第八話
21
スターリングは白金に関しての情報を追っていたが、思わぬところにその手がかりがあった。
『これか……』
それは広域捜査官のエージェントとして仕えていた協力者が残したダイイングメッセージ(死の間際に残す言葉)であった。
『まさか、こんな風に残すとは……』
白金の運び屋として暗躍していた犯罪組織に潜り込んでいた協力者は死ぬ間際に白金の行先を記したモノをその情婦に託していた。そしてその情婦をカルロスが見つけたことにより手掛かりが見つかったのである。
「情婦のプレゼントの中に隠してあるなんて……よく気づいたわね、カルロス!」
褒められたカルロスはうれしくなったがそれを悟られないためにわざとクールな振る舞いを見せた。
「直接の関係者を『洗う』のは当然です。」
カルロスはキリッとした表情でそう言うとプレゼントの中にあったメモに目をやった。
「どうやらキャンベル海運は海路で白金を運ぶわけではないようですね……このルートだと陸路だ」
当初、スターリングは犯罪組織が白金をポルカにあるキャンベル海運をつうじて船で出すと考えていた。だが協力者の残したメッセージには『陸路、ゲート』という単語が覗いていた。
「ゲートとなると……あそこしか思いつきません」
カルロスがそう言うとスターリングは間髪入れずに答えた。
「ゴルダね……ゲートを通って蛮族の棲家を抜ける。そして海へ……」
「でもなんで、そんな面倒なルートを……」
カルロスがそう言うとスターリングが答えた。
「まだ裏があるのよ、きっと」
スターリングはそう言うと氷の瞳をぎらつかせた。
「カルロス、このメッセージの事は伏せて、他の広域捜査官にも!」
言われたカルロスは泡を食ったような表情を見せた。
「……でもそんなこと……」
手続上、一介の治安維持官には報告義務があるためスターリングの申し出には問題があった。
カルロスが『さすがにそれはマズイ』という表情を見せるとスターリングはカルロスに近づきその頬に唇を押し当てた。
「どう、これで?」
妖艶に微笑むスターリングを見たカルロスは一瞬で落ちた。
「絶対、誰にも言いません!!!!」
カルロスが上気した顔で即答するとスターリングがさらに追い打ちをかけた。
「この件に関しては書類としての履歴ものこさないで」
それを聞いたカルロスは渋い表情を見せた。
「報告を遅らすことはできますが、そこまでは……」
カルロスが続けようとするとスターリングはその胸にしなだれかかった。
「帰ってきたら、食事でもしましょう、その後は……」
スターリングは思わせぶりに言うとカルロスにウインクした。そして何事もなかったかのように執務室を出て行った。
部屋に残されたカルロスは鼻息を荒くした。
『これはまさか、あの展開が……』
カルロスは旺盛な想像力をはためかせた。
『もしかして、ニャンニャンフラグなのか……』
最近、頭頂部も薄くなり始めたカルロスであったがその思考はさらに毛髪の減退を促進させるような興奮を呼び起こしていた。
一方、ドアの隙間からその様子をこっそりとのぞいたスターリングは冷たい視線を浴びせた
『……使わせてもらうわよ、カルロス……』
その眼は冷徹そのもので、そこにはカルロスを駒と見る彼女の性格の一端が顕著に表れていた。
*
カルロスの情報をさらに分析したスターリングは『ゴルダ』という街を起点にして独自の捜査を進めた。そしてその結果、犯罪組織がゴルダ近くを通ったという目撃証言(妙な貿易商のキャラバンの存在)を得ることができた。今まで不明となっていた犯罪組織の足跡が浮かび上がってきたのである。
そして、現在、スターリングはそれを報告するべくサンダースの執務室にその身を置いていた。
「なかなかいい読みだ。ゴルダに白金を持ちこみ、北のゲートを抜けた後、陸路を使って白金を運ぶ。その後は海路を使ってトネリアに……可能性は十分あるな」
スターリングの報告を受けたサンダースはそう言うとスターリングを見た。
