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第十話

26

「俺が先に並んだんだろ!」


ずんぐりとした亜人の男がそう言うと枯れ枝のように細い男が言い返した。


「何のことだ?」


枯れ枝のような男は鋭い眼光を見せると亜人を睨みつけた。


「いいかげんなことを言ってんじゃねぇよ、おっさん!」


実際、割り込んだのは枯れ枝のような男だが、この男はそんなことなど気にせず居直る態度を見せた。


「みんな、きちんと並んでるんだ、後ろに並べ!」


ずんぐりとした亜人がそう言って憤った時である、枯れ枝のような男は突然、指笛を吹いた。


 妙に甲高い指笛が響くと今まで亜人の男を応援するような雰囲気が一瞬にしてかわり、周りの労働者たちの顔が軽くひきつった。。ベアーが何事かと思うとそれを察したアルがベアーの耳元でささやいた。


「あの痩せたやつ、蛮族だ。仲間を呼びやがった」


ベアーが驚いた表情を見せると、ものの30秒で仲間と思しき連中が3人集まってきた。


                               *


「兄弟、こいつがよ、俺が横から列に割り込んだって言うんだよ」


先ほどの痩せた男がそう言うと集まった3人は亜人の男を取り囲んだ。


「うちの兄弟が割り込んだって、本当か?」


 3人の蛮族と思しき連中は格好こそどこにでもいる労働者のそれであったが、妙なイントネーションとたどたどしい言葉遣いは明らかにダリスの人間ではなかった。


「どうなんだ、本当なのか?」


 3人はずんぐりとした亜人の男に詰め寄った、そこには明らかな圧力がある、見ていたベアーはなにやら不穏な空気が沸き起こるのを感じた。


『これマズイんじゃないのか……』


 ベアーがそう思った時である、ずんぐりとした亜人の男が一歩引いた、それは明らかに降伏の意志を示すものであった。


『多勢に無勢、そりゃ、引いたほうがいいよな……』


ベアーはそれを見て荒事は回避されると思った。


だが……


一歩引いた亜人を見た3人はさらに詰め寄った。


「因縁つけてそのままで済まそうってことか?」


枯れ枝のようにやせた男と3人は亜人の男を取り囲むとこつき始めた。


「まずは謝罪だ」


そう言うと痩せた男が亜人の男の髪をつかんでと無理やりしゃがませた。


「額を地面につけろよ、ほら!」


 周りにいた3人の男は亜人の男が抵抗できないようにその手足をがっちりと抑え込んだ。亜人の男は理不尽極まりない状態に陥っていた。


『……なんだこれ……こいつらチンピラ以下じゃないか……』


 ベアーがそう思った時である、隣にいたアルが首を横に振った。そこには『絶対関わるな!』という意志が浮かんでいる。


「あいつらは徒党を組んでターゲットを潰すんだ、ヘビみたいに付け狙う……クソ面倒な奴らだ」


アルが小声でそう言った時である、蛮族の男の声が辺りに響いた。


「地面に額をこすれ!」


無理やり土下座させられた亜人の男は後頭部を足蹴にされるとその額を砂利にこすり付けられた。


『……ひどい……』


 ベアーは蛮族の仕打ちの浅ましさに反吐がでそうになったが、それと同時に誰も助けようとしない周りの状況にただならぬ思いを持った。


『どうなってるんだ、ここは……』


ベアーがそう思った時である、その耳に警笛の音が聞こえてきた。



27

警笛を吹いたのはゴルダの治安維持官であった。治安維持官が現場に来ると土下座させられていた亜人の男が顔を上げて助けを求めた。


「それ以上は、やめなさい!」


笛を吹かれ治安維持官に凄まれた蛮族は亜人の男の髪から手を放すと捨て台詞を吐いた。


「今日はこの位にしてやる……」


 その様子は実に不道徳で己の行為を悔いる様子など微塵もない……ベアーは蛮族の振る舞いに傍若無人という言葉を越えた人としての卑しさを感じた。だがここでベアーがしゃしゃり出ても問題を解決する能力はない。ベアーは黙って成り行きを観察した。


 蛮族たちは治安維持官を睨み付けると、わざとその肩をぶつけた。そしてその後、見せつけるようにして舌打ちしてからその場を去った。駆け付けた治安維持官は蛮族の男たちが離れるのを確認するとそれ以上何もしなかった。


