしいもんでも食べようか!」


 ルナは元気な声でそう言うとポシェットの中のガイドブックを取りだし踊るようにしてそのページをめくった。


 ロバはチラリとルナを見るとその後、後方に構えるゲートを振り返った。そして大きなため息をゆっくりと吐いた。そこには危機を察知する野生の勘が働いていたのだが……ルナはそれを気づかずガイドブックに載ったスイーツの情報に目を輝かせていた。


                               *


一方、そのルナの姿を双眼鏡で覗く人物がいた。


「いいんですか、隊長、勝手に滞在許可なんか出して」


 隣に立っていた若い門番がそう言うと隊長と呼ばれた初老の男は双眼鏡をはずしてニヤリと嗤った。そこには子供に対する配慮や優しさとは違った冷徹なものがあった。


初老の隊長は狡猾な表情を浮かべると口を開いた。


「あの娘の腕に気付いたか?」


若い門番は首をかしげた。


「あれは魔封じの腕輪だ。」


「えっ?」


初老の隊長はそう言うと鋭い眼を光らせた。。


「あの娘は魔女だ……間違いない。わざと泳がせて様子を見る。」


隊長は実に悪魔的な表情を見せた。そして誰にも聞こえない小さな声でポツリと漏らした。


「……あの娘なら金になる……」


初老の隊長はほくそ笑むとそれ以上は何も言わず持ち場に戻った。





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