「だが、問題もある。ゴルダに白金を持ち込むのそれほど簡単ではない。あそこのセキュリティーガード(門番)は都から派遣された人間だ、怪しい業者を見抜くだけの技量がある。その人間の目をかいくぐるのは簡単ではないぞ」
ゴルダは工業都市として様々な資源(金、銅、鉄、レアメタルなど)が近隣鉱山から運ばれてくる。そしてその物資の横流しを防ぐため、都ではゴルダに流入する鉱業資源をすべて記録するように義務付けていた。さらにはそれを行う人員は都から派遣された特別な人材でゴルダの役人が介在できないようにしてあった。この措置は業者と官憲の癒着と不正を防ぐためである。
「それにゴルダ卿は、犯罪集団に白金を持ち込ませるような貴族ではない。あの人は高貴とは言えないが貴族としての矜持を十分持ち合わせている。都に対して払う税金も滞ったこともないし、遅延したこともない。」
サンダースがそう言うとスターリングが答えた。
「わかっています。きっとゴルダ卿の知らない所、水面下で白金がやり取りされているんだと思います。」
スターリングがそう言うとサンダースが広域捜査官らしからぬ嫌らしい表情を見せた。
「どうやってだ?」
言われたスターリングは渋い表情を見せた。そこには『まだそこまでわかっていない……』という含みがある。サンダースはそれを察すると乾いた声で言い放った。
「それを見つけない限りは、先には進まんぞ」
サンダースは続けた、
「ゴルダは我々広域捜査官の目が届かぬ特区だ。それに地元の治安維持官はゴルダ卿にくみしている、あの街の情報を得るのは骨が折れる、普通の捜査では無理だぞ」
サンダースが上司らしい言い方でそう言うとスターリングがそれに答えた。
「方法はあります」
サンダースは目を細めてスターリングを見た。
「ゴルダには我々の『協力者』もいない。簡単に情報を手にする方法などない」
サンダースが反論するとスターリングがそれに答えた。
「私が潜入します。」
スターリングの表情は雄々しく力強い。サンダースはそれを見て今までにない厳しい表情を浮かべた。
「確かに潜入捜査の訓練を我々は受けている。だが訓練と現実は違う、お前の申し出は受けられない。」
サンダースがにべもなくそう言うとスターリングはそれに答えた。
「ならば休暇を頂きます」
スターリングはそう言うと敬礼してその場を後にした。そこにはサンダースの命令を聞かないという意志があった。
『言うことを聞かん女だ……』
サンダースは舌唇を噛むと苦々しい表情を浮かべた。
22
サンダースのいた執務室を出たスターリングは潜入捜査を成功させんと息巻いていた。
『この潜入ミッションはチャンスよ!』
スターリングの中であくなき功名心があふれた。
『ここで成果を出せば道が開かれる……何としても成功させる』
スターリングの出世に対する欲求は尋常ではない、彼女の異様な野心は焔となって渦巻いた。
『亜人とエルフの血を引く者として虐げられてきたこの私が、出世すれば忌まわしい血を引く者として揶揄されなくなる。』
元来、エルフと亜人の関係は極めて悪い。300年前、魔人との戦いの中でさえもその関係は良くならなかった。その歴史は常に敵対であり、互いの思想に打ち解けあう隙間はなかった。
それ故、亜人とエルフの血を引くスターリングはその両者から侮蔑の眼で見られ、亜人としてもエルフとしてもその存在を認められていなかった。むしろ差別対象として幼いころからさげすまれていた。
『広域捜査官として身をたてれば私のような存在が虐げられることはないはず』
スターリングは己の体に流れる忌まわしい血を払拭するべく、権力を手にしたいと考えていた。
『そのためには上に立つことが必要なの……たとえ人を活用したとしても!』
スターリングは己の出生と過去にまつわる澱を振り払おうと躍起になっていた。彼女のレゾンテートル(存在理由)はそこにのみ存在していた。