「さっきの暴行罪だよね、なんで拘束しないんだ、最低でも事情聴取じゃないのか?」


ベアーが亜人の男にされた仕打ちのことに触れるとアルがため息交じりに答えた。


「そりゃないね……あいつらには」


「そんなおかしいよ、特権階級みたいじゃないか!」


ベアーがそう言うとアルがフッと息を吐いた。


「……理由があるんだ……」


アルの言葉にベアーは怪訝な表情を浮かべた。


「出稼ぎの蛮族はダリスの一般労働者の5分の1で雇えるんだよ。」


「えっ?」


まさかの金額にベアーは驚きの声を上げた。


「蛮族は教育水準も低いしまともなダリス語もしゃべれない。だから単純な仕事や肉体労働を担うんだけど……その分、給料は安い……ゴルダ卿はそれを分かっててあいつらを雇うんだ。だけどあいつらもバカじゃない、自分たちの取り分が少ないことはわかってるんだよ。だからいつもあいつらカリカリしてるんだ……それでこっちに吹っかけてくるんだ。」


「なるほど……」


 ベアーは治安維持官が見て見ぬふりをするような態度をとったのはこれ以上のトラブルを避けるための防護措置であったと気付かされた。


「でもさ、そんな安い給料で雇って蛮族が暴動とか起こさないのかな……」


ベアーが素朴な疑問を口するとアルがそれに答えた。


「俺たちの街はゴルダ卿が治安維持官とは別に雇ってる傭兵部隊があって、そいつらが面倒をおこそうとする連中を秘密裏に排除してるんだ……」


「排除?」


ベアーが大声を出すとアルがベアーの口をふさいだ。


「馬鹿、お前、声がでかいんだよ!!」


アルに言われたベアーはとりあえず誤った。


「北のゲートの外に放り出す……建前はそうなってる……」


ベアーは建前と言う言葉に裏があることを感じた。


『……まさか『殺す』ってこと……』


ベアーはキノコ狩りに行ったとき、フライングした住民がボーガンで撃たれたことを思い出した。


『ヤバイんしゃないのか……ゴルダって……』


ベアーの中でそんな思いが浮かんだ。


そんな時である、アルがポツリとつぶやいた。


「嫌なところを見せたな……」


アルがそう言うとベアーはそれに答えた。


「君が悪いわけじゃない、どの街にでもダークサイドはあるよ」


 ベアーはそう言うとかつて自分自身がポルカで経験したこと(治安維持官、カジノ、新興宗教団体のトライアングル体制から生じた犯罪事案)について触れた。


「100%きれいな街なんてどこにもないよ……ただ自浄作用がないと腐っていくけどね」


ベアーが経験上そう言うとアルが小さく頷いた。


「そうだよな……自浄作用がないと駄目だよな」


妙に力強い口調でアルはそう言うと今度は明るい口調でベアーに話しかけた。


「俺、今日の午後は休みなんだけど……どうだ、半日付き合わないか。口直しにゴルダの観光案内してやるよ!」


言われたベアーは腕を組んだ。


『……どうせ待つだけだしな……』


ベアーはそう思うとアルの申し出を受けることにした。



28

アルが最初に連れて行ったのはゴルダの役所を取り囲む公園であった。ゴルダには珍しく緑の多い公園で常緑樹が生い茂り、その雰囲気は工業都市とは思えぬさわやかさがあった。


「ここはゴルダで一番きれいな所だ、領民の憩いの場所ってやつよ」


 芝生の上では地元の領民が子供を遊ばせていた。ベアーの眼には母とじゃれあう亜人の子供の姿が映っていたがその様は実に愛らしく、ベアーは飽きることなく眺めていた。


そんな時である、アルが口を開いた。


「どこがいい、美味い飯屋もあるし、一応、観光名所もあるぞ」


 つっけんどんな言い方は変わらないが、そのイントネーションは柔らかく、ベアーに対して友人としてのポジションを認めているのは明らかだった。昨日の回復魔法の行使がアルの心を開かせたのであろう。


ベアーはアルの様子を察すると気になっていた名跡を口にした。


「とりあえず魔導研究所だね」


 魔道研究所とは魔導の真髄を究めるために創設されたもので、その歴史は500年を誇る。この施設で研究された魔導書や魔導器は数知れず、ダリスの歴史に奇跡を起こしたといわれている。特に300年前の魔人との戦いの中では大きな役割を果たし、今もってその伝説は語り継がれている。


「俺も一応、魔法を使う人間だし、是非とも行ってみたい!」


ベアーがそう言うとアルは一瞬、考えた。


そしてその後『ついて来い!』と言う仕草を見せた。その仕草は何やら微妙でベアーは首をかしげた。


「まあ、見てみりゃわかるよ」


アルはそう言うとテクテクと歩き出した。


ベアーは首をかしげたがとりあえず、アルの後を追うことにした。



